【プロローグ 01】
『約束よ』
少年には、果たさなければならない約束があった。
『約束するよ』
しかし、そう口から言の葉を零したとき、少年の世界は流転した。なにもかもが流れ、そしてなにもかもが消えて行った。握った砂は滑り落ち、あとにはなにも残らない。掬った水は流れて、あとにはなにも残らない。
それでも少年は生きなければならなかった。
何故なら、少女との約束があるからだ。その約束こそが「生きること」そのものだった。そしてなによりも、少女と少年の甘い、未来を夢見た希望がそこにはあったのだ。
甘い未来は潰えてしまったが、「生きること」を約束した少年は、なにがあっても生きなければならなかった。
両親には疎まれ、少女の両親には蔑まれ、そして自身はなにも持っていないことを思い知り、心に襲い掛かる目には見えない痛みに苛まれながらも、それでも生きなければならなかった。
そうなれば、少年の目標は決まった。それは少年が少女の代わりに果たさなければならない復讐である。少女を丸呑みにした海魔を討つ。そのためならば、どんなものも犠牲にしたって構わない。少年は両親の元から離れ、一人で生きる。
生きるために必要なこと。それは力だ。幸いながらも少年は力に目覚めた。おかげで、海魔を討つだけの力を身に付けることを目指せるようになった。
辛く、苦しく、険しく、激しく。痛みに蹂躙された人生であっても、少年は死ぬまでには少女の敵を討つことだけを、ただそれだけを夢見ていた。
少年が少年と呼べるか分からない、成人まであと数年と迫った頃、査定所より招集が掛かった。どうやら、海魔の侵攻が止まらず、首都を防衛するための戦力を集めているようだった。戦いは熾烈を極めるだろうと予想された。しかし、少年はその戦いに身を投じることにした。何故ならば、それほどの海魔の侵攻が行われるのならば、きっと少女を丸呑みにしたあの海魔と出会うことができるだろうと踏んだからだ。
それ以外に理由を述べるなら、この国で生かしてもらっていただとか、そのような些末なことになってしまう。しかし、訊ねられれば全てこう答えると少年は決めていた。私利私欲で海魔を狩っているなどという感情を知られてはならない。
海魔を狩るそのときに感じる狂気、歓喜、それら一切を知られたとき、少年の精神が適任ではないと判断され、首都防衛戦に参加できないかも知れない。
それ故に、少年は自らの内に秘めているものを包み隠していなければならなかった。
首都防衛戦――そう呼ばれる大きな大きな戦いより以前の数週間。
少年が男になる前の、苦痛と悲しみが混じる、記憶の坩堝は、まだ火が消えない。




