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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
174/323

【-巨悪が目覚めるも尚、感動は等しくそこに-】

「なに一件落着みてぇな顔をしてんだ?」

「一件落着じゃないの? 浄化計画は止めに行かなきゃならないことだけど、ここの問題は解決したって私は思うけど」

 雅が問い返すと、「臭ぇ」とディルは呟いた。


「出て来い、『ブロッケン』。どこの影に潜んでやがる?」


「『ブロッケン』、て。え、ちょっと待って。なに? 『ブロッケン』が居るって言うのー?!」

 リコリスが慌てた様子で床を見つめる。

「ディルの言うことが確かなら」

「俺たちの誰かの影に潜んでいやがるってぇのか!?」

 ケッパーとナスタチウムでさえ、動揺を隠せていない。


『いやぁ、驚いた。驚きに驚いた。ボクの臭いを嗅ぎ分ける人間が、それも影の臭いを掴める人間がこの世に存在するなんて、思わなかった。けれど、少し遅かったようだね。どうして今になって嗅ぎ分けることができたのかは、“死神”の感覚が更に“おかしい”方向に捻じ曲がってしまったのかな』


「クソガキの影だ」


「え?」

 困惑する雅に対して、ジギタリスが十字を切り、炎を生み出すと彼女の足元にある影へと炎を奔らせる。


『この少女の影から見させてもらった。人が海魔を操ろうとする様も、人が海魔に縋る様も、セイレーンの進化も、バンテージの復讐の炎も、全て全て見させてもらった』


「な、に、これ」

 雅の影だけが怖ろしいほど大きくなり、そしてジギタリスの放った炎で揺らめく。

「いつからだ?」


『いつから? それは、“死神”と出会ってからのことを言っているのかい? それともそれ以前、“死神”と出会う前の、一等級の海魔にボクが潜んでいるとも知らずに近付き、その心臓から報酬を得た頃からのことかい?』


 影は揺らめきながら、そのようなことを口走る。

「……一等級、海魔? 私、倒してなんか……まさか」

『そうだよ。君が見つけた、死に態の海魔さ。あれは二十年前の生き残りでね、けれど寿命以上に生き過ぎて、もういつ死んでもおかしくない状態だった。あそこであれが朽ち果てていたなら、ボクもきっとその影から出ることも叶わず、意識は消滅していただろうね。なにせボクが『影』から操った存在はなにからなにまで、そのほとんどをそこの五人が屠ってしまったから』

 一等級海魔を雅は見つけ、それがほぼ死に掛けであったから自らの手柄にしたことがある。

 その影から、自身の影に、“なにか”が移った。どうやらそれが事実であるらしいが、全身から膨れ上がる気色悪さが掻き消えない。

『けれど、さすがは“雪雛家の忘れ形見”だ。実に、優秀過ぎて怖ろしい力の持ち主だ。本人にその自覚は無いようだけれど、君の感情が昂ぶったとき、変質の力に少し触れてみたら、ボクの命令には従わず、“死神”を殺さずに生かしてしまった。あれは好機だと思ったんだけど、やはり『使い手』とやらを操るのは至難の業だ』


「え、なに、どういうこと?」

「私が“死神”を見つけたとき、戦うことを諦めたのには理由がもう一つある。それは、“死神”の体を『風』が覆っていたこと。投げた小石が、凄まじい風圧で、目にも留まらないほどの速度で弾かれるほどに強かった。雅が……別れ際に掛けたのだとばかり」

「そんなこと、私はできない」

『いいや、できるんだ。けれど君は君の中の変質の力を持て余している。理解しているようで理解していない。大きすぎる力に、小さすぎる器。噛み合わないからこそ、使いこなせない。そこが残念なところだ。器が大成したところで、もう人間の滅びの時計は動き出してしまった。君はその時間には、間に合わない。それにしても、浄化計画か。面白いじゃないか。それを少し、利用させてもらおう』

 雅の影が途中でプツンッと切れて、切れた側の影が地面を這いながら蠢く。

「言っていろ」

『そうだ、君たちにはまだ伝えなければならないことがあった。ここに海魔の始祖たる海竜を連れて来てくれて、感謝しているよ。海竜が始祖であるのなら、必ずその裏側に似た存在が現れる。君たちが過去よりずっと見つめ続けている、陰陽五行説になぞらえれば、この意味が分かるだろう? 陽が近付けば、陰は必ず目を覚ます』

 影の蠢きに合わせて、建物全体が揺れ始める。


「ぐっ……ぁ、あああ!」

「なんだ、急に……激痛が!」

 アジュールが蹲り、誠が両目から訪れる激痛に苦悶の表情を浮かべている。


「雅さん!」

 葵が指差した自身の短剣を雅は見つめる。

 黒と白の短剣が眩しく輝いている。雅の物だけではない。鳴の持っている二本の短刀も輝いている。

「うっ……」

 そして寝息を立てていたリィまで苦しげな声を発した。

 更にはディルたちが着込んでいる外套まで輝き出している。


『同じ竜の加護を数に加えないとして、竜眼の少年、海竜、炎竜、炎竜の子孫、白き竜、そして唯一実験で動くまでに至った竜の骸のトレス。実験に使われた他の竜の骸、ウノ、ドス。幸運なことに、八ほど揃っている。揃っていても、海竜を基点にしなければ陰は目覚めてはくれないからね』

 ディルが揺れの中、アジュールが崩した壁から外を見る。雅もなにがなんだか分からないまま、それに続いて外の様子を探る。

「ダムに溜まっている水の中から……なにかが、出て来る?」


 そう呟いた刹那、ダムによって貯められた『穢れた水』の底から、水飛沫を上げて“八つの頭を持つ黒竜”が天へと飛翔して行く。


『君たち人間は愚かだ。だから、ここに竜が集う意味すら分かっていなかった。だからあれは、ボクが貰う。暴れられると他の人間にも気付かれてしまうからね。陰の中の『影』に潜んで、少しばかり遠くへと連れ出そう。もう君の影に潜むのにも飽いたのでね……けれど、感謝しているよ? あのとき、“ボクの『影』に近付いてくれたことを”』

 蠢いていた影が壁を伝って穴の開いた壁から外へと消えた。


「……このことを知っていて隠していたのか? 『正義漢』?」

「そんなわけ無いだろう! 知っていたなら、もっと早くに対処をさせていた。海魔に力を貸すほど僕は落ちぶれちゃいない!! それよりも、君だって『影』には気付いていたんじゃないのか?!」

「気付けるか! ポンコツの臭いとそこの火竜の臭いを嗅いで、ようやく別の海魔の臭いがあることに気付いたぐらいだ」

「ディルの感覚が更に捻じ曲がったのは、間違いなくあのベロニカ以降だよ。その後、ここで会うまでディルは、自分の人形もどきとは接触できていないはずだから」

 ジギタリスの追及に、ディルの代わりにケッパーが状況を説明する。


「私の影に……ずっと、居た?」


「正確には、興味を持った人間の全ての影の中に潜むのー。それがラビットウルフの『ブロッケン』」

「竜の骸が、三体、だって? あたい、埋葬する準備をさせてもらうよ」

「待て、僕も行く」

 フラフラとしながらも竜の姿に変わったアジュールの背に誠が乗り、それを確かめた上で彼女は外へと飛翔した。

「『ブロッケン』は影に潜み、人を操り、人を騙す海魔だ。二十年前の首都防衛戦の原因そのものがを取り逃したのは僕たちの責任だ。けれど……二十年も、なにもせずに死に掛けの海魔に潜まれていたんじゃ、討伐のしようも、無かったってこと……か。困ったことになったじゃないか、“死神”」

「畜生が、酒でも飲まないとやってらんねぇなぁ、おい!」

「私は残滓で『ブロッケン』を見つけられるかやってみるけど、きっと無駄なことなんだろうねー……感動も、再会もなにもかもぶっ壊しやがって、許さないわよ、あのクソ海魔」

 各々が苛立ち、言葉を吐き捨てている中、雅はただリィをギュゥッと抱き締める。


「私の、せい?」

「雅のせいじゃありません! それに、良いこともあったんです。悪いことばかりじゃ、ありません」

 葵が雅の傍に寄り、リィの髪の毛を手で撫でるように梳く。

「そうですよ! 元々の目的は達成できたんです! 次です次! 次を考えれば良いんです! 浄化計画だかなんだか知りませんけど! なにもかもここからまた始めるんです!」

 楓が鼓舞するように周囲へと語り掛ける。


「ここからまた、か。“人形もどき”にしては良いことを言う」

「次のことを考える前に酒を飲んで良いか?」

「うっさい、『飲んだくれ』。こっちは応答を待っている最中なんだから静かにしろー!」

 三人の表情に柔らかさが戻り、相変わらずのやり取りが生まれる。

「“死神”に執着し、“巨悪”を見破れなかった。これのなにが、“正義”だ……仕方が無い。また僕は、違う形で“正義”を振りかざすしか、ない」

「私も……今度は、私自身の意思で、あなたに。構いませんか?」

「ああ、よろしく頼むよ……鳴」

 ジギタリスは『レジェ』ではなく、しっかりと『鳴』と呼び、それに彼女は涙を零しながら笑顔を作って「はい」と答えた。


「おい、クソガキ。まだ、『影』に潜ませていた自分のせいだ、とか思うなよ」

「思ってないし!」

「少なくとも、あの『ブロッケン』がクソガキの影に潜んでいたおかげで、俺は生きている。テメェの中にある強い『風』の力を、あれが引き出したってことだからなぁ」

「それは、そうだけど」

「つまり、テメェにはまだ伸びしろがあるってことだ、クソガキ。そう考えれば、気色の悪さも紛らわすことができるだろ。そして、ここまで歩み続けたテメェの道のりは、テメェの意思で歩んで来たものだ。だから、ここまで来られたのはテメェ自身の力だ」

 そして、ディルの手が雅の頭を乱暴に、撫でる。

「よく、一人でやった。褒めてやる」

 感情は抑え切れず、そしてリィを胸に抱く安心感も合わせて、雅は溢れ返る涙を止めることができなかった。


 ようやくだ。

 ようやく、自分が求めていた景色が、光景が、戻って来た。

 みんなが居る。葵も楓も誠も、リコリスもケッパーもナスタチウムも。そして、鳴とジギタリスも居る。


 なにより、ディルが居る。だから雅は葵にリィを預け、その男の胸に飛び込み、泣き出した。

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