【-誠との手合わせ-】
「正直、君が一番面倒なんだ。打撃なのか、剣戟なのか、って点でね」
誠は陽光と月光を使い分ける。武器にするだけでなく、それを放出して盾に、更には鎧を纏うことができるためだ。視認できない斬撃と打撃に強い陽光と月光の鎧。恐らく、氷の矢は貫くという穿つ力と打撃の力の両方を備えていたが、誠は陽光と月光を両方重ねることで、その問題をクリアしたのだ。まさに鉄壁の盾、そして鉄壁の鎧だ。
なにより、誠を強くしているのはその力に甘んじない点にある。左右からの攻撃を勘ではあれ、盾か剣で対処するようにし、後方などの死角からの攻撃だけは鎧に頼る。そして葵が放った氷の矢の雨は、盾で対処し切れないと決めて、鎧に任せた。
鎧に頼るのは、自身が作り出した剣や盾で対処し切れないとき。ただそのときだけと、恐らく決めている。予め体には纏わせているが、それに頼って防御を疎かには決してしないのだ。そこに隙があったなら、雅も徹底的にその隙を突いて行きたいところだが、実現は叶わない。
要するに、この隙があるようで無い誠に真正面から飛び込むのは間違っているのだ。それこそ雅が得意とする小細工の応酬こそが、有効になる。葵の氷の矢も、意外性はあったが、小細工ではなく攻撃を基点としたものになっていたのが致命的だったのだろう。
呼吸を整え、軽く跳ねつつ、雅は誠に向かって走り出す。視線の動きを見る。素早く体を動かしても、楓の攻撃にしっかりと盾の方向を合わせて来ていた。つまり、誠には雅の動きが見えている。
ここで踏み込む!
雅は自分に言い聞かせながら、地面擦れ擦れの空気を踏み締める。前傾姿勢になり、足から伝わる風圧によって体が誠目掛けて急加速する。
その速度を載せて、雅はまず右手に握る白の短剣を繰り出す。
「いつの間に空気を変質させていたんだか」
剣戟は月光の剣で受け止められた。
「ちょっと、二人がチキンの力量を確かめている間に、ね」
急加速したってのに、見えているってわけ?
腹立たしい。やはり腹立たしい。こんなに討伐者としての能力が高いというのに、ずっと自分自身の殻に閉じこもっていた昔を持つ、誠にただただ腹が立つ。
速度は止められた。しかし第二撃を放たずにはいられない。逆手に握る右の黒の短剣を鋭く放つ。これは誠の持つ左手の陽光の盾に止められる。
「業突く張りは抜け目ないらしいけど」
「業突く張りで悪かったわね」
「さっさと諦めてくれると助かるんだけど」
「諦めるわけないでしょうが」
しばらく力と力の押し合いになってしまったが、筋肉量が男と女では大きく異なるため、パワーバランスでは押されてしまう。切り払いながら後退するが、誠はその距離を埋めようとしている。
この恐怖は、客船型戦艦のときに味わっている。
今度は全力で行く。
雅は誠との間にある空間を強く睨む。空気が風を纏い、そこに彼が歩くことで触れ、本来進むべく方向とは逆側へと吹き飛んだ。
「こ、のっ!」
吹き飛び、壁に激突しそうになった誠が月光の剣を地面に刺しつつ、勢いを殺し切る。
隙は逃さない。雅はすぐさま駆け寄り、月光の剣を引き抜こうとしている誠に、先ほどよりも弱いが、疾走の勢いを込めた剣戟を放つ。
寸前、月光の剣が煌めき、柄頭から光が伸びて、雅の剣戟を防ぐ。
「あいにく、剣に限らないんだよ。僕の光は」
「ほんっと、ムカつく」
楓のような再変質を行わずに済み、その上、素早い。手元に収束させた光は伸縮が自在なのだ。物体に干渉せず、自然の摂理に属する『光』に干渉するからこその自在性は、自身が武器の生成すら上手く行かない現状において、羨ましいことこの上ない。
誠が月光の剣を引き抜きながら雅の短剣を弾く。
隙を見せれば、そこを一気に狙われる。
月光の剣は打撃に特化したものだが、そんな鋭さが剣戟の合間に見え隠れする。どれもこれも黒白の短剣で受け流すも、限界が近付いて来る。これは技術力の問題ではなく、誠がタフ過ぎるのだ。剣の重みが無いのも大きいのだろうが、ナスタチウムの暴力という名の訓練を昼夜を問わず受けていた彼にとって、この程度の連撃では息も切らさない。この剣戟の隙間を縫うように反撃の一手に出たところで、疲弊もしていない誠には切っ先すら届かない。
「今、纏っているのは陽光と月光、どっちなのかしら」
しかし、雅は頬を伝う汗と、そして焦りに負けじと強気の言葉を発する。
「当ててみたら?」
「そうさせてもらおうかしら」
下がった雅を追うようにして、誠が地面を踏み締め――地面擦れ擦れにある空気を踏む。途端、彼の体は風圧によって上空へと吹き飛んだ。
雅はすぐさま右手で基点を指差し、変質のポイントを二つほど作ると、白の短剣を迷わず投擲する。白の短剣は、角度と速度、そして切っ先すらも調整されて、中空で誠に向かって射出される。
この攻撃は刺突に該当する。誠の陽光と月光の性質が、斬撃と打撃に完全に分かれている以上、どちらかだけを纏っていれば、打撃にも斬撃にも該当する刺突は防げない。それが弱点だ。
弱点だからこそ、補い方も誠は知っている。
雅は「防がれるだろう」と思いながら、白の短剣の行く先を見届ける。誠が体勢を整えている間にもうその切っ先は眼前まで到達している。
金属と金属がぶつかり合うような音がして、白の短剣が弾かれた。
「陽光と月光、両方を纏っているってわけね」
現状、誠には刺突の対処がそれしかない。陽光と月光の鎧。或いは盾。これを前にしては、なにもかもが妨げられる。自然的に存在する『光』の概念を軽く超越している。それでも『光』は、こういった性質なのだ、と納得するしかない。雅の『風』、葵の『氷』、楓の『雷』であったって、自然の概念を超越している面は否めないのだから。
弾かれた白の短剣を素早く回収し、二つ目の変質させた空気へとそれを投擲する。
「二番煎じみたいな手を使うんだね」
着地した誠が月光の剣で攻勢に出た。この手合わせを面倒臭いと言っていたのだから、そろそろ終わりにしたくてたまらないのだろう。そういった面は、選定の街で十分に理解している。
葵の『慈善』のような博愛主義的な考え方も、楓の快活過ぎて付いて行けない溌剌さと突飛さも、誠の面倒臭がりで斜に構えた極端さも、全て雅は知っている。
この場では、雅だけが知っている。
ああ、そういうこと。
雅はこれを、協力関係を築かせるための手合わせなのだと思っていたが、それだけじゃない。
月光の剣を黒の短剣で受け流しながら、あの三人の真意に至る。
「今はどっちを纏っているのかな?」
「答える義務は無いだろ」
「いや、でも、二つの光を常に纏い続けるなんて、そんな疲れる変質をチキンはしないだろうなと思って、ね」
雅は月光の剣を弾く。
「ただ、チキンのことだから刺さることだけは避けたいだろうなと思って、だとすればきっと、纏っているのは、陽光の鎧でしょう?」
弾かれてたたらを踏んだ誠の頭上から白の短剣が落ちて来る。ただ落ちて来るのではなく、角度と速度を調節されて射出されたものだ。雅が早めに投げ、いつもの加速や角度調整に停滞を加えた、時間差の攻撃に、彼は驚きの色に表情を染め上げながら、全力でそれを回避するべく左に転がった。
転がった方向に雅はもう回り込んでいる。左に避けやすいように予め、白の短剣が射出される角度を調節していたからだ。
雅は黒の短剣を順手に持ち替え、起き上がろうとする誠の首元に力強く振り下ろす。
「っ……そういう、力技は、ちょっと、予想外、だったなぁ」
切っ先は届いていない。マウントポジションを取れてはいるが、雅の腕を誠がガッチリと掴んでいる。そしてその握力と腕力によって、黒の短剣は勢いを殺されて、止められてしまった。
「ここで、僕が君目掛けて光の剣を伸ばしたら、どうなると思う?」
「両手で私の腕を止めているのに、そんなこと、できないでしょうがっ!」
グギギギギッと互いに歯軋りをしつつ、均衡を崩そうと力の限り、押し、そして押し返す。
「そこまでー!」
リコリスの軽い声が響いて、雅と誠が力を抜く、それからすぐさま雅は彼の上から離れた。あまり長時間、異性の上に跨りたくはないものである。ただそれだけのことだったのだが、彼なりにその素早い動作がショックだったらしく、なにやらブツブツと呟いている。聞こえないので、雅は無視することにした。
「なんで終わりにしたんですか?」
「あのままだと、ずっと続きそうだったじゃーん? まぁどちらかの握力と腕力に限界が訪れたら、終わるわけだけどー。今回の手合わせは純粋な勝ち負けの見極めだけじゃなかったんだよねー」
リコリスはチラッと葵と楓を一瞥し、言葉を続ける。
「三対一で、なんの前情報も無く手合わせをしたら、葵とクソロリ、そしてそこの馬鹿ロリが協力するかどうかの確認を取りたかったんだけどー、案の定、一人で突っ込んじゃったねー。その空気を作ったのがそこの馬鹿ロリ。でも、そこから一対一の空気を確立させちゃったのは葵。最終的に全て背負うことになったクソロリが一番、しんどかったでしょうねー。あと、非協力的なショタも三連戦とか、やってらんなかったでしょー」
雅は白の短剣を拾い、黒の短剣共々、鞘に収めた。




