【-改めて自己紹介-】
「テメェたちにはなにがなんでも協力してもらわなきゃならない。海竜を救い出したいならなぁ。そして、餓鬼。テメェもそれは同じだ。三人と協力して、海竜を救い出せ。でなけりゃ、今日から朝昼晩問わずの訓練を再開する」
そんな馬鹿な、と言いながらチキンが項垂れた。
「ねぇ、“人形もどき”。君は疾風迅雷、電光石火。そうなるように僕は君を育てたけれど、なにも一人っ切りでなんでもこなせるようになれと育てたわけじゃない。ディルの子と一度、協力をしていたはずなんだから、君は一番槍であっても、無茶苦茶な突撃をするべきじゃぁ、無かった。君の反省点はそこだ。まぁ、これは別に難しい問題にはならない。僕らがこれから言うべきことの方が、ディルの子にはたまらなく辛いことだろうからね」
「私が三人を纏めろってことですか? 私だけが葵さんとも楓ちゃんとも、チキンとすら数日以上、一緒に行動をしていて性格や討伐者としての力量を知っていますから」
「その通り。私もアガルマトフィリアも飲んだくれも、その点に関しては異論が無い。関わってしまったのが運の尽き。コミュニケーションが苦手なあなたも遂に両の手を上げて降参すること。私たちは、あなたに三人を纏めるだけの才能があると見ているわけ。やりなさい、クソロリ。凸凹で凹凸だらけの繋がりを平らにできなきゃ、あのクソ男に笑われるわよ」
雅は緊張感で唾をゴクリと飲み、続いて三人を観察する。
葵とは戦艦での一件があって、まだ上手く話せていない。楓の溌剌さ、快活さには滅入ることもある。そして、チキンは未だ非協力的である。
こんな、共通点の無い三人を、更に業突く張りで独りよがりで、コミュニケーションが下手な自分が纏められるのだろうか。不安がお腹の底から上がって、吐き気に変わる。辛い、逃げ出したい。
だが、リコリスの言った「クソ男に笑われるわよ」という一言が、辛うじて雅を繋ぎ止める。
「ねぇ、チキン」
「だからその呼び方は、」
「これからは名前で呼ぶから、協力してくれない? というか、協力してください」
誠がゾッとしたのか、一気に後退した。
「なんだい、突然。さっき頭でもぶつけたのかい?」
「違う。チキ――じゃなかった、誠。あなたは葵さんよりも楓ちゃんよりも、そして私よりも強い。だから、誠に協力してもらえれば心強い」
「本心じゃないだろ、それ。嘘つきが言うような台詞を言うなよ」
「だったら、文句を言わずに手伝え、誠」
チキンと言いそうになったが、雅はそれを堪えて、ちゃんと彼の名前を口にする。
「僕の名前を呼ぶのがどれだけ苦痛なんだよ。分かったよ、分かりました。その嫌で嫌で仕方ないけど、協力してもらうには仕方が無いんだと自分に言い聞かせている、まさに嫌々頼み込んでいるんだと分かる君の顔に免じて、協力するよ。君のことだから一日と言わず、毎日の如く協力を求めて来そうだからね。こういうのは早めに終わらせておくのが吉なんだ」
ようやく小野上 誠は降参し、協力することに賛成の意を示す。
「楓ちゃんも、誠と協力するように。お互いにどう呼び合っても構わないけど、私が分からないような呼び合い方はやめて」
「く……雅さんのお願いですし、私の攻撃、通用しなかったですし、一回は言うことを利くって言っちゃいましたし……分かり、ました」
悔しそうに誠を睨みつつ、楓は肯いた。
「葵さん」
「ひゃいっ!」
「葵さんは、ひょっとすると私に謝りたいと、考えているのかも知れませんけど、一先ず、措いてください。みんなと協力することを、第一にしてほしいんです」
「わ、分かりました」
「意外と適任なんじゃーん?」とリコリスのからかう声に、雅は大きな溜め息をつき、そして大きく肩を落として返事とした。
その後、場所を雅が宿泊しているホテルのバイキング形式のレストランに移し、リコリスやケッパー、ナスタチウムが料理を皿に盛っては獣のようにがっつく様に唖然としつつ、雅たちは四人席で食事を摂ることとなった。
雅の対面には葵が座り、そして隣には楓が座る。そして楓の正面には誠が腰を降ろした。この場合、楓と誠が犬猿の仲の如く、互いに牽制し合うのだが、「隣に座るくらいなら正面に座る方がマシ」と楓が言うので、こういう形となった。雅が誠の正面に座ろうとも提案したのだが、それを葵が「久し振りに雅さんの顔をよく見られる場所で座りたいんですけど」と譲らなかったので、こうなった。
鳴と食べていたときより、息が苦しい。
人数が増えたこともあるが、なにより雅を中心に出来上がった関係性であるため、雅以外を他の三人が全くもって受け入れる姿勢を見せていないのが原因である。
「自己紹介から、始めるのはどうでしょう?」
葵が、なにも言えずに困り果てている雅に助け船を出す。沈黙が包み込む中で食事を摂るのが耐えられなかったのもあるだろう。
「良い案だ。苗字と名前、それと変質の力さえ教えてくれれば、協力するのは難しくないはずだろうし」
そもそも「協力」の考え方が誠はズレている。それもこれも、まともな戦いに身を投じたのがドラゴニュートとの手合わせと、選定の街からの撤退戦だけなのだから、仕方が無い。
「相手の性格を考慮した上で、更に先を読んで打って出るだけじゃなく、場合によってはサポートにも移る。ただ自分だけが強いから、自分以外がサポートしてくれは通らないからね、誠」
雅が釘を刺すと、誠は不服そうに視線を外す。
「ええと、僭越ながら、提案したあたしから自己紹介をすることにします」
葵は構わず、雰囲気の悪くなった空気の中で言葉を続ける。
「あたしは白銀 葵と言います。リコリスさんと一緒に旅をしていましたけど、以前は雅さんと、ディルさんの元で戦闘訓練を受けていました。当初は査定所の『水使い』として働いていました。そこからの指示で、“異端者”の雅さんを監視する任を負ったこともあったんですが、今は完全にフリーです。指先に空気中の水分を収束させることで水圧の爪を作り出したり、それらを重ねることで盾にして攻撃を防ぐこともできます。あと、『氷使い』でもあります。小さな呼吸――意識を高めて、息を零したときに冷気を発して、触れた物を凍結させられます。産まれはなんの変哲も無い町。ですが、その町は海魔に襲われて、廃墟になりました。私は運良く助かっただけです。だから両親も、海魔に襲われて、亡くなったと思います」
以上です、と言って葵は椅子に座った。
「反時計回りで、次は誠」
「……はぁ。まぁ君のことはここに居る誰もが把握していることだから、そっちの方が都合は良さそうだ」
ふてぶてしく誠は席を立つ。
「小野上 誠。産まれたときは裕福な討伐者の家柄を背負っていたけれど、両親の死後、あっと言う間に財産の全てを喰い潰され、捨てられた。乞食の果てでナスタチウムに拾われた。五行に属さない“異端者”で、『光使い』。太陽の光を束ねた剣は斬撃に特化し、盾は斬撃を受け付けない。月の光を束ねた剣は打撃に特化し、盾は打撃を受け付けない。あとは、それらを鎧のように纏うこともできる。鎧と言っても、騎士のように重い甲冑を身に付けるわけじゃないから、見た目では判別しにくい。あとは、ドラゴニュートの眼をわけあって継いだ。だから、君たちには見えないものが見えたりもする。竜の加護、とかね。以上」
誠は席に着き、料理にまた箸を伸ばした。
「榎木 楓と言います。『金使い』と『雷使い』のデュオです。ですが、『金使い』としても、『雷使い』としてもまだまだ未熟で、物体を金属や鉱物に変えるようなことはできません。できるのは、この金属の短剣限定での再変質。それをケッパーから教わりました。『雷』に関してですが、こっちもこの短剣に纏わせることぐらいしかできません。ただ、人を気絶させるぐらいの電撃を浴びせることはできます。海魔も大抵は気絶します。最近は、切っ先から一点に向かって矢でなくとも近距離であれば撃ち出すくらいまではできるようになりました。産まれは……両親を知らない孤児、です。荒んで強盗をするようになって、ある時、ケッパーに返り討ちに遭って……そのとき、もっと強くなりたいと思って、あの人に師事するようになりました」




