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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
168/323

【悪魔の問い掛け】

「違う。あれは、ドラゴニュートなんかじゃない!!」


 誠が言い切り、怒りを露わにする。

 竜眼を煌めかせ、続いて赤い涙が流れ落ちた。


『確かにドラゴニュートとは呼べないかも知れない。けれど、元は“ドラゴニュートだった”死体さ。そこに、海竜が持つ“穢れた水”を注入したことで甦った、竜だ』

「死体が、動くの?」

『海竜の高純度の“穢れた水”には、それだけのエネルギーが秘められているんだよ。さすがは最初に産まれ落ちた海魔とまで言われるだけのことはある』


「ドラゴニュートの死を冒涜したと言うんだな……僕の眼が、グレアムの眼が、怒りに震えている!」

『君のその眼だって、ドラゴニュートが死んだから継げたものじゃないか。それに、ドラゴニュートも所詮は海魔だ。海魔に冒涜という言葉は不釣り合いだ。僕はそれを“正義”とは認めないよ、竜眼の少年』


 腐臭と磯臭さを放出し、今にも崩れそうな肉を引きずるように死体の竜――名付けるならば“ゾンビ”が雅に向かって走り出す。その本能の欠片も無い、獣とも呼べない疾走を、誠が光を束ねて作った陽光の剣を構えて、腐った肉を引き裂く。しかし、裂いたところからたちまち腐り落ちそうな肉は繋がり、裂傷が消え去る。

 死体であるためか痛覚も無いらしく、疾走は続き、耐えられず誠は両腕に陽光と月光の盾を作り、重ね合わせて突進を真正面から受け止めた。

「こいつは僕がやる」

「一人で?」

「そうしないと、竜の眼が泣くのをやめてくれない」

 以前には無かった怖ろしいまでの誠の覇気に当てられて、雅は言葉も無く肯く。

「あはっ♪ あの男も面白いことをしてくれるわ。貸してくれたのなら、存分に使ってあげる。そして、あなたたちを“しゅくせー”するわ」

「いい加減にして……リィが近くに居るの! こんなところで立ち止まってなんかいられないのよ!!」

 雅は改めてレジェに向き合い、構え直す。楓が雅の元に戻り、そして葵もまた傍から離れない。


「鳴を傷付ける者全てを私は通さない、認めない、許さない。どれだけの数が来ようと、私はここを動かない。だって、それが私と鳴の関係性だもの。たったそれだけの関係性だもの……だから、あの男の言葉を借りるなら、異教徒として討たれなさい」


 弦と弦を重ねて、レジェは旋律を奏でる。先ほどの不協和音が嘘のように澄み切った音色だ。ゾンビがその音色に従うかのように雄叫びをあげ、誠に腐った腕の先にある爪を振り下ろす。

「僕のことは構うな。正面突破しろ」

「分かった」

 雅は誠に振り返りもせず、レジェに向かって突き進む。後方で雄叫びと、誠の気合いの入った声が聞こえても、全く不安は感じない。


 何故なら、彼はこの中で一番強く、そしてグレアムの誓いに基づき、あのような行為を絶対に許さないからだ。死した竜を、死しても尚、道具のように扱う。そんなことから解放させるためならば、誠は全力を尽くすはずだ。


「三人で私を相手にするのぉ? 別に何人だって構わないけれど、あっちの子が居ないと、ちょっと拍子抜けしてしまいそうだわ」

 視認可能なほどに圧縮された音圧の壁を三つ形成させ、そこに更に音の波動をぶつけて砕き、尖ったガラス片のようにして一斉に雅たちへと射出する。

「気にせず、走ってください」

 葵は手元の氷の爪を前方に投げ付けるようにして外し、更にもう一方の爪も腕を振るって外す。爪と爪が激突して氷の破片となり、同じく尖った氷の塊となりガラス片に対抗するようにレジェへと射出される。


 雅と楓はその大量の氷の破片に守られながら突き進む。


「これで突撃して来るのは二人になったわね」

 音の破片を通り抜けたところにレジェの斬撃が奔る。雅と楓が左右に避ける。避けたことを見極めて、レジェの眼光が楓の行く先に向く。

「っと、狙うなら私だと思っていました」

 恐らくは楓の行く先、進行方向に音圧の壁ができたはずだ。それをまたも楓は直感で急停止し、その壁を逆に利用して、跳躍したかと思うと、中空で短剣を鉄の弓矢に変質させ、レジェに狙いを定めた。


 当たるか当たらないかは、運次第。止まっていないよりも止まっていた方が、命中させやすい。それを雅は知っているからこそ、構わず突撃し、レジェと数度、剣戟と斬撃を交える。


「貫け!」

「ざぁんねん♪」

 射られた矢は不可視の壁によって遮られ、その音の壁すら貫く一直線に奔る電撃も、ほんの僅かな重心の移動でかわしてみせる。

「『金』だけでなく『雷』。それは分かっているから」

 言いながら、雅との刃と刃のやり取りも続ける。楓は近場の地面に着地して、鉄の弓を短剣に戻して、加勢に入る。


 しかし、その楓の剣戟ですら、レジェは完璧に避け、防ぎ、跳ね除けてしまう。雅の剣戟の相手をしていても、だ。

 多数に対しての応用力が尋常ではない。雅は楓とアイコンタクトをして、一旦、後退する。二人が下がったところに葵が氷爪で地面を削りながら詰め寄る。


「さっき見て、分かったのよ。あなたは少しだけ遅いって!」

 大振りの、そして強烈な氷爪の連撃。短刀で防ぐだけに限らず、葵の大振りな動きを見切りつつ、体を適切に動かしながら避けている。


「なんですか、この人。人と思えないくらいに、攻撃が通りません」

 楓は短刀を三節棍に変質させながら、焦りの言葉を零す。

「それはそうよ。だって鳴は、あの男から多数を相手取ることを想定した訓練を受け続けていたのだから。それを見ていた私が、それを体感していた私が、鳴と同じ動きと判断をできないわけがないでしょう?」

 氷の爪を押し退けて、レジェは旋律を掻き鳴らす。後方でゾンビが雄叫びを上げ、誠を盾ごと雅の元まで押し飛ばして来た。

「一人で大丈夫って言ったクセに」

「一人でもやれないことはない。でも、さっきの音。それを聞いてから、一瞬だけ動きが変わったんだよ。言い訳がましくて、本当に女々しいとは思うけどね」


「音……あの短刀で、死体を操っているってことでしょうか?」

「そんなことあり得ませんよ。どうやったら海魔を操ることができるんですか」

 葵の問いに楓が即答する。


「いや」

 しかし、雅は心当たりがあって、その答えを決とすることはできない。

「海魔のストリッパーを、レイクハンターを操っていた事例があるの。そのときは、海魔の声帯のレプリカを使って、音波で理性ではなく本能を揺さぶっていた……らしいけど」

「レイクハンター……あのときのことですか。なら、音は海魔にとって重要なものだと?」

「歌声で人を操る海魔、セイレーンも居ますね……海魔にとって、超音波のようなものは切っても切れない代物なのかも知れません。私たちの発している声も、詰まる所、音波みたいなものですし。早まった答えを言ってしまって申し訳ありません」

「情報が少ないんだ、仕方が無い。あの竜の骸は、あの子が音色を奏でたときに動きを変える。そのことを頭に置いて、戦えば良いんだろ。さっさとあの子を押さえ付けて、こっちが楽になるように頼むよ」

 誠は「面倒臭いなぁ」と言いながら、腐臭と磯臭さを放つゾンビへと再び向かって行く。


「ちょっと、見直しちゃいました。でも誠さんって、モテないでしょうね」

 見直したと言って、きっちりとモテないだろうと言ってしまう楓の、天然さが故の上げて落とす言葉の遣い方に、雅は一種の怖ろしさを感じた。あり得ないとは思っていたが、この二人の間に恋愛関係は発生しないらしい。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、それは夢物語に過ぎないのだ。

 だったら葵はどうなのかとも思ったが、葵が誠のことをどうこう言い出したなら、雅はこれにも全力を注いで止めに入るだろうから、誠には当分、春は訪れないだろう。


 四人揃って、話をして、それぞれの意見を出し、方向性を見出す。それだけで焦りは色を薄め、沈んでいた心も奮起する。人と人との繋がりが、これほどの支えになるとは、ディルと会った当初は思いもしなかった。


「それにしても理解できないの。どうして、罪人になることを承知の上で、海竜を救い出そうとするのか。そして、その行為に迎合する人間が居るのか、分からない。ホントのホントよ? 『悪魔』でも分からないことはあるの」

 冷たい口調でレジェは言い、そして小さく笑みを零して更に続けた。

「白銀 葵? あなたは元査定所の人間でしょう? その子を監視する役割を担っていたはずよ。けれど、そういった役職も捨て――『水使い』の特権階級を捨ててまで、行うことがこんな罪深きことで良いのかしら? 一度、後ろを振り返ってみたらどう?」

「後ろを振り返っても、あたしは前に進みます」

 レジェの問いに葵は力強く答える。

「前を向いて進むことの難しさは知っています。でも、あなた以上にあたしはたくさんの景色を見て来ました。だから、あなたのやろうとしていることも、あの竜の骸を目覚めさせた方のやろうとしていることも間違っている。そう言い切ることができます」


「……へぇ、そうなの。それじゃぁ、榎木 楓」

 左から攻めていた楓の三節棍を防ぎながら、レジェは訊ねる。

「あなたが罪を背負う理由はどこにあるの?」

「簡単な話です。海竜を助けたい。それはあの子に私が助けてもらったからです。その恩義を返さずにいられるほど、私は人間性が腐っていませんので!」

 レジェの短刀を弾いて、隙を突いて電撃を帯びさせた三節棍を僅かでも体に当てようとするが、見切られてしまっていて、切っ先が当たることさえない。

「海竜を助ければ、絶望が訪れるかも知れないのに?」

「絶望? 良い言葉ですね。そういう、終末的な言葉があればあるほど、希望が湧いて出て来ます。私、折れませんよ? こんなことじゃ」

 音圧で吹き飛ばされながらも、自信満々に、そして溌剌とした声色で、楓の精神は崩れない。


「なら、小野上 誠!」

 旋律を掻き鳴らし、ゾンビが誠を掴み、レジェのところまで投げ付ける。勢いは殺さず、月光の鎧を纏って誠は地面を抉りながら着地する。

「なに? 今、とても面倒臭くて忙しいんだけど」

「その面倒なことに付き合っているのはどうして?」

「彼女が会いたいと言っているんだから、素直に会わせてあげたらどうなんだい? 言葉を交わすことのできない海魔じゃあるまいし、戦いだけが全てなんて言わないでくれよ?」

「決断の遅さが、最悪の結末を、悲劇を招いたと知っても尚、動くと? 自分が動けば、また誰かに不幸が訪れるかも知れないのに?」

 誠が竜眼を煌めかせながら、レジェを睨む。

「へぇ、それで? その言葉で僕を拉ぎ折るって?」

 誠の声は怒りに満ちている。

「馬鹿を言うなよ。あれのどこに君の言う“法”があるっていうんだ!? 死して尚、骸を弄んで良いという絶対的な“法”が! この世のどこに存在するんだ!? 僕の眼は君には見えないものが見えるよ。君の短刀は、アジュールの師匠が打ったもののはずだ。それなのに、君はともかく、“もう一人”は竜の加護を受けていないかった。竜に未だ受け入れてもらえていない“もう一人”が居る限り、僕の行く道を遮ることなんてできないよ」

 喋っている時間が惜しいと思うほどに怒りを全身に滾らせて、誠は雄叫びを上げながらゾンビへとまたも飛び掛かって行く。

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