【-各々の強み-】
「えっと、皆さん……お久し振りです」
雅は三人に向かって頭を下げつつ、果たしてこんな台詞で三人が納得するかどうかも分からなかったが、取り敢えず再会の言葉を口に出しておいた。
「死んでないようでなによりだよー、クソロリ。死んでいたら葵がきっと後追い自殺でもしちゃっていただろうしさー」
「ディルの見込んだ子だから、ちょっとやそっとじゃへこたれないと思っていたけど、まさかここまで神経が図太くなっているとはね。よくもまぁ、一人でも旅を続けられたものだよ」
「はっ、次に会うときは死んでいるもんだと思っていたがなぁ」
ナスタチウムの台詞は、誠のものと照らし合わせると心からの言葉ではないことがすぐに窺い知れた。この人は、上手く感情を表に出せない不器用な人なのだ。他の二人のように本能剥き出しでの会話を控えるが、酔いが酷くなると言葉での表現が暴力での表現に発展する。顔色から判断するしかないが、今日はまだあまり飲んでいないと見える。
「雅さん、リィちゃんを助けに行くんですよね? あたしもお供させてください」
「私も行きます。あの子に救われた分の御恩をまだ返せていません。そして、雅さんへの分も」
むず痒い。ここまで葵にも楓にも慕われていると、コミュニケーションが下手くそな雅は、どういう顔をして良いものか、悩んでしまう。
「そういうの、ほんっとくだらないと思うんだよね。人徳の成せる業ってやつなんだろうけど、あいにく僕は、そういったカリスマを全否定する方の人間だから」
誠は変わらず、チキンらしいことを言う。斜に構えて、物事を遠目から見る態度はまだ直せていないらしい。けれど、少し前に比べれば瞳が抱く感情は、前向きなものに変化していることだけは分かる。
「もぉ、なんなんですかこのヘタレ! 私、この人と協力とか絶対にしたくありませんから!」
ここまでの経緯は分からないが、どうやら楓と誠の間には大きな溝があるらしい。
「だけど、チキンは強いから……本気になればだけど」
「一言よけいなんだよ、君は」
「本気になれば強いんですか?」
楓は素に戻ったかのように甘い声も、喜びに満ちた色も消し去って、誠に向き直る。
「じゃぁ、私と雅さん、それに葵さん、でしたよね? この三人と同時に戦って、それでも勝つようだったら私も協力に善処するようにします」
とんでもない提案をしてくれたものだ。葵まで巻き込んでしまった。雅は恐る恐る葵の表情を確かめたが、どうやら彼女も楓ほどではないが、やる気になっているらしい。
「あたしのこれまでの努力を雅さんに見せる、良い機会ですね」
「お願いです、ナスタチウム。この素っ頓狂な提案をさっさと止めてください」
しかし、二人の意に反して誠にやる気は全く見られない。だからナスタチウムに提案の却下を求めた。
「テメェの強さを見せつけてやれば良いだけじゃねぇのか?」
「弱い男を連れて行く気は無いんだよねー。ナスタチウムの子がどれほどの才能の持ち主か、見極めるには丁度良いんじゃなーい?」
「人形もどき、君がしっかりと脳を焼かないように注意するなら、その提案を僕は受け入れるけど、できるかい?」
「できますよ。やります。やらせてください。涙目にして、土下座させて、その斜に構えた態度を改めさせてやります」
楓は力強く言い放ち、金属の短剣を取り出した。以前と変わらないなら、あの短剣は変幻自在に形を変える。葵もいつかの頃と変わらず、指貫きグローブを嵌めて、臨戦態勢に移っている。もうこの流れは止められそうにない。
雅も黒白の短剣を抜いて、構える。
そんな中、誠だけが納得が行かないと言った感じで、構えを取らない。
「僕にメリットが無いと思わない? この提案。なにか報酬が無けりゃ、やる気にもならない」
そう楓を煽る。
「はんっ! もしあなたが勝ったなら、私の裸を見せてやりますよ!」
「煩悩で僕は動かない。というか君、それを言ったら後悔するから別のに変えた方が良いよ」
誠が冷静に諭すものだから、楓もさすがに「そ、そうですか」とたじろぐ。啖呵を切り過ぎたと言ってから思っていたのだろう。
「だったら、ヘタレが勝ったら、私はヘタレの頼みを一つだけ聴き入れてあげますよ! 性的なこと以外!」
今度はしっかりと、保身の一言を付け足す。そうでもしなければ、また誠が楓を諭していたところだろう。この行き当たりばったりさは直っていないのかと、雅は軽く眩暈を覚えた。
「ふぅん、それならちょっとはメリットが生まれた、かな」
誠はやる気になったようで、右手に光を束ねて、剣を構えた。
「おい、餓鬼。陽光じゃなく月光だ」
「分かっていますよ。人を斬るなんて御免ですから」
くすんだ輝き。月光を束ねることで作られた、打撃に特化した剣である。その切っ先を顔の前で天に向け、そこから右下に降ろすことで剣礼を終える。手を抜かず、本気で臨む。だから剣礼を行ったのだ。手を抜いてわざと負けるような、馬鹿なことを誠は考えていないらしい。
「余裕綽々ですか。そうですか……だったら、すぐに後悔させてあげます!!」
楓がわけの分からないことを言いながら、突撃する。しかし、左右に足を運びつつ、更に跳躍も織り交ぜているため、もはやどの角度から攻撃するのか見当も付かない。
このまま行くと、楓ちゃんは軽業師や曲芸師じゃなくて、忍者になるのかな。
そんなことすら考えてしまうほどに身軽な動きで、完全に誠の真横を取り、彼もその速度に反応し切れていない。取ったとばかりに勝ち誇った顔をしつつ、楓が金属の短剣による刺突を繰り出す。
「右か左で悩むんだよね、後方は考慮してないって言うか、もうそこは力に任せる感じなんだけど、今回の勘は、上手い具合に働いたみたいだ」
左から攻めた楓の短剣は、誠の左手から放出された強く煌めく陽光の盾に防がれていた。
「なっ?!」
「大体さぁ、現実で前方に居る対象が突撃して来て、突然、後ろに回り込まれるようなことが起こることなんて、無いんだよ。どれだけ注意力散漫なんだよ、それ。そう思って、仕方が無いわけ。だから僕は、こうして戦いに向き合うことにしたときから、前方から攻めて来る相手に対しては、どれだけ速くても右か左から攻撃が来るだろうという推測だけ立てて、あとは勘に任せることにしているんだよ」
陽光の盾で楓を弾き飛ばして、尚も続ける。
「右手に、推し量れない力を持つ僕にはやっぱり君は、素直に左から来ると思ったよ」
残念そうに、単純な奴だとでも言いたげに、呟きながら楓ちゃんに向き直り、すぐさま誠は攻勢に転じる。動きにフェイントは入れずに純粋な真っ向勝負。前方に、プレッシャーを掛けながら突き進む。それは楓が感じたこともない圧力に違いない。速攻に対して、騎士の如き重量感を漂わせながら、誠は真正面から月光の剣を振るうのである。金属の短剣で受け流してはいるものの、それは彼女の戦法から大きく掛け離れた動きだ。もっと速度のある、突飛で予想外の動きを加え、変幻自在の武器による攻撃。それを思い出したかのように楓は誠から大きく距離を取り、汗を拭った。
「なんですかあれ、反則じゃないですか? なんか、別物なんですけど」
「どういった力を持っている方か分からないのに飛び込むのは、迂闊だと思いますが」
葵が釘を刺し、それから歩みながら向かって来る誠を視界に収める。
「今度はあたしの番です」
両手の水を滴らせ、それが圧縮と放出を繰り返すことで水圧によって固められた鋭利な爪と化す。それを両手の指先に計十本携えて、葵は前進を始める。
葵の戦い方は楓とは違う。これはリコリスが足の動かし方、踏み込み方などにとやかく言わなかったためだろう。だからか、彼女と別れる前の、ディルの教えから少ししか成長が見受けられない。
「葵が怖いのはここからだよー」
ケラケラとリコリスが嗤う。
水圧の爪を葵が誠に叩き付ける。
「水は熱で蒸発する。光を溜め込んだこの剣は、この盾は一応、熱を帯びているんだけど?」
叩き付けた途端に、水圧の爪は蒸発してしまう。誠の言う通り、光熱に対して水は無力だ。
「だ・か・らー、怖いのはそこからなんだよ」
リコリスが呟き、葵が僅かに身を引いた刹那に、蒸発した水が中空で収束し、複数の小さな水の塊を作り出す。そして彼女が溜め込んでいた息を吐くと、それらは全て先端を尖らせ、鋭利な氷の塊と化して誠の全身目掛けて降り注いだ。
「水は気体に、気体は水に。水は氷に、氷は水に。溶けようと蒸発しようと、構わない。『水使い』と『氷使い』の強みは、固体、液体、気体の三つ全てを掌握していることにあるのよ」
降り注ぐ氷は数え切れない。蒸発した水に関わらず、空気中に漂う水分すらも利用して、止め処なく、霰の如く、しかしそんな生半可な固体ではなく、貫くという意図が込められた氷の矢がひたすらに誠に叩き付けられる。
「これなら、どうですか?」
葵が氷の矢をひたすらに浴び続け、参っているであろう誠に声を掛ける。
「通らないな」
動向を眺めていたナスタチウムが呟いたあと、一秒も経たない内に誠が氷の矢の応酬を苦とも思わずに前進を開始する。葵が驚きで目を見開いたのと同時に、彼の体は大きく前方に傾ぐように、大きく歩幅を取って、彼女に近付くと、月光の剣を鋭く振るった。しかし、体には当てない。ただの威嚇である。
「だからさぁ、盾に限らないんだよ、僕の力は」
それだけ告げて、誠が後退する。葵がその場にへたり込み、楓が急いで彼女の元に駆け寄った。
「なんなんですか、その力。あり得ないんですけど。信じられないんですけど!」
誠は戦闘の経験が少ないのであるが、力そのものが強大であり、躊躇いがない。グレアムと戦った際も、頑なに自身の力を劣っていると決め付けていたが、それでもナスタチウムとの昼夜を問わない訓練の連続が、戦うという意思を持たせたことでこれほどまでの能力となって表れたとしか言いようがない。
「次、君で最後?」
雅に誠は面倒臭そうに言う。
「最後っていうか、あなたを捻じ伏せるには三人で協力して挑んだ方が良かったのかも知れないと思っているわよ」
「だって、そこの子が真っ先に向かって来るから、協力して打って出るのかと思ったら一対一のやり合いになっちゃったんじゃないか」
そう、そこが雅たちが直さなければならないところ、なのだろう。なにせリコリスは嗤い、ケッパーは溜め息をつき、ナスタチウムが豪快に笑っている。
どれだけ個人がそれなりの強さを持っていても、強大な者の前では太刀打ちできない。誠を強大な相手と捉えたくはないが、間違いなく、現在では楓や葵、雅以上の強さを持っている。
こういった相手と戦うのなら、協力が不可欠だ。だが、雅に限らず楓も、葵ですらも直情的で、この訓練が始まった直後から単独的な動きを取った。
私たちは、協力しなければならない。
そのことをひょっとすると、あの三人は伝えたかったのかも知れない。
しかし、それはそれとして、と雅は措いておく。
「誠が私と手合わせしてくれるなんて、こんな機会はもう二度と訪れないんじゃないかしら」
「ああ、きっと来ないよ。僕は戦いが嫌いだ。争いが嫌いだ。前向きに戦い続ける君たちよりよっぽど後ろ向きだ。なんでこんなことになったんだと、さっきからずっと思っているくらいだし」
「自分の力量を知る良い機会ってことになるから、ちょっと付き合ってもらうわ」
「なら、僕が勝ったらチキンって呼ぶなよ」
「私が勝ったら、玉無しって呼んでやる」
「……ああ、これ絶対に勝たなきゃ駄目なパターンだ」
さすがに挑発が過ぎたらしく、珍しく誠の頬が怒りに引き攣っている。雅もさすがに玉無しは言い過ぎたかな、と言ってから後悔する。このパターンは楓を見て学習したはずだ。なのに、言ってしまった。本質的に楓と似ているところがあると思うと、不安になってしまう。
勝っても玉無しとは呼ばないようにしよう。
公言してしまったことを撤回するのも忍ばれるが、チキンと玉無しでは、やはり誠も前者のチキンと呼ばれる方が良いに決まっているはずだ。




