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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
165/323

【-先回り-】

「人を殺すなんて、そんなことを許す二十年前の生き残りが居るわけないって思っていたけど、違うんだね」

 雅は黒白の短剣を引き抜き、身構える。

「私が会った四人はみんな、人殺しを嫌っていたし、殺すことを許してはいなかったよ」


「拾われた私は、レジェとしてあの人に恩義を返さなければなりません。人を殺すことで、あの人の心が満たされるのなら、私は迷わずあなたを手に掛けます。そして、卑しくも生きているのであれば“死神”も必ず殺します」

 目には迷いが無い。きっとあの短刀は雅の眼前では止まってくれず、心の臓を貫くのだろう。喉元に突き立つのだろう。あらゆる急所を切り刻んで来るのだろう。


「もっと、話せば分かり合えると思うんだけどなぁ」

 呟きつつ、雅は腹を括る。

「あなたが私を殺す気で掛かって来ても、私はあなたを殺す気では掛からない」

「だったら、この殺し合いはもう私の勝ちが決定しているようです!」

 短刀の峰にある弦同士を重ね、左右に腕を振って不協和音を掻き鳴らす。刹那に、雅の体が後方へと押し飛ばされた。壁への激突を防ぐために中空で姿勢を整え、足で床を踏み締め、そのまま摩擦で勢いを殺す。


 音が鳴った直後に、前方からなにかに押し飛ばされた、けど……。


 左斜め前方からレジェが向かって来る。考える暇も無く、雅はレジェの振るう短刀に短剣をぶつける。金属音が響き、そしてまたもレジェの腕力とは到底思えない謎の力によって体がレジェの向かって来た方向とは逆に弾き飛ばされた。

 上体を逸らし、右手で壁際を指差す。変質した箇所に生じた風圧をクッションにして、激突を免れる。

 音の迷宮、拡声。そして、掻き鳴らして前方から来たのは目に見えない波動。金属音でも飛ばされた。ここまでの情報が揃えば、雅を押し飛ばし、弾き飛ばした力の正体が音圧であると分かる。

「『音使い』でしょ?」

「喋っている暇はありませんよ」

 再びレジェが短刀を正面で峰同士を重ね、左右に振って弦を擦り合わせ、不協和音を奏でる。雅は目に見えない音圧による攻撃が来ると身構えるが、衝撃は体に訪れない。代わりに雅の後方の壁がドンッと大きな音を生じさせる。

「くっ……この不協和音じゃ限界が」


 外した?


 雅は苛立っているレジェの隙に付け入り、一気に距離を詰める。しかし、懐まで入ったところで彼女は雅を完全に捕捉し、躊躇無く短刀を振るう。その短刀に雅が短剣をぶつける。金属音が波動となり、雅は弾き飛ばされる。


 レジェが短刀で防ぐこと前提で振ることになるから、これじゃ私の方が後手になっちゃう。


 僅かな隙を突くことができ、先手を取れたとしても、それでレジェが防御しなければ雅の短剣は彼女の体を切り裂くことになる。それが致命傷になってしまえば、雅はめでたく自身が毛嫌いし、もう二度とやらないと誓っている殺人を犯し、そして人殺しになってしまう。

 だから、レジェが防御する動作を見せてから剣戟を放つため、先手であっても後手になる。それが甘えであることは重々承知であるが、それがレジェにとって大きなアドバンテージになっていることは分かり切っていることではあるが、しかし雅にもこればかりは譲れない。

 そして、負けることも譲れない。矛盾してはいるが、殺さず、殺されずに勝たなければならない。多少、傷付くくらいなら構わない。もうこの体は頭部から首回りに掛けて以外は傷だらけだ。戦いの傷痕。訓練の証。誇らしいことながら、女性としてこれ以上、傷付きたくないという思いもあるのだが、リィを救うためならどれだけ傷付いたって構わない。

 レジェの鋭い斬撃を受け止める。音圧によって弾き飛ばされない。代わりに左右の短刀でラッシュを掛けて来る。黒白の短剣で対応しながらも、徐々に彼女の勢いにやられて後退せざるを得なくなる。


 前に、出る。


 雅は一瞬、下げた右手の人差し指で後方を指差し、斬撃をかわすために上体を逸らした際に後ろを一秒にも満たない時間、見つめる。

「そう来ると思いました」

 雅が後退し、自身が変質させた空気に触れたと思った直後、壁にぶつかったかのような衝撃を受けて体が跳ね返り、前に傾きながらレジェの元へと戻ってしまう。前に出るつもりで変質は行っていた。しかし、こんな後ろから殴られるような衝撃を、自身が変質させた空気は伴わないはずだ。今までだって、クッションのようにしたり、バネのようにはしたが、鈍痛ばかりは伝えては来なかった。


「あなたが変える前に、その空気を私が『音』の壁に変えました」


 混乱しつつも、自身がレジェの傍まで戻ってしまっていることに恐怖を感じ、反射的に短剣を重ね十字を組む。そこに彼女の短刀が叩き付けられる。しかし、これだけでは終わらない。レジェには雅と同じく、第二撃がある。

 左腕は後ろ手に引かれ、まさに首を取りに行く速度の刺突が奔る。黒の短剣を手放し、頭を左に傾けるとともに、奔るレジェの左腕に下から上へ掌底を打ち込む。この対処が遅れていたなら、頭の横、僅か数センチ上を突き抜けたレジェの短刀は、雅の喉元に突き立っていただろう。掌底を打ち込み、更に頭を傾けたからこその到達点の移動とズレ。反射的にやったことだが、間違いなく生存本能によって成されたことだ。

「やりますね」

 レジェは言いつつ、雅が落とした黒の短剣を蹴り飛ばす。

「だろうと思ったんだよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、黒の短剣の柄頭から伸びている帯を雅は握り締める。蹴られた黒の短剣はその力を遠心力に変えて、そのまま雅は帯を振り乱すことで黒の短剣を縦横無尽に奔らせる。これにはたまらずレジェが離れた。帯をクイツと引っ張って手元に黒の短剣が戻る。

「掌底を打つときに、帯を巻き込んでいたんですか」

「でなきゃ、武器を手放すわけないでしょ」

 言ってはみたが、たまたまの偶然である。本来なら前方に加速して、一気にレジェに猛攻を仕掛けるところが、何故か見えない壁に体が打ち飛ばされたことで、予定が狂った。その際、スルリと帯が雅の右手に滑り込んで来たのだ。そこから掌底を打ち込むまでの間、帯が全て雅の手から滑り切ることはなかった。技術や冴えでもなく、狙ってやったことでもない。それでも、まるで自分の技量の一つであるかのようにレジェに思い込ませなければならない。


 雅は、空気を変質させたと思っていた。ずっとそうやって空気に干渉し続けて来た。だからだろうか、手応えというものをいつも自分は感じていて、戦いにおいても空気に干渉できるのは自分だけだと、信じて疑わなかった。


 しかし、レジェは先回りして空気を音の壁に変えたと言う。となれば、レジェは視線集中型の使い手ということになるわけだが、最大の問題はそこではない。


 相手の変質させた空気――即ち、音を置いて壁にするという手法であるが、全くもって雅には変えられた感触が分からなかった。雅もまた視線での変質を行ったこともあって――行ったと思っていたせいで、よけいに妙な感覚も感触も、手応えさえも伝わっては来なかった。


 空気もまた人の言うことを利くのは一度切りだ。しかし空気は流動的なもので絶えず動いている。だから、何度だって同じ場所に変質は利く。ただし、そこに別の力の滞留があったならば、話は別だ。

 停滞し、滞留しているのなら、雅の干渉は届かない。それは逆を言えば、レジェもまた雅が先に干渉した空気に干渉できないことを示すのだが、雅と違ってレジェには、変質させようとしている空気に、雅の干渉が施されているかどうか分かるのではないだろうか。それが分かってしまうのなら、これからもレジェは雅の先回りをして空気を音に変えて来るかも知れない。


 触れればそこが音圧によって変わった場所だとは分かる。しかしそれでは手遅れだ。なら、視線集中型は、変質の先取りをどう感知しているのだろうか。

 こんなことは一度も無かった。そして、ディルにも教えられては来なかった。

 雅が戦術を組み、基点と決めたポイントを既にレジェが変質させていたなら、それは戦術の崩壊となる。

「どうかしましたか? 私が先読みして、あなたの変えたい空気を変えたのが、そんなに驚くべきことですか?」

 表情に出てしまうのは仕方が無い。これはずっと直そうとして直せなかったものだ。開き直ってしまった方が、心境としては落ち着いていられる。

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