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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
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【-事態の急変-】


「なんなんだよ、あの人……どこに本体があるんだよ。斬っても大丈夫って言われたから斬ってみたけど、斬っても斬ってもどこからともなく現れるのは、もうホラーじゃないか」

 誠がなにやらブツブツと呟き、机に突っ伏している。

「耳元で囁かれるのがこれほど怖ろしいなんて、思いもしませんでした。身の毛もよだつようなことを言って……まともじゃないですよ、あの人。なんでまともなことを言っていると思えば、数秒後にはあんな……女性に向けては行けない言葉を口にするんですか……」

 自身を抱き締めるように両腕を重ねつつ、葵がガクガクと震えている

「こう、か弱い女の子に対する手加減とか無いんですか、あの人。なにもかも殺す気の立ち回りだったんですけど。足を掴まれたときはそのまま骨を折られて、どこかに叩き付けられるんじゃないかと……もう、ちょっとした走馬灯を見た気分です」

 体力を使い切った楓は、もはや声に快活さすら感じられない。


 二日間に及ぶ訓練は、各々にとって実のあるものもあれば、同時に「なんでこんな訓練に耐えられるんだよ」と互いに互いのおかしさに罵詈雑言が飛ぶ結果にもなった。

 誰もが、今まで続けていた訓練が、他の訓練よりもマシだと実感するというよく分からない二日間でもあった。


 雅であってもそれは変わらない。ナスタチウムの訓練はディルのそれによく似ているが、やはりこれがディルの訓練だったなら体に伝う痛みも、挑む心意気も別物だったに違いない。ナスタチウムの暴力とディルの暴力は似て非なるものだ。雅にはそれがよく分かり、そして分かるからこそディルとまた訓練をして、強くなりたいと思ってしまう。


「君は少なくとも、気分が良いみたいだね」

「え、そう? 三人より衝撃は少なかったからかなぁ。ほら、ナスタチウムとは一度手合わせもしていたし、鳩尾を殴られて、その場で吐いたあとに続け様に脇腹を蹴られたときは意識が飛び掛けたけど、それもまぁ、飛び掛けただけで気絶しなかったし」

「うん、分かった。君は痛みのハードルがちょっとおかしい。僕もナスタチウムの暴力的訓練にはずっと付き合わされていたけど、そんな感想は一切出て来ない。出て来るのはいつも『死ななくて良かった』だから」

 誠はオープンスペースに設置してあるテーブルに再び突っ伏してしまった。寝る前の情報共有を持ち掛けたのは誠自身だったが、この二日間が予想以上のトラウマになってしまったらしい。


「雅さんはドMなんですよぉ。信じられないですよぉ、あれでピンピンしていられるなんて、体力面のスタミナはありませんけど、精神面のスタミナがおかしいんですよぉ」

 半泣きで、遂に楓も誠と似たようにテーブルに突っ伏してウダウダと言葉を零す。


「あたしは、ディルさんの訓練を受けていましたから、ひょっとすると雅さんたちが受けた訓練の方がマシだったかも知れません。頭の中をずっと卑猥な単語が飛び交っていて、悲鳴を上げてしまいたいくらいです」

 葵はただただ自身を抱き締めているが、他の二人と変わらない様子だった。


「今日はゆっくり休んで、明日に備えよう。明日、なにをするのかは分からないけど」

 みんなに呼び掛けつつ、雅は閉められていた窓を開ける。


『これより、『下層部』より通達を行います』


「え……?」

 雅は幻聴でも聞こえたのではないだろうかと思い、振り返って後ろで突っ伏している三人の様子を見る。すると、三人も声が聞こえたらしく、そしてその声の主がどこに居るかも分からないようで周囲をキョロキョロと見回していた。


『二日後の正午より海竜の討伐を行います。これは『下層部』だけでなく『上層部』より下された決定であります。特級海魔、ドラゴニュートの祖と呼ばれる海竜を討つことを拒む方は誰一人と居ないことでしょう。全ての人に有益であり、そしてこれから先も続くであろう海魔との戦いに大きな楔を打つことになる、人類の輝かしい反撃の一手なのです。もしも、この討伐に異を唱えるような酔狂な方がいらっしゃるのなら』

 雅は表情を強張らせながら続きを待つ。

『明後日よりも早く、『下層部』を訪れてください。反撃の狼煙を、人類の大きな足掛かりを否定しようとする不遜な連中は、そこで纏めて始末させてもらいます』

 声は聞こえなくなった。そして、雅はこの声の主を知っている。鳴の声で間違いない。彼女の力によって声が音として、ここまで響いたのだ。


「今のが聞こえたのは一部の人間だけのはずです」

 葵が口を開く。

「都市全域に、それほど強い力を放出すれば、脱力感と疲労感に見舞われて、意識だって失いかねません。音の迷宮は都市への侵入を拒む厄介な代物でしたが、それでも見えず、触れられず、迷路のように小規模にしていたからこそ成り立っていたものです。だから、今のはこのホテルを狙って、一点集中させて、こちらにあたしたちが居ることを前提として、発声されたもののはずです」

 そんな話はどうだって良い。そんな思いで、雅は早足でオープンスペースをあとにしようとする。それを楓が回り込み、遮った。


「止めないで」


「いいえ、止めます。『今日はゆっくり休んで』と言ったのは雅さんの方です。こんな夜に、真っ先に『下層部』に飛び込んだら、それこそ飛んで火に入るなんとやらです」


「行かなきゃならないの」


「雅」

 呼ばれたので誠の方へと顔を向ける。その隙に、楓が雅の首元に手刀を落とす。

「こうでもしないと、君は今日、休んでくれない。けど……猶予はもう無いのか。まだ二日しか経っていないってのに」

 雅は怒りと憎しみの視線を誠に向けながら、混濁する意識に身を委ねることとなった。

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