【-先手-】
三人が集合場所に到着した頃には、レイクハンターの協力討伐に参加する人たちはほとんど集まっていた。集合時間五分前だが、前日の査定所で通達された人数に雅たちを含めて勘定すると、どうやらこれで全員らしい。
計十二人。査定所曰く「一等級海魔討伐の協力人数としては少ない方」らしいが、少なければ少ないほど一人当たりの報酬の分配量は増えるので、その点については大きなメリットになる。しかし、人数が少ない分、デメリットとして討伐が困難になる。そして生存率が下がる。
「……はい、どうやらこれで全員のようですね」
雅と葵の討伐者証明書を確認した男性はチラリとリィの方を眺めたが、その後、気にせずに離れた。査定所側にディルが話を通していると考えるべきか。けれど、こんな小さな子を連れて行くことに許可を出すなんて、あの男は一体どんな手を使ったのだろう。
「姫崎 岬と申します。今回の討伐隊長を務めます。今回の討伐参加人数は十二人。また、上手く使い手がバラけていますので、五人一グループの二グループで行動します。木火土金水の五人に二人の異端者が一人ずつグループに入ります。火は火と、水は水と組んだ方が良いと仰るかも知れませんが、相剋の関係にある人が一人でも殺されてしまっていた場合を踏まえ、互いの力関係を上手く制御する“五行”五人一グループが適しています。たとえば、私は『水使い』ですので、もう一人の『水使い』とは組むことができません。それを把握して、グループを作ってください」
ディルはリィを異端者として通している。そしてあの背の高く、素朴な顔の男性はグループ分けでは異端者同士もバラけるように指示を出した。よって、雅とリィは必ず組むことができない。『水使い』の葵と雅がグループに入ると、リィを一人にしてしまうことになる。
「どうします?」
「誰も知らない人と組むのは嫌だけど、リィを一人にするわけには行かないよ。私が別のグループに入るから、葵がリィと一緒に組んで」
「……分かりました」
異端者二人までグループ分けされるとは考えていなかったが、雅とリィが組めない以上は葵に彼女を任せるしかない。姫崎 岬という男性が説明している時点で、自分が別グループと組むと決めていたので、ショックはそれほど大きくない。
「よろしくお願いします」
雅はボチボチと作られ、形になっていたグループの一つに近寄り、頭を下げた。
「異端者でソロの『風使い』、雪雛 雅です。できるのは空気圧の変化や圧縮、それに伴う反発による防御、一点突破を可能にする投擲物の加速、です。よろしくお願いします」
「やぁ、歓迎するよ。五行に属さない摂理に属する使い手と組むなんて初めてだからね。互いに互いの力が反発しないよう気を遣って行こう。私はさっきも言ったけれど『水使い』だ。査定所で働いても良かったんだけど、海魔による生態系の変化を許せなくてね。こう見えて、討伐者になる前は海洋学を学んでいたんだ。言っても、腐った海に潜ることなんてできないから、潜れた頃の資料を参考に学んでいただけだけれど」
姫崎 岬は素早く雅をグループに迎え入れた。異端者である彼女が他の討伐者と馴染めるように配慮してくれたのだろう。しかし、出会ってすぐに握手されたことには気後れした。素朴な顔をしているが、実は女性の扱いに慣れた人なのかも知れない。それだけで雅は心の壁を張り、絶対に踏み込ませない距離を目測で勝手に決めた。数週間前に男に乱暴され掛かったこともあって、こういった男の搦め手にも引っ掛かりたくはない。だからこそ、強引に姫崎 岬が雅に肉体的接触を求めて来られないように線を引いておく。それは彼に限らず、残り四人の男に対しても同様の線引きを行った。チラッと葵とリィのグループを眺めたが、あちらも上手く馴染めたようだ。ただ、リィについては葵がなにかしらの説明をしている様が見受けられた。
「上手くグループ分けができたようですね」
姫崎が確認を取るように声を発する。
「それでは、私たちを第一班とし、もう一方を第二班とします。まず第一班が索敵のため前進します。第二班は私たち第一班から少し距離を置いて、後方に注意しつつ前進してください。レイクハンターの討伐は勿論ですが、また別の海魔と遭遇した場合も速やかに排除します。その際に発生する報酬や水の配当は、十二等分となりますが、人に仇名す海魔を見逃すわけには参りませんので、各自、ご納得していただければと思います。それでは、第一班の私たちはそろそろ、湖に向かいましょう」
第一班の面々が歩き出し、雅が振り返って葵とリィに小さく手を振る。二人が手を振ったところを見て、気持ちを引き締めたのち五人を追い掛け、追い付く。
姫崎さんは「他の海魔と遭遇した場合」と言っていたけれど……。
雅はその可能性について、ディルの言い分を優先すると、ほぼ無いのではと思う。何者かの手によって、海魔のテリトリー、移動経路、活動時間の調整がなされているのなら、レイクハンターを討伐するまでのこの道程に海魔が現れるとは考え難い。湖へ続く山道はここだけだ。嫌な話、人が通ってそれをレイクハンターが捕食する。その捕食までの道のりに、別の海魔のテリトリーを置いていたら、レイクハンターは恐らくこの山道をテリトリーとしている海魔と争う形に発展する。この日まで二週間近くあったが、査定所でもそんな話は一度として出たことはなく、またディルもそのような話を出しはしなかった。よって、別の海魔の出現は限りなく低いはずだ。
本当に、ディルの言っていることが正しかったらだけど。
あの男の話がほとんどデタラメで雅を混乱させたり不安させるための新たな話術の一つなら、なにもかも手の平の上で踊らされていたことになる。なら、ディルは今頃、笑い転げているだろうか。そんな姿はあり得ない。
即座に雅が疑いに否定を入れられるのには、あの男の趣味嗜好ではなく海魔に対する異様なまでの執着心を知っているからだ。ディルは「人殺しにはなりたくねぇ」と言っていた。「海魔を殺したくてたまらない」と狂ったように吐き捨てた。だから、雅を騙す理由が無い。
雅を騙して不安にさせ、そのせいで死ぬことになれば間接的にディルが殺したようなものであり、海魔が生き残ってしまえば、やはりディルの意に反することになる。
「おかしいですね、ここ最近は海魔の動きが活発だったと思うのですが、別の海魔を発見することもないなんて」
姫崎は山道の異様さに言葉を零す。
やはり、この山道はレイクハンターのテリトリーだ。雅はそう確信し、討伐しに行くのではなくレイクハンターを手助けする何者かに誘き寄せられているのではという疑念すら抱く。それは疑心暗鬼でもなんでもなく、人間に備わっているリスクへの対処である。最悪の事態を想定し、想像し、妄想し、それに対してどのような対処が相応しいかどうか。どのような手が悪手であるのか。深く深く考え抜いて、現実においてその場に直面したとき真っ先に思った通りに体を動かすのだ。
ディルとの戦闘訓練ではひたすらこれをやらされた。右足を軸にしている、右足に重心を置きすぎている。そう言われてから、どうすれば重心の操作がより素早く完了するのか。どうすれば足を狙われずに済むのか。考え、実行し、失敗し、時に成功し、そんな試行錯誤の繰り返しだった。おかげで短剣の扱いは未だ素人然としているが、対処のために力を使うことが増えたため、短剣術よりも体術と『風使い』としての技術の方が上達したと思える。それこそがあの男の狙いだったのなら、これはこれで納得できてしまうのが不思議である。確かに雅は使い手として未熟だから、その扱い方を教えてくれと頼み込んだのだが、まさか本当に、その頼みを聞き入れてくれたのだろうか。
「……口さえ悪くなかったらなぁ」
誰にも聞こえないほどの声量で呟く。顔の一部はケロイド状で、片目は義眼でとても見るに耐えない醜い容姿。男女を問わずに向ける罵詈雑言。相手を痛め付けること、そして相手が苦しんでいる様を見て嬉々とした表情を浮かべる特殊な性癖。生きることにガメついクセに、どうして生きているかも分かっていない狂いっぷりに踏まえ、海魔を笑いながら殺す様はまさにイカれた男と呼ばれるに相応しい。
なのにどうしてか、姫崎たち他の使い手と居るよりも、あの男と一緒の方が落ち着くのだ。海魔に襲われた際にほぼ確実に助かるからという理由を通り越して、なにやら表現し難い安堵感がある。ただ、好意とは違うと明言できる。だから、良くも悪くも雅はディルを慕ってしまっているらしい。信頼関係などお互いに無く、また希薄に等しい感情のやり取りの中でも、そういった感情は生まれるものなのだなと雅は自分のことでありながら、感心していた。
「この先が、レイクハンターが出没する湖です。気を付けてください」
姫崎の指示で、雅は現実に引き戻される。辺りを見回しても、やはり海魔特有の腐臭が鼻に衝かない。レイクハンターのお零れを狙うような低級な海魔が現れても不思議ではないはずなのにだ。
「あの」
先頭に立つ姫崎に雅は声を掛ける。
「なんでしょう?」
「皆さんはレイクハンターの生態についてはどれほど知っていらっしゃるんですか?」
ディルのように熟知していなくとも、なにかしら知識は持っていなければ話にならない。だからこそ、ここで情報の共有を雅は求めたのだ。
「自分は擬態するとしか、面目ない」
「俺も似たようなものだ」
「あまりそういった情報は等級の高い海魔になると回って来ないからな」
「協力戦の資料にも、擬態について詳しく載っていたな」
姫崎を除く四人が、知識の無さを詳らかに語り出した。
生態を知らない。周囲の景色に溶け込むことしか知らない。これでは雅がフィッシャーマンに遮二無二突貫し、返り討ちに遭い掛けたときと同じことが起こるかも知れないではないか。
「姫崎さんは?」
「……私も、カメレオンのように擬態するとしか。けれど、それほど脅威ではないでしょう。十二人で対応すればきっと討つことができます」
雅の中で泥舟に乗せられた気持ちが渦巻く。
遅くはない。ここで作戦会議をして、まず自分が持っているディルから聞いたレイクハンターの生態を話すべきだ。
けれど、周囲の男はみんな、雅よりも年上だ。そして討伐者としての年季も違う。彼らからしてみれば小娘に過ぎない雅の言葉を、どこまで信じるだろうか。
こんな能天気な顔をしている男たちが討伐者だなんて!
決して、比較しているわけではないのだが、あの男以外に腕の立つ討伐者の姿を知らないため、どうしてもディルを引き合いに出してしまう。
生態に詳しく、少し見た資料のことも頭にすぐさま取り込み、咄嗟の判断で傷付くだろうと思った攻撃に対して防御のために力を使う。
あれほどの熟練者など求めていない。けれど、平均的な――雅よりも知識も戦闘経験も豊富な討伐者でなければ、信頼することができない。
心臓の鼓動が速くなる。このままでは駄目だと危険信号を本能が示す。けれど、このヌメッとした感覚を表現すれば良いのか分からない。強いて表現するならば、底無し沼。ただし、足がもう着いてしまっている状態に感じる、いずれ至る死への恐怖、だろうか。
「あの! もう少し考えて進んだ方が良いと思うんですけど!」
のっぴきならない状況に追い込まれている。生態のことを話す前に、少しでも戦闘に至るまでの時間を延ばそうと努める。
「大丈夫大丈夫。お兄さんたちに任せて、君は遠くからの援護だけでも構わないんだから」
男の一人に諌められる。まるで「五行に属さないから話なんてする必要もない」と言われているような疎外感だった。摂理に属する雅の力を、恐らくこの場に居る誰も信じてくれていない。第二班の葵やリィが居てくれたなら、このような嫌な気持ちを抱くこともなかった。だがそれも過ぎた話で、実現不可能な妄想だ。そんな妄想はすぐに取り払わなければならない。
「だから、進むのはもっと身を隠しやすい場所とかの方が!」
「大きな声を出したら、レイクハンターに気付かれる。静かにしろ」
また別の男に諌められてしまう。
自分の身は自分の身で守れ。それは雅が異端者でありながら討伐者になり、孤独に耐えながら等級の低い海魔と戦って来たときからずっと胸に抱いていたものだ。けれど、これは一人ではなく、複数人での討伐のはずだ。これでは仲間外れだ。そして、雅を除く五人もきっと誰も互いに信じていない。あの素朴な青年である姫崎も、裏ではなにを考えているか分かったものではない。
配分は十二等分と言っていた。けれど、この様子だと致命傷を与えた者は分け前を多く寄越すように要求して来るに違いない。誰だって報酬の水もお金も欲しいのだ。欲に塗れている。
「だから、ディルは嫌だったんだ」
この協力戦自体を毛嫌いしていた。命を海魔ごと狙われたこともそうだが、きっと何度も配分でいざこざを起こしている。そうして得るものは少量の水とお金、それ以上の嫌な気持ちだけだ。ディルのような熟練者が嫌う以上、協力戦の概念そのものが、このような欲に塗れたシステムとして確立していることになる。
だから全体の知識や能力が低いのだ。このような、レイクハンターについての生態も碌に知らない討伐者が参加する。熟練者が協力戦に参加するときはきっと、信頼できる熟練者が参加しているのが分かっているときだけだ。
「あの、」
湖が見えた直後、雅が再度、進み方に提案を出そうとしたときだ。
前を歩いていた男のこめかみをなにかが貫き、大量の血を噴き出して崩れ落ちた。




