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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
167/323

【レジェであるのか、鳴であるのか、それとも――】

 雅はチラッと自身が身に付けている腕時計を眺め、小さな笑みを浮かべてから再び右手で基点を指差す。

「そこも私が変質させています」

「そう」


 こうして指差しているだけで、レジェが反応してくれる。壁の位置を把握しやすい。ただ、一つでもブラフがあったなら、計画にズレが生じる。思い付いた策がバレないためにも、ブラフであるかそうでないかはレジェの反応から見極めるしかない。


 感情を表に出さないレジェ。それでも、不協和音について訊ねれば強い反応が返って来た。彼女は自然環境として放出される音、或いは放たれた声が自身の狙ったポイントに辿り着いたときに変質を行っているはずだ。不協和音は掻き鳴らした時点で変質を行い、撃っていると考えられるが、これについてはどういうわけか成功していない。不協和音であるから駄目なのか、それとも彼女の持っている短刀が上手い具合に機能していないかのどちらかだ。


 短刀が贈り物なら、更に反応を確かめる手段になる。


「その短刀は、あの男からの贈り物なのかしら? 大事な大事な、贈り物?」

「だから、どうだって言うんですか?」

「贈り物は大切にしなきゃならないでしょ? その贈り物を重々に使いこなせていないことに、焦りを感じていたりするのかな?」

 鶏冠に来たらしい。レジェは自身を奮い立たせるような強い叫びを上げながら、雅に突貫して来る。刺突、斬撃、そしてそれらを組み合わせた猛攻。短刀だけに集中していてはならない。気を抜こうとすれば、雅を蹴り飛ばそうと足が動く。


 固執していて、贈り物を大切にしたくて、それを指摘されたら感情を抑え切れずに前に出て来る。普通の女の子だよ。


 三つめの基点を雅は指差す。もうレジェから反応が返って来ない。代わりに背中が壁にぶつかった。白い壁では無く、音の壁だ。構わず四つ目の基点を作るために、意識を集中させながら指を差す。

「もう、なにもかも手遅れです」

「手遅れ?」

「あなたの行動範囲は、このフロアのもう四分の一もありません。十歩も進めば壁にぶつかる立方体。幾らか壁で追い込ませてもらいましたが、現在はその立方体に包まれているとお考えください」

「へぇ……上は?」

 雅は見上げながら、スッと天井を指を差す。

「上?」

「そう、蓋もしてあるのかなーって」

「それはこれから行います。完全な立方体に包まれたとき、あなたが吸うべき酸素も失われ、息苦しくなり、まるで動くこともできなくなるでしょう」

 完全な密室。それも、空気の通る隙間も作らずに組み上げるつもりらしい。

「ねぇ、レジェ?」

「命乞いをするつもりですか?」

「なんで私が命乞いなんかしなきゃならないのよ。レジェは、あの男に言われて私を殺すの?」

「その通りです」

「そこにあなたの意志は介在しないの? あんな、拡声器で指示を出されるだけで、それだけで良いの?」

 五角形のフロアの隅にある内の一つを指差しつつ、訊ねる。


「あの人が、“法”の番人になれと言うのなら、私はそれに従うまでです」


「……そう」

 雅の眼光はギラリと煌めく。

「あなたが、従順な討伐者で良かったよ!」

 真上目掛けて雅が黒の短剣を投擲する。


「今更、短剣を投げたところで全てが無駄です。間に合いません。短剣はともかくとして、今、このときを持って、あなたを立方体に封じ込めました」

 レジェは音で出来た足場に乗って、雅に最終通告を言い渡す。

「どうかな?」

 しかし、雅は呼吸を極力控えつつ、黒の短剣の行く先を見届ける。天井まで到達した短剣は、そこから急激に角度を、そして加速して射出される。

「そんな……っ! まさか、さっき見上げると同時に天井を指差したのは」

「それだけじゃないから」

 短剣の行く先にあるのは、拡声器。その一つを貫き、そして更に加速して次の拡声器へと向かう。

「そんな、ところに空気の変質を?!」


「あなただったら絶対に壁を作らない場所でしょう? だって、あそこから男の声が出て来るんだもん。塞いじゃったら、あなたにその声が届かないから」

 二個目を貫き、三個、四個、そして五個目を貫いた黒の短剣は中央から始まって五芒星を描くように奔り抜けたのち、角度を変えて超高速でもって雅の元に帰って来る。

「風速は音速には敵わない。でも、物体の加速が音速を超えたとき、この壁をそれは絶対に貫く」


 戻って来る短剣が通らない位置に陣取ってはいたが、言葉を発し終えたときには凄まじいほどの衝撃と風圧を身に受けて、体は吹き飛んだ。後方には鉄扉がある。


 激突する前にクッションを作らなければ、と思い至ったところで仄かに、笑みを作る。


 後ろにあるのは鉄扉では無く、大量の木の根で覆われた扉のような塊だった。黒の短剣はそれを容赦なく貫き、雅はそのままフロアの外へと放り出された。


 黒の短剣は斜めに奔らせた。だからそれはフロアの外の地面を抉って止まっている。雅自身は用意されていた水のキューブを三度ほどぶち破ったのち、更に後ろで用意されていた木の根のネットに受け止められ、無傷だった。


「雅さん! 一人で行っちゃうなんて、そんな寂しいことしないでくださいよ!!」

 ネットから降りたところで、楓に抱き締められた。

「これ、リコリスさんとケッパーの……でしょ? 鉄扉はきっと『金使い』が作ったものだから再変質はケッパーにしかできないだろうし、水のキューブで勢いを殺してくれたのも、リコリスさんの力のはずだし」

「三人は他にやることがあると言って、どこかに行った」

 誠は「うっ」と吐き気を催しながら、雅にそう伝える。

「……なんだか、気分が悪そうだけど?」

「殴る蹴るの暴行を受けたあとだからね。楓に跳び蹴りを喰らったのだけは未だに納得できていないけど」

「だって全ての元凶は誠さんにあるんですよ!? だったらもう容赦無く跳び蹴りで良いじゃないですか!」

 楓が「誠さん」と呼ぶのは、一つだけ言うことを利くというあの誓いを守っているからである。要するに誠の要望は「僕を名前で、『さん』付けしろ」という優しいものだった。それ以外に特に要求するものもなかったのだろうが、楓は神妙な面持ちでそれを聞いて、ずっこけた様を思い出して、雅はクスッと笑う。

「どういった感じなんですか、雅さん? 状況を説明してください。情報の共有は大切だって、ディルさんも言っていたじゃないですか」

 葵が簡潔に状況を伝えるように求めて来た。

「えっと……」


「あの人と私を繋ぐ拡声器を壊しただけではなく、絶対に開けられるはずのない鉄扉まで壊して……」

 レジェが五角形の施設から外に出て来る。

「絶対に許さな……ぅ、っぁ!」

 頭を押さえて、レジェが苦しみ出す。

「なにか、様子がおかしい」

 雅は呟き、レジェの動向を探る。吐息を零し、俯かせていた頭をユラリと持ち上げて、彼女は舌をベロッとこちらに見せ付けて来る。


 舌の中央には山羊を模した紋様が浮かび上がっている。


「あれは山羊じゃない。『悪魔』の紋様だ」


「せいかぁああい。鳴ぐらいの歳の子にも、賢しい子は居るのね。これは褒めているのよ? ええ、ホントのホントよ? けれど、ここまで鳴の心を傷付けられてしまったら、私が出ざるを得ないわ。だって私は、そう決めたんだもの。鳴を傷付ける全てのことから、守ると。『悪魔』っぽくない言葉だけれど、ね!!」

 レジェが後方に壁を形成させる。不可視の音圧の壁では無く、視認可能なほどに固められた力の奔流へと彼女は跳躍し、足裏で蹴った。放出される波動によって、彼女は体を弾丸のように奔らせて、雅へと突貫して来る。


 その究極とも言うべき突貫を、雅の前方に立ちはだかった葵が氷の爪を束ねることで受け止める。


「あら? 止められちゃった? だったら仕方が無い。これじゃ、殺せないから下がりましょうか」

 体に掛かる負荷を気にせず、レジェは葵の氷爪に止められたことを受け入れ、すんなりと距離を置く。

「……状況説明をまだ受けていませんが、雅さんに仇名す相手ということは分かりました。力を抜く必要はありません。全力で行かせてもらいます」

 葵の両手を冷気が包み込み、そして氷が覆い尽くして行く。その大きすぎる氷爪を荒々しく振るい、レジェを弾き飛ばす。

「鳴が資料を読んでいた時に私も目を通していたわ。『水』と『氷』の討伐者。名前は……白銀 葵。とっても良い名前。私にも分けて欲しいくらいの、良い名前」

 微かに笑い声を交えながら、レジェは迫り来る葵の氷爪を軽々と避けている。


「どこを見ているんですか!?」

「あはっ♪ 忘れてなんかいないわよ?」


 大きく振られた氷爪から逃れ出たレジェのすぐ横まで走り抜け、楓が追撃とばかりに短剣を振るう。着地して間もないレジェはその短剣を受け流し、切り返しつつ、地面に作り出した音圧によって跳ね上がり、大きく距離を開けた。

「逃がしません!」

 短剣を鎖鎌に変え、分銅を風を切るほど強く回して、逃げるレジェ目掛けて投げ付ける。

「『金』の討伐者ってだけじゃない。分かっているわよ、あなたのことも」

 レジェは分銅を短刀で受け止めようとはせず、身を逸らして、更にその後方に自身が変質させた音圧の壁で分銅を弾き返す。

「『雷使い』でしょう? 怖い怖い。触れたくはないわ」

 今のレジェは、なにかが違う。雅が先ほどまで戦っていたレジェは、こんなにも耽美な口調を用いては来なかった。そして、どこか直情的な一面も持ち合わせていた。


 なのに、今は冷静沈着を越えて、冷酷無比にまで至りそうなほど状況の把握が速い。そして、最善の方法で攻撃を避け、受け流している。


「今日こそ、謝れます」

 考えていたところに葵の言葉が雅へと向けられる。

「今日こそちゃんと謝れます。そして、あのときの犯した罪を、こうして償うことができる」

 氷の両爪を研ぐような仕草を見せながら、葵が優しく雅に向かって微笑んだ。


「……一つ訊かせて」

 雅は動きを止めたレジェに声を掛ける。

「なぁに?」

「あなたは、“誰”?」

「……勘が良いのね。へぇ、意外と人間も頭が良い子が揃っているみたい。驚いたわ。だから、その驚きへのお礼として、答えてあげる。『フロアに誘き寄せて、鳴だけでアンジェリカを討つ』。それがあの男がやれと言ったこと。けれど、それが失敗に終わっちゃったから、鳴は傷付いちゃった。だから、私が出た。それだけのことよ」

 レジェは微笑んだのち、駆け寄る楓を睨み付ける。瞬間、楓が立ち止まり、次に鎖鎌から短剣に戻したその先端で前方を斬る。不可視の壁が楓を遮るように構築されていた。それを彼女は激突せず、直感だけで止まったのだ。


『レジェ……じゃないね? 僕の前にはもう二度と出て来るなと言っただろう?』


 『下層部』の中心――五角形の施設に、まだ取り付けられている拡声器の一つからジギタリスの声が響く。

「あなたの目の前には立っていないわ。だったら、ちょっとぐらい私が出ても良いじゃない? それともなぁに? 傷心状態の鳴に無理やり、戦わせる気かしら?」

『……いや、それで構わない。全ての障害を排除できるのなら、多少のことには目を瞑ろう。ただし、僕が目の前に立った時には、レジェにその体を返せ』

「分かったわ」

『さて、さすがに複数相手は『悪魔』も気が滅入るだろう。だから、僕の研究の成果を貸し与えよう。その短刀も『悪魔』が扱うのなら不協和音を奏ではしないだろう。その音色に、君だけが奏でる音色に反応する忠実なしもべだ』

 後方の右側の施設が点灯し、次にそこから奇妙な雄叫びが轟くと、数秒後、爆発でも起きたのかと疑うほどの衝撃でもって建物を破壊し、“それ”が現れる。


「竜……ドラゴニュート……?」


 崩れた建物の瓦礫を押し退けて、竜がゆったりと、地面を踏み締める。

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