【-『影』-】
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たとえば、そうだ。たとえばの話だ。
世界は人間で満ちているとする。そして、そこに海魔が侵攻して来たとする。
人間の中に、海魔に対抗し得る力を得る者が現れたとする。
そのとき、海魔は黙って狩られる存在になるだろうか。世界の害悪として、人間が血眼に、ただひたすらに狩り続ける対象になり得るだろうか。
それはあり得ない。
人間が海魔に対抗し得る力を得るのなら、当然の如く、海魔であっても人間に対抗し得る力を得るように進化するものなのだ。
キノコが鮮やかであるほど毒を持つように、果実が危険であるように、菌糸類であっても植物であっても、子孫繁栄のために進化を遂げる。
動物であっても同じであろう。この世は弱肉強食である。強き者が弱き者を虐げ、食すのである。
神に選ばれなかった人間が、賢しくも得た力。それを神から与えられた力だと思い込み、振るいながら我ら海魔を狩り続ける卑しき姿。
ああ、反吐が出る。
そして憎らしいほどに羨ましい。人間にはまだ進化が残されていたのだと。海魔のように、種別を増やしても個体自身が進化を遂げ続けることはほとんど無い。
しかし、どうだ?
世界は流転のときを迎えているのではないだろうか。
セイレーンは進化を果たし、ドラゴニュートもまた人間を超越するほどの進化を果たした。
それは美しさに執着する者の成れの果て。
復讐と憎悪の炎で身を焦がした者の成れの果て。
しかしながら、人間を寄せ付けない強さを持つ進化であることに変わりはない。
全ての海魔がこのように進化を果たす日が来るのならば、ようやっと、“ボクたち”が踏み締め歩いた、あの地獄のような日々は報われる。
誰が海魔を総べるか。それはもう、決まっている。
地の神が産み出した海魔が気に喰わないからと、御使いを寄越し、こんな海魔とも人間とも呼べぬ生命に“ボクたち”を変えた天の神よ。貴様はただ、乖離したところより見ていれば良い。
これからは海魔が世界を総べるのだ。
人間の浅ましき力など必要無い。
進化の兆しが少しずつ、迫って来ているのであれば、この『影』に塗れた体を起こすこともできるだろう。
浅ましき天の神が寄越した御使いが、海魔に触れて作り出したボクが、目覚めるに相応しい舞台が整っている。
そう、ずっと影で見続けて来た。
影で人間を騙し続けて来た。
人間が『ブロッケン』と呼ぶ影を呼び戻すときが来た。
ボクの目覚めを邪魔することは、誰にだってできない。
そう、“死神”でさえも――




