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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【約束と代償と空虚な男】
181/323

【-002-】

 今回の首都防衛戦は協力戦となる。そのため、五人一組――木火土金水の各一人ずつで構成されるチームが望ましいとされる。『上層部』からはそう通達されている。しかし、男はチームを作る気も無く、また勧誘されても断り続けている。なにより、ギラギラとしたその殺意を帯びた瞳に怯え、他の討伐者が声を掛けて来ない。声を掛けて来たところで、男は一言二言話したのち、断るのだが。


 そのため、招集されて数日経ったが、未だに男はどこにも属していない。こうしている間にも海魔の侵攻は進み、首都防衛戦と呼ばれる作戦の決行日が近付きつつある。そしてその決行日は、海魔の侵攻速度によって前後する。できるだけ早くチームは作っておいて損は無い。でなければ、孤軍奮闘するハメになる。生存率を高めるならば、早めにチームを作るか、加わるかのどちらかだ。


 それでも男は未だ、一人である。面倒臭いのだ。人と話すのも、合わせるのも、なにもかも。だったら、一人で暴れ回った方が成果は出せる。そんな思いすら湧いている。自身を取り巻く他の四人が、足手纏いにしかならない未来しか男には想像できない。


 だから奇異の目で見られる。こんな時期にまだ一人で行動している討伐者。たったそれだけで異端扱いされるのだから、人間の作るグループというものは脆弱で、そぐわない者に対して攻撃的であるかが分かる。

 そのように見られたところで、男には痛くも痒くもない。元より男は今の今まで誰とも協力をして来なかった。誰一人として、背中を預けたことはない。背中を預けるに値する相手と出会ったことはただの一度も無い。


 足りない。戦闘における能力も、知恵も、意地も、なにもかもが足りない。


 男は求める。もっと金に執着し、水に執着しろ、と。強欲でなければ海魔は狩れない。力さえあれば一人であった方が自給自足は容易い。ならば、がめつく、業突く張りと罵られようと、一人で生きていられるだけの強さを持つべきであると。そこに達していない者と組んだところで、決して分かり合うこともできないだろう。邪魔者扱いするか、邪魔者扱いされるか。

「どちらにしたって、下らない」

 国を守るために戦う。そういった意思を一応ながら持っている。少なくとも、この歳になるまで生かし、住まわせてくれた国だ。恩返ししたいという思いもある。しかし、どうだろうか。

 ここに居る討伐者のどれほどが、国のために、などという感情を抱いているのだろうか。確かにそんなものは理由の一つに過ぎず、威信や名誉のためにこの任務を全うしようとしている討伐者の方が多いだろう。


 そんな討伐者が多いから、男は辟易するのだ。もっと私情を挟んだって構わないだろう。


 男は、自身の未来を喰った、海魔に対する復讐を果たそうとしている。

 怨恨、復讐、執着、憤怒。そういったもの抱えている討伐者ほど、生き残りやすい。少なくとも男は、そう考えており、また自身にあるものはその四つで全てだとも言い切れる。他になにかあるのかと問われると、ひょっとすると悩んでしまうかも知れない。


 聞き慣れない鳴き声が耳に入った。討伐者で溢れ返るプレハブの町を、男は眺める。誰一人として、この声に気付いていない。


 気のせいでは済ませられない。


 杞憂であれば杞憂で良いのだ。しかし、男しか聞き取れなかったかも知れないこの鳴き声が海魔のものであり、そして、その海魔によって討伐者の多くが犠牲になってしまっては作戦に支障が出てしまう。だから男はすぐさま走り出し、プレハブの町を出て、鳴き声のした山道へと入り、木々や草むらに注意を向けながら声の主を探す。

「鳴き声がこの辺りで聞こえたはず、だが」

 言いつつ男は地面に手を当て、変質を促す。伸びて来た土塊を掴み、引き抜くとそれはすぐに金属の剣に変わる。それを三度ほど振って、重さを確かめたのち、更に耳を澄ませる。

 鳴き声はもう聞こえない。ならば、杞憂で終わったのだろうか。

「いや、そんなことは絶対に、無い」

 男は飢えに飢えた獣のように、鋭く辺りを見回し、草の根を掻き分けて山道から逸れる。雨は二週間前に降った切りだ。草木も湿り気を帯びていないため、露出している肌に気を遣う必要も無い。


「……出て来い、臭いんだよ。お前たちはみんな、そういう臭いを放っている」


 男の嗅覚は、あのときから海魔にだけ鋭敏となっている。あのとき、自身の未来を喰った海魔の臭いが、ずっと離れない。だからこそ、この歳まで海魔の奇襲を受けたことは一度足りとも無い。客船型戦艦に乗って、他国に出たことが無いことも大きな要因だろう。腐臭と磯臭さの混じった臭いが嗅ぎ分けられなくなる沖合いに出れば、男も常に気を配らなければ奇襲を受けるかも知れない。だが、そんなことを滔々と並べ立てても詮無いことである。何故なら、男がこの国から出ることは、恐らく一度もやって来ないからだ。


 か細い鳴き声が聞こえた。そのときには、もう男は声の方向へと体を動かしていた。だからその鋭い爪による一撃も受け止める。


「……っ、女?!」

 違う。男は落ち着きをすぐに取り戻す。


 確かに女に近しい。だが、この爪、牙、そしてなにより背中に生えている翼に、そして視線を下に向ければ尻尾も見える。

「こいつ……ドラゴ、ニュート?」

「ぁあああああああ!」

 鳴き声では無く、今度は人語でもって叫びを上げ、男に爪を何度となく繰り出して来る。しかしそのどれもが弱々しい。そしてなにより、貧弱な体をしている。


 髪は白く、口元に僅かに生えているドラゴニュート特有の髭も白い。目は紅だが、鱗は透明で肌もやはり白い。翼も尾も変わらず、純白である。


「待て」

 男はドラゴニュートの女に制止の声を掛ける。

「ドラゴニュートは討伐対象外だ。人に危害を加えないなら、討伐しなくて良いとされている。だから、止まれ。お前がここから立ち去り、この先にあるプレハブの町を襲わないのなら、俺もお前を見なかったことにする。だから!」

 ドラゴニュートの女はそれでも暴れるのをやめない。動きは鈍く、剣戟を浴びせる隙はどこにでもあるのだが、どうにも様子がおかしい。

 これほど戦いに特化していないドラゴニュートがどうしてここに居るのか分からない。人を襲うドラゴニュートであればもっと凶暴で強力であるはずだ。少なくとも、男の耳にはそのように伝わっている。こうして間近で特級海魔と出くわしたのはこれが初めてであるのだが。

「くそ……討つしかないのか?」

 剣戟を繰り出すことに、男は悩んでいた。


 なにを迷う必要があるのだろうか。特級海魔のドラゴニュートが討伐対象外だからか? だが、人に危害を及ぼそうとしている彼の者は討たなければならないとされている。だったら、切るべきだ。殺すべきだ。ここまで来るまでにやって来たことを繰り返すだけだ。ただそれだけのことだ。


 たったそれだけのことが、男にはできない。


 悩みに悩んだ挙句に、男はドラゴニュートの女の爪を全て弾いて、それから剣を捨てて両手で彼の者の腕を掴み、そして押し倒した。

「俺の言葉が分かるか? 分かるなら……」

 言葉を失う。戦っている最中は意識が向かなかったがドラゴニュートの女は、裸であった。そもそも海魔に衣服の概念があるかどうかは分からないが、その人間に近しく、美しい肢体にしばし目を奪われる。

 だが、それも数秒である。男には卑しい感情が湧き起こることはない。なにより海魔に、そのような意識を向けること自体が狂っている。男はあの日からずっと狂っているが、さすがにそのようなことに興じるほどの狂い方はしていない。

「離して……くだ、さい」

 掠れた声で、ドラゴニュートの女が言う。

「襲わないな?」

「は、い」

 男は押し倒したドラゴニュートの女を解放し、だが放り出した剣だけは拾って注意だけは残しておく。それから黒い外套を脱ぎ、投げて渡す。

「それでも着ていてくれ。ドラゴニュートは人と近しいコロニーを作ると聞いている。裸でうろつかれるのは迷惑だ」

「え……私、裸……?」

「そんなことにも気付いていなかったのか?」

「……ああ、私…………殺されるはず、だったから。だから、服なんて要らないって、途中で脱いだ、んだっけ」

 男が投げて寄越した黒の外套を纏い、これで目のやり場には困らなくなった。欲は出て来ないが、異性に裸で居られると落ち着かないのは当然のことだろう。


 ドラゴニュートの女を、そもそも“異性”と取るかどうかは別として。


「俺に殺されようとしたのか?」

「だって……私、は」

 フラつき、倒れる。男は恐る恐る近付き、額に手を当てる。極度の熱にやられているらしい。

「海魔も風邪を引く……の、か?」

 風邪、とはいえ恐らくは人間とはまた別のウィルスにやられるのだろう。そうでなければ、このドラゴニュートの体調不良と、額から伝わって来た熱に説明が付かない。

「ここで倒れていたら、他の討伐者に討たれかねない、か」

 それはそれで構わないはずなのだが、妙な恩情を感じてしまった。だから男は黒の外套がはだけないようにドラゴニュートの女にしっかりと着込ませたのち、背負って歩き出す。翼も折れないように折り畳ませることで隠せたが、生えていた尾だけはダラリと垂れ下がり、地面に達していたためバランスを崩して、倒れそうになる。


 この尻尾だけは隠しようがない。だが、俺がどんな輩を連れて歩いていようと、周囲はなんとも思わないはずだ。


 奇異の目で見られるのは慣れている。そこに驚嘆の目が加わっても、怖れることはない。なにやら口論になるやも知れないが、どれもこれも聞き流してしまえば良い。

「どうやら本当に、俺は狂っているみたいだな」

 ドラゴニュートは人間と共存可能かも知れない海魔であり、そして共存できないかも知れない海魔だ。襲って来た種は討たなければならない。襲って来ない種は見過ごす。恐らく、コロニーによって人間を襲うか襲わないかを決めているのだろう。だから襲う種と襲わない種が存在するのだ。

 このドラゴニュートの女は、襲う種である可能性が高い。だが、それにしては戦闘の能力があまりにも弱々しく、そして竜にさえなろうとしなかった。これで討ってしまったなら、この女が住まうコロニーが総出で人間を殺しにやって来るかも知れない。

 そんな理由付けをすることで、助けてしまったことを有耶無耶にする。


 海魔は殺す対象だ。殺さなければならない。


 そう思い続けて来た男が、どうしてこのような行動に出たのか。それは、男自身にも分からなかった。

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