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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
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【-レイクハンター-】

 男が生きているのか死んでいるのかを確認する前に、雅の視線はまず湖に向いた。水面ギリギリをなにかが奔ったように水は左右に分かたれ、小さな波となって揺れていた。

 男が大きな声を上げ、倒れた男に駆け寄る。


「待って!」


 これは一等級海魔であるレイクハンターが仕掛けたことだ。どんな生物にもある仲間意識と同族嫌悪の内の前者を用い、恐らくもう死んでいる男に、獲物が一人は最低でも掛かるだろうと踏んでの巧妙な罠なのだ。


 けれど、雅の大声の制止も届かず男は倒れている男に駆け寄ってしまう。そしてその男にまた、なにかが向かって来る。男は寸前、それに気付き樹木の壁を展開したが、なにかは容易く貫通し、男の脳天に直撃した。

 こめかみを貫かれて倒れた男の上に、脳天を貫かれた男がまた倒れる。これを見て、さすがに姫崎を含む残り三人は動かなかった。そして三人とも体も視線も湖に向いた。


 その間、雅はずっと湖を眺めていた。やはり、水面を左右に分かち、波が立っている。それも先ほどとはまた別の位置から左右に水面が揺れた。

「レイクハンターは遠距離から獲物を狙い撃つんです」

「なんでそれをもっと早くに言わないんだ!!」

 男が雅を強く叱り付ける。だが、聞く耳を持たなかったのは男たちの方だ。雅は怒りに身を任せて男を殴ってしまいたかったが、その場から動くことに躊躇いを感じて堪え忍ぶ。そして姿勢を低くし、死んでしまった二人の男の遺体を眺める。


 吐き気を催す。悲鳴だって上げてしまいたい。雅の女の子としての感覚が非常にこの場からの逃走を求めてやまない。だが、いつだって戦いからは逃げ出したいと思い続けていたことだ。こんなものは一時の感情に過ぎない。吐き気も悲鳴を上げたい感情も、そしてこの怖ろしさで起きている動悸もすぐに治まるはずだ。


 『協力戦ってのはなぁ、突然、一緒に戦っている討伐者が死ぬこともある。そのとき、どこから襲撃されているのか全く分からないときはなぁ、死んだ仲間とやらを調べるのも必要なんだぜ?』


 ディルは戦闘訓練の休憩中、とんでもないことを口にしていたと思っていたが、けれど今になって納得してしまった。あれはレイクハンター討伐時におけるアドバイスの一つだったのだ。仲間が最低一人は死ぬことが前提な時点で色々と間違っているようにも感じるのだが、しかし言っていることは真実に違いない。


 射線が分かる。水面が左右に分かたれて波が立つということは、水面ギリギリから硬いなにか――いわゆる弾丸が撃たれたということ。そして、そこから成人男性のこめかみと脳天を貫いたならば、射線は発射した場所から真っ直ぐではなく斜めの線を描いたということになる。だから片方のこめかみから入っても、もう一方のこめかみから弾丸は飛び出ていないし、脳天を撃ち抜いた弾丸は後頭部よりもむしろ頭頂部に近いところから飛び出ている。


 即ち、カメレオンのように擬態して地上に潜んでいるのではなく、レイクハンターは湖の中に潜んでいる。この射角だと、水面から顔だけ出して、持ち前の射撃能力を用い、撃っていることになる。海魔なのだから湖からの攻撃も当然あるのは承知の上だったが、まさか泳ぎながら制止し、ここまで正確に弾丸を撃って来るとは思わなかった。

 そして、擬態するという特徴に囚われて雅もまた、レイクハンターは湖周りに隠れ潜んでいると信じて疑わなかった。たまたま、レイクハンターが雅よりも前方に居た男の方が狙いやすかったというだけの話で、自分も標的だった。それが分かるとより一層、汗が噴き出して来る。考えないようにしようと心掛けても、チラついて仕方が無い。


「姿が見えないな」

「擬態もしているんだと思います」

「それは分かっている」

 雅の発言に男は苛々している。散々、釘を刺そうと努めたのにも関わらず、こうなってしまったのは雅のせいだとでも言わんばかりの鋭さでこちらを睨み付けていた。

「誰と誰がやられたんですか?」

「俺は『火』だ」

「自分は『金使い』です」

 なら、姫崎が『水使い』という情報も加わって、レイクハンターに射殺されたのは『土使い』と『木使い』だ。寸前、木を張り巡らせようとしていた面があったため一人の力については雅も分かっていたが、最初に『土使い』が殺されたことまでは分かっていなかった。

「なるべく伏せたまま行動してください。匍匐前進し、湖からは極力狙い辛い位置に移動しましょう」

 姫崎に言われずとも雅は既に伏せたまま動き、二人の遺体が重なっていることでできた陰の中に隠れている。遺体を盾にすることは非人道的だが、次の物陰に行くまでの緊急措置だ。


 『レイクハンターは、一撃必殺が大好きなんだ。一撃で殺せない場所に獲物が行ってしまったら、その獲物を狙える位置に移動する。あー、眠ぃ。テメェらの動きがノロマ過ぎてつまんねぇから、つまんねぇことを喋っちまった』


 雅と葵の短剣と水の爪を全く脅威にも捉えず、避け続けながらディルはそう言葉を零していた。そうやって戦闘訓練のことを思い返すたびに、どういうわけかあの男が『レイクハンター』の生態について喋っていたことも思い出す。まさに知識ですら、体で覚えさせられたのだ。

 参加する雅と葵のために、喋っていた。なにもかも、こうなることを想定して話していたのだとすると、ディルの言動全てに意味が込められているのではと深入りしてしまう。

「あの人は、悪い人を演じている善人なんじゃないの……?」


 呟いている内に、ピシュンッという小さな音に合わせ、雅が遺体で身を隠しているすぐ傍を弾丸が駆け抜け、後方に生えている木の一つを抉った。

 場所を把握されてしまっている。狙撃のポイントを変えられたら、次は確実に射抜かれる。

 しかし、一撃必殺に拘る海魔であるのなら今のは威嚇とも取れる。近場を撃つことで怯え、姿を現した雅を確実に撃ち抜くための射撃であったのなら、このまま遺体の陰に潜んでいた方が良い。


 湖まで来た道に匍匐したまま向きを変え、第二班の様子を窺う。葵とリィが制止させているのが見えた。どうやら第二班にも、この二人が瞬く間に殺されたという惨状が理解できているらしい。そして、ディルに覚えさせられた通りに葵がみんなを止めに入っている。

 やや遠くの葵と視線を交える。雅はやはり匍匐の体勢のままどうにか両手でバツを作ってみせる。かなり小さなサインだったが、葵には伝わったらしい。葵が第二班のみんなを止めているのなら、被害はこれ以上出ないはずだ。


「クソッ、いつまでも隠れていられるかよ!!」


 『火使い』の男が我慢できずに木陰から飛び出し、地面に手を当てる。

「要は湖を蒸発させてしまえば良いんだろ!」

 地面から火柱が噴き出て、引火する導線のように湖の方へと断続的に噴き出て行く。そうして湖底にまで男の力が干渉したのか、大きな水柱と蒸気が発生する。


 面倒なことになった。


 雅はウエストポーチからゴーグルとマスクを取り出し、続いてトップスの袖もボトムスの裾も全て手袋の中、靴の中に入れる。腐った水の蒸気を目に入れるのも、吸うのも人体に多大なる影響を与える。辛うじて、蒸気ぐらいなら肌が荒れる程度で済むが、あの水柱が周囲に振り撒いている水滴を浴びれば、たちまち爛れる。露出している肌は頭部と首周りだけにしているが、間違ってもあの水滴を被ってしまわないようにと雅は遺体の陰から後方の木陰へと匍匐前進で完了させる。

 面倒なことにはなったが、あの水柱に気を取られてか、或いは飛び出た男に狙いを変えたか、とにかく雅に射撃が来ることは無かった。

「どこだ! どこに居やがる!!」

 男が暴れんばかりの雄叫びを上げながら、周囲一帯に炎を迸らせ、海魔を挑発している。


 居場所も分からないのに叫んで、力を使ってどうするの。


 炎が作る陽炎が、男の姿を揺らめかせて視界的な意味では多少の防御になってはいる。しかし、雅が湖に視線を移したその一瞬、水面が二つに分かたれて波が起き、続いて目にも止まらない弾丸が炎の中を抜けて、男の頭部を貫いた。


「陽炎で揺れていたのに、あんなに正確に射抜くの……?」


 もはや目の前で起こっていることが嘘であって欲しいと願うばかりだが、けれど雅には僅かばかりの情報が手に入った。

 それはつい先ほど、男を射抜いたときに用いたレイクハンターの狙撃ポイントである。湖を注視していたおかげで、どこから射撃が行われたのかが二度見、三度見してだがなんとか確認できた。もう移動していると思われるが、レイクハンターは雅の位置から左斜め奥の方、それも湖の隅に居た。この隅に居ると言うのが大きなポイントになる。


 レイクハンターは湖の水面ギリギリから狙撃を行っている。だが、それは水面から顔を出せる程度の深さで、且つレイクハンターの足が着けなければできないことなのではないか。となれば、泳ぎの方はそれほど得意ではないと考察も立つ。そして、そのための擬態だ。泳ぎが不得意であることを隠すために周囲に溶け込める力を持っている。そうやって、人間を、そしてテリトリーを害する海魔を騙して来た。


 あの海魔は泳いで狙撃ポイントを移動している間は、射撃を行わない。行ったとしても精度の低いものになる。擬態と一撃必殺に拘っているのなら、そのときに行われる射撃は、雅のすぐ近くの木を撃ち貫いた、あの威嚇射撃のように獲物である人間を誘い出すものに限られる。

 雅は木陰から飛び出し、全速力で駆け出す。一撃、二撃と雅を狙ったものと思われる弾丸が空気を切り裂く音が耳に入ったが、構わずレイクハンターの狙撃外で待機している第二班の元に、半ば転がり込むような勢いで到達する。

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