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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-従順な少女と溺れた男-】
155/323

【-一応の集結-】


「……両手で変質。それと、目測で変質」

 呟きながら雅は都市の片隅で、変質の力を行使する。両の手で触れた空気は風を纏って滞留し、睨んだ場所には同じように風が渦を巻いている。石ころを拾って、一つ、二つ、三つと投げる。


 一つ目の変質した空気に触れた石ころは、そこで運動エネルギーを失って落ちる。二つ目の空気に触れた石ころは、角度を変えて地面を跳ねて行く。そして最後に投げた石ころが風の渦に触れると、強力な反発を起こし、雅に返って来る。それを抜いた白の短剣で弾き飛ばす。


「停止、角度の変化、反射。うん、使い分けはできてる。特に両手での変質は、良い感じだ。でも、停滞の方はエネルギーをゼロにするまでに時間が掛かり過ぎ」

 右で停滞させる風、左で角度を変えさせる風を作り出せていた。今までは両手で同質の変化しか与えられなかったが、チキンの陽光と月光を使い分け、そして組み合わせる力の使い方から、少しずつ自己流に感覚を掴みつつある。

「そして、こっちはまだまだ……」


 目測で変質させた風。これには反発の力を込めさせたのだが、その力は弱々しく、そして雅の目でも視認でき、弾き返せてしまった。


 雅は使い手の中でも視線集中型と接触型を合わせたいわゆる混合型である。手で触れた物体そのものを変えてしまうのが接触型。そして睨むように、一点に視線を集中させ、その地点を中心に変化を起こすのが視線集中型である。主に接触型は物体の変化に自由が利き、視線集中型は拡散的に力を放出させるのに向いているとされる。これはディルのメモ帳から書き写した自身のメモ帳に書かれていた。

 だが、『五行』ではなく『摂理』に属する“異端者”であり、空気に変化を及ぼすことのできる『風使い』の雅には、この型のイメージがまるでできていない。目に見えない空気にしか干渉できないことも相まって、とにかく両手で触れた空気、視線で変質させた空気。そのどれもが単純な反発、或いは角度の変化しかできていなかった。足場にするために変質させた空気も結局は受けたエネルギーの反発による跳躍である。つまり、応用が利かない。それはまさに雅の弱点で、打破したい今後の目標でもある。


 現状、手での変質はやりやすい。目には見えずとも直接触れるのだ。使い手なりの意識の伝達を行いやすい。だが、目測による変質は実に厄介である。

 雅は右手で持つ短剣を逆手で持つことで、変質させたいポイントの空気を指差すことができる。今までずっとそれで乗り越えて来たが、こればっかりに頼り続けるわけにも行かない。いつかは指差す暇も無いくらいの一瞬が訪れる。


 だから、視線だけで変質を行った。結果は、伝達させた力も弱々しく、そしてなにより基点が曖昧になっていて自身が想定していたポイントから二メートルも離れたところに変化が起こってしまった。これがレイクハンター時のような眼前数センチであったなら楽々と、易々とやってのけてみせるが、それは接触型でもできることで、混合型の強みにはならない。


 彼方に変質を――遠方に変質を行い、海魔の度肝を抜く。それこそが視線集中型の奇襲戦法になる、と雅は思う。追い詰めていたはずが追い詰められていた。そのように海魔を誘い込むことができたなら、戦法や戦略に広がりが出る。単純な反射、土台、角度の切り替え、加速に加えて、真空波も協力して海魔を討伐する際、仲間を傷付けずに済むようになる。特に、真空波はトラウマの権化だ。そのトラウマを乗り越えて、使えるときに使えるようになったというのに、また誰かを傷付ければ今度は、『風使い』としての全てを封印するような自己嫌悪と自戒に陥り、なにもできなくなってしまうかも知れない。


 そういったことが無いように、もっと自分の扱う力の本質を見なければならない。研究に研究を重ねる。ディルだって、ちゃんと研究していなかったことにきっと呆れていたはずだ。


 雅はグッと両手に力を込めて拳を作る。

 変質については、休憩を入れる。次の課題は、打撃格闘術だ。足運び――接近に関しては、様になって来た、と自己評価している。そこから短剣での剣戟にはまだ甘いところがあるのも事実ではあるが、ナスタチウムの拳を一時ではあれ受け流す余裕はあった。

 だが、短剣を弾かれたならどうするか。そんな滅多なことは起こらないだろうが、両手ともに武器を失うような事態に陥った場合の対処も考えていて損ではない。

 客船型戦艦では掌底と蹴りを拙いながらも繰り出して、それで相手を昏倒させることができた。しかし、鳴のような洗練された動きではなかった。


 殴打、蹴り、掌底、マウントポジション。そのどれにおいても隙が無く、処理する順番をしっかりと見極め、そして繰り出していた。対人において、最も人を殺さない方法は斬撃ではなく打撃になる。無論、殺す気で殴れば殺せるが、加減さえすれば、相手の状態さえ推し量れば気絶で済ませることができる。

 短剣を鞘に収めて、雅は軽く拳を正面に繰り出す。続いて右足を軸にした、回転しながらの蹴りも試す。だが、軸がブレて、そのままフラついて尻餅をついてしまった。


「蹴りは、体幹が良くないと隙を作るだけなんだよね……」


 ディルの流れるような蹴り技の数々は、どれもこれも驚くほどのバランス感覚で、蹴っている中途に襲撃があっても、すぐさま別の攻撃に転じることができるほどの強みを持っていた。残念ながら、雅にはそんな体幹は無い。

 自分の得手不得手は見極めて、得手を伸ばして不得手を無くす。蹴りが不得手なら、それを悟られないように得手を伸ばしてしまえば良い。或いは、形だけでもまともにする。

「うーん、そりゃ掌底ぐらいは咄嗟に出せるけど……殴打は、気持ちが入っちゃうよ」

 当たったら痛いだろうなと。掌底と殴打。違うのは手の形だが、掌と拳では、やはり拳の方が痛いんじゃないかと考えてしまう。そうやって、相手の気持ちに立ってしまえば拳に十分な力が入らない。


 いやいや、私のはアレでしょ。ただの『偽善』でしょ。そんな相手の気持ちに立つような感情なんて持ち合わせていないはずなんだ。


 だからもっと、力を込められる。そのはずなのに、どうしても拳はイメージが悪い。やはり掌底中心の立ち回りが自身には合っているのではないだろうか。

 身のこなしを軽やかに、踏み込みを強く、そして繰り出す掌底は真正面に。そこから連続の打撃。自己流で、拙い。これを試してみたのが今日初めてというのも運が悪い。『下層部』の施設には使い手に限らず討伐者、そして一般人も居るはずだ。それに対処できる唯一の手法を、このときまで高めていなかったのは痛手である。

「反射、変質、停滞……あとは、付与と生成」

 打撃、殴打についての考察をここで投げ、やめていた力の研究を再開する。

 楓が金属の短剣に電撃を纏わせていたように、チキンが光を媒介として剣を生み出していたのように、雅もまたそれを習得することはできるはずである。

「そのやり方を教えてもらっていないから、分かっていてもできないんだけどさ」

 ガクッと雅は項垂れた。試しに生成の意識を高めつつ空気の変質を行ってはみたが、それが刃になったり、雅の手で握れるような代物にはならず、ただ弾けて霧散するだけだった。それを何十回も繰り返していると、さすがに根を上げたくもなるのだ。


 リコリスさんには、中央突破はするなと言われたけれど、合流できないまま日にちだけが過ぎるようなら、一人でも突撃しよう。


 すぐ近くにリィが居る。なのになにもできない。それがとても歯痒く、そして屈辱的なのだ。だから雅には、研究や訓練においても焦りが出ている。


 一人でも勝てるように。一人でもリィを救出できるように。


 だから雅はとにかく、できそうなことに食指を伸ばす。なんでもできるとは思っていないが、なんでもできるようになりたいとは思う。そうでなければ、リィを『下層部』という機関からは救い出すことができないからだ。葵のような一度決めたことに対する意固地さを、楓のような溌剌とした軽快さを、チキンのような力の理解を、どれもこれも自分の物にしたい。

 強欲にもほどがある。業突く張りと呼ばれるのも、これが要因なのかも知れない。そんな風に思いつつ、雅はまた意識を集中させるために瞼を閉じて小さく呼吸を繰り返す。意識を無意識に落とし、周囲の音よりも心音だけが聞こえる絶対の集中力。ただなにも考えず、直感だけが体を支配する。


 瞼を開き、呼吸に合わせて両手を左右に――


「雅さーーーーーーん!!」


 真後ろから抱き付かれ、集中力は途切れ、更に勢い良く抱き付かれたものだから前方に倒れ込んでしまう。

「え、あれ? 人違いでしたか? 雅さんならこれくらい、耐えられると思ったんですけど」

 懐かしい声だ。そして、脳内に刻まれている声色でもある。

「ねぇ、楓ちゃん。跳び蹴りされるんじゃないかってくらいの衝撃を受けて、踏みとどまれるわけないでしょ。というか、完全に意識の外だったから!」

 背中に突撃して来た人物が離れたので、雅は起き上がり、そして振り返ってその美少女――楓に理由を説明する。

「だってやっと会えたんですもん! もう、いつ会えるかってずっとずっと思ってたんですからー!!」

 楓は半泣きで雅にまた抱き付く。過剰なスキンシップである。雅にとって、非常に厄介なやり取りをこれからしなければならないのかと思うと、若干の嫌気も差して来た。

「あれ? 楓ちゃんが先だったんだ、てっきり葵さんが先、だったと思ったんだけど」

 言いながら雅は胸に顔を埋める楓から視線を外す。そうして映った視界には、楓以上に久し振りの、会いたくて会いたくてたまらなかった友人の姿があった。


「会えました、ね。もっとずっと、掛かると思っていたんですけど」


 葵はそう言いつつ、擽ったそうに微笑み、そして感極まったのか、一粒の涙を零した。髪色が変わり、黒髪に白のメッシュが混じっているのはリコリスとの特訓の末の変化なのだろうか。ディルからはあのあと、葵がどうなったのか教えてもらっていないため雅には、とても真新しいことのように思えてしまった。

「……葵さ、」


「感動ごっこは余所でやってくれないかい。はっきり言って、当事者じゃない僕にはつまらないことこの上ない。場所も悪いし、ちゃんと話せる場所の方が君たちだって気持ちが安らぐってものだろ」

 大切な再会に横槍を入れられ、雅は即座に視線を動かして、声を発した男を睨む。


「なんだ、来てたんだ? チキンのクセに」

「いい加減にしてくれないか。チキンは僕の名前じゃないんだよ。言っておくけど、君のことなら音の迷宮に踏み込むまでずっと尾行していたから」

「え」

 雅は楓を抱えたまま、ソソソッと後退する。

「言い方が悪かったのは謝るからその、犯罪者を見るような目で僕を見るなよ。僕とナスタチウムも君と同じ方角に歩いて来たんだ。君に勘付かれない距離でだよ。僕にはさっぱりだったけど、ナスタチウムはしっかりと距離を測っていた。だから、君が旅の途中でなにをしていたかなんて知らないよ」

 ならば着替え、或いは生理的欲求の処理を盗み見られていたということはないらしい。雅は険しくしていた表情を僅かに緩めて、警戒心を解いた。

「あのヘタレ、ほんっとーに気持ち悪いですよね! 私も出会ったときから生理的に受け付けないんですよ! 耐えられませんから、ほんと!」

 楓が雅から離れ、踵を返しつつ、前方に立ち、雅を守るかのように誠に睨みを飛ばす。

「僕以上の馬鹿なんだと思うんだけどさ、頼むからその子の相手は君がしてくれよ。僕に話を振ったりとか金輪際、しないでくれ。君にチキンと言われ、その子にはヘタレと言われて、僕のストレスはもう許容量を超えているんだからね」

 誠は「あー嫌だ嫌だ」と声を僅かに荒立たせつつ、近場の木に蹴りを入れて八つ当たりをしていた。


「よぉし、面倒事も片付いたみたいだし、さっさと本題に入ろうかぁ」

「してないでしょうが、いつからアガルマトフィリアは馬鹿になったのよ」

「は? なに、その冷たい視線。そんな視線を向ける権利は“人で無し”にはないだろ。あぁ、あぁ、もうさっさと二次元に帰れよ、クソ女」

「揃いも揃ってうるさいことこの上ねぇな。全員、ぶん殴って静かにしてしまいたくなる」


 ケッパーとリコリスが睨み合う中、ナスタチウムが頭を掻き毟りながら怖ろしいことを口にしていた。

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