【-抗戦-】
「レイクハンターは姿を隠して、こちらを狙撃しています。無闇にこの場から出ると、撃たれる可能性があります」
雅を心配する葵に限らず、そこで留まっている第二班の全員に現状を伝える。
「私の推測ですと、狙撃は二回までが限度。それ以上は危険と感じ、狙撃ポイントを移動していると思われます。その……第一班の二人が撃たれた際も、二発で狙撃は止まりましたし」
そして、遺体の弾痕から射角や射線を推測するに、あのときのレイクハンターの狙撃ポイントは湖の右側。湖のエリアに入ってすぐの、やや遠目の隅に居たのだろう。あの瞬間においてだけは最後尾且つ、進退について訊いていた雅は、狙撃されないところに居たのだ。レイクハンターにとっては脅威だったに違いない。だから遺体の陰から出て来ない雅を誘うように威嚇射撃は成され、その間に狙撃ポイントを泳いで移動した。続いて、火の使い手が我慢できずに木陰から飛び出したとき、本来ならレイクハンターは雅を狙うはずだった。
でも、『火』の討伐者が邪魔だった。
雅を狙撃しようにも『火』の討伐者が射線に入っていた。ここでも一撃必殺に拘る彼の者は、仕方無くその男に照準を定めてその脳天を撃ち抜いた。あの場面で男が飛び出していなければ、雅が撃たれていた。
腐った水飛沫を上げて、蒸気まで放出したことを面倒臭いと思ってしまっていたが、与り知らぬところで奇跡的に救われていたのだ。
呼吸を整えて、雅は踵を返す。
「一人じゃ無理でしょう?」
葵が雅の手を取った。
「どうせ雅さんのことですから、やることは分かっています。でもそれって、ほぼ賭けになりますよね。それも分の悪い賭けです。だったら、あたしのやることは決まっています」
「ワタシも居る」
「……死ぬかも知れませんよ?」
葵はこの場には不釣り合いな笑顔を作る。
「散々、あの人に痛め付けられて死ぬかも知れないって思ったくらいですよ? おかげで、肝が据わるようになりましたし、喋りもちょっと自信が付きました」
まだ、運動は苦手ですけどと付け足しながら、葵は手袋の先を雅に見せる。
「指貫グローブ?」
「指先で空気中の水分を捉えて、水の爪に。指から水が滴る前に更に変質。この水の循環を繰り返せば、むしろこっちの方が安全に、そしてスマートに爪を動かせるんです」
あの人の教えですけど、とまた葵は付け足した。
もう第二班のほとんどと第一班に居る残りの二人を置き去りにしてしまった感じだが、レイクハンターを打倒する術はある。
少なくとも、受けるだけしかできない他の討伐者と違い、摂理に属し、ディルと出会う前からその力の使い方だけはできていた雅には可能だ。
問題はどの部位を狙って来るかだけなのだ。
「リィ、撹乱できる? 殺されちゃ駄目だよ。ディルに私が殺されちゃう」
「うん、あのくらいの速度なら、目で見ていなくても避けられる。音速、じゃないんでしょ?」
音よりあとに弾丸は木を貫いた。ならば、弾丸の速度は音速を超えていない。雅はリィの質問に肯く。
「怪我したら、お姉ちゃんたちのせいって言うね」
不穏なことを一言、言い残してリィが先を歩き出した。
「私と葵、あの子の三人でレイクハンターの擬態を解かせます。そのあとに、第二班の皆さんで攻撃をお願いします」
深く頭を下げ、そう願い事を託したのち雅が葵と一緒に山道の先、湖のある山の平野に飛び出る。
もう既にレイクハンターは動いていた。リィが奇妙な動きで弾丸をかわしていたからだ。音は聞こえなかったが、あの無理やり過ぎる体の動かし方は、急速に訪れたなにかを避けたからに違いない。
そして二発目もまたリィはかわす。恐らく、その場に居続けるのは危険と察して狙撃ポイントを移動するはずだ。
雅と葵が駆け出して、リィの傍を抜ける。
ヘイトはどっちに向いているのか。自身か、それともリィか。
「避けられるのを怖れて、当分はリィを仕留めたがるんじゃないですか?」
悩んでいるのが顔に出ていたのか、葵が的確な言葉を雅に投げ掛けた。
雅は狙撃する側の立場として考える。自分は避けられない。リィは避けられる。どちらが怖いかとなれば、絶対に後者だ。避けた相手に位置を把握されてしまったら、スナイパーは死んだも同然だからだ。
だからスナイパーは狙った標的に死んでもらわなければならない。なにがなんでも、死んでもらわなければならない。自身の居る位置を他の誰かに伝えられる前に、撃ち殺さなければならない。そういった思考に至るのなら、レイクハンターはリィに執着するだろう。
なにせリィは、見た目はただの幼い女の子だ。か弱さも垣間見える彼女に油断する。ストリッパーは正面で対峙し、リィが内包する強さに怯えた。けれど、レイクハンターは遠距離からでは、その強さも把握し切れないに違いない。
「姫崎さん」
雅は木陰に隠れている姫崎に声を掛ける。と、爪を解いた葵に手を取られ、彼女が潜む木陰に体を滑り込まされた。
「私たちでレイクハンターの擬態を見破ります。その後の討伐、お願いします」
恐らく、擬態を見破ったのちの討伐には参加できない。集中力が切れて、逆に危ないからだ。つまり、この宣言は最後の一撃を他者に任せるという意味になる。
「俺はどうすれば良い?」
『金使い』がこれに喰い付いた。致命傷を与えられる機会がやって来たような話なのだから喰い付かないわけがない。
雅はしばし、反応の無い姫崎を睨んでいたがすぐに『金使い』の男に向き直る。
「私の体が隠れるように金属か、鉱石の壁を作れますか?」
「囮になる気なのか?!」
「炎や木と違って、金属や鉱石なら弾丸を弾けます。『土使い』の方も、五行で見れば海魔に有利。できれば、生きていて力を貸してもらいたかったところですが……」
言ったところで、もう死んでいる。死者は生き返らない。こんな腐った世界になる前でも、それは当然の観念だ。
「分かった。君が囮として出たい場所はどの辺りだ? それを教えてくれれば、君の前方に壁を出す」
「いいえ、希望は私の両腕が隠れる、両面の展開です。足から頭部に至るまでは、見える感じで構いません」
「だがそれでは、君もあの三人のように撃たれるだけだぞ!」
「残りはあたしがカバーします」
葵が進言し、そして共に睨むように『金使い』を見据え、その異様なまでのやる気に男が折れた。
「分かった」
「ありがとうございます」
雅はお礼を言いつつ、腕と指を使って、木陰から飛び出し仁王立ちする地点を大まかに伝える。男は大体、理解したのかすぐに了承を得ることができた。
「姫崎さん?」
「……ああ、どうしたんだい?」
「囮になる間、『金使い』の方を守ってください。木陰から出ないようにくらいはさせられますでしょう?」
「そう、だな。任せてくれ」
ジッとその後、雅はまた姫崎を見つめる。先ほどから彼の視線の先がコチラに向いていないのが、気掛かりなのだ。
向いている先には、リィが居る。
正体に、気付いている……の?
だが視線だけでは感情は読み取れない。生憎、読心術はディルから教わっていない。




