【-結託-】
「知り合い、ですか?」
「知り合いじゃなければ、ぶん殴ってやりたいところなんだがなぁ」
「知り合いじゃなければ、どれだけ良かっただろうと、思ったことがそりゃもう、何回もあるんだよねぇ……はぁ、男か。男は無理だ。ショタでも範疇に入らない。妄想で犯せない子を連れて歩いているとか、つまんないなぁ」
凄まじくこの場に似つかわしくないことを言い放った男に、誠は怖気が走って、更には妙な汗まで垂れて来た。
「知り合いなら突っ込む前に言ってくれませんか!? ここまでチョッパヤで来てヘトヘトだったのに、戦わなきゃならないと思って突っ込んだ私の疲労をどうやって解消してくれるんですか!!」
突っ伏していた少女がやっと起き上がり、不審者然とした男に抗議をしている。
見目麗しいとは、まさにこの少女のことを指すのだろう。雅も美の付く少女であるが、この子はそれすらも圧倒している美少女である。そしてその下着をほぼ丸々見てしまったことを思い出し、そして浮かび上がった光景を消し去るために誠は首を左右に振る。
「解消って、ねぇ。勝手に走って行ったのは君だろ、人形もどき。まったく、僕が人形で先行させるって言ったのに、それも無視して……そのせいで、このザマなんだろ」
「ハッハッハッ、人形狂いも迷ったか! これは愉快だな!」
「ヒィッヒィッヒィッ、こっちも我慢していた笑いが堪えられなくなって来たよ、飲んだくれ」
薄気味悪い笑いと、引き笑いを両者揃ってしばらく続けていたが、やがて敵対関係であるかのように互いを睨み合う。
「ここに来た目的を吐いてもらわねぇと、その顔をぶん殴ってやる」
「そっちこそ、ここに来たのはどうしてだい? まさか、飲んだくれで臆病者なナスタチウムが、“あの男”のところに行きたいだなんて、言わないよねぇ?」
「はっ、あの男と会うなんて勘弁願うな。俺は、そこの餓鬼と一緒にディルの餓鬼を尾行していただけだ。海竜の居所を教えたまでは良いが、あの餓鬼一人ではなにかと不安なんでなぁ」
「その面倒臭がりのクセにお節介焼きなところは変わらず、か」
やれやれ、と男――ケッパーは肩を竦めた。
「僕らはもっとストレートな理由さぁ。僕はディルが消息を絶ったその瞬間を目撃している。なのに彼だけ見つからず、海竜だけが見つかって“あの男”に捕獲されているなんておかしな話じゃないか。なにか裏があると踏んで、ちょいと様子を窺いに来たのさ。あとは、そこの人形もどきが、君の言うところのディルの餓鬼に懐いていてね。ずっとその後を気に掛けているようだったから、ついでにそれの解消にも来た」
「要するに、方向性は違うが行き着く先は、一緒だということだな?」
「不愉快極まりないことにねぇ。そして、ダムの近くにある街を見つけたまでは良いけれど、肝心のその街に入れずに困っている。君たちが同じようにこの音の迷宮を彷徨っているのは、たまたまと取るべきか、それとも必然と取るべきか、まだ材料が足りなくて判断しかねるけれど、ね」
ケッパーは首をグルグルと回して、溜め息をつく。
「望んでねぇが、不愉快なことこの上ないが、手を組むしかなさそうだな。こんなところで延々と彷徨い続けるなんざ、酒が無くて狂っちまいそうだ」
「そうだねぇ、ヒィッヒィッヒィッ。これが『人で無し』だったらもっと嫌だったけれど、そこだけは幸いかなぁ。僕は歩いた道に根を張らせている。そこは一度通った道だ。行き止まりも確認している。だから、一度通った道とは異なる道を通らなきゃぁ、ならない」
「こっちは、この餓鬼が僅かだが壁を把握できている。貴様たちが見つけられなかった道を見つける目にはなってくれるだろうよ」
「なら、ここで手を組まないルートはあり得ないね。非常に、好ましくないけれど」
誠はナスタチウムとケッパーがどうやら結託したらしいということだけ分かり、全身から力を抜いた。海魔と争うことも嫌だと言うのに、人と争うなどもっての外である。
そもそも、あの少女と戦って勝てていたかも怪しい。誠はチラリと少女の様子を窺う。
「私、この人嫌いです」
少女は誠を指差しながら言った。
「はっ? ちょっと待ってくれないか? 僕、君になにか悪いことをしたわけでもないだろ」
異性に唐突に「嫌い」と言われることがこれほど精神的に来るものだとは誠も思いもしなかった。それに比べれば雅の「チキン」という呼び名はまだ軽いものだったのだと知る。そして、美少女であるがゆえに、その破壊力は凄まじいのである。
「なんか、物凄い強そうな雰囲気出していますし、ついでに本気を出すとか言っていましたけど、これっぽっちも本気を出そうなんてしていなかった姿勢に腹が立ちます」
バレていた。言葉だけでも威嚇になるだろうと思っていたのだが、見え見えだったらしい。見え透いた嘘、分かりやすい態度、そんなものを取ったわけでもないのに見抜いたということは、この少女は直感的に察したのである。そんな動物的――野性的本能に嘘などついても無駄ということだ。
「僕が本気を出したら、君、死んじゃうから」
「は? 私、あなたみたいなヘタレにやられたりしませんし。というか、なんか雰囲気が若干、ケッパーと似ていて嫌なんです」
近付かないでください、と言いながら少女がケッパーより後ろに下がる。どうやら生理的に受け付けないらしい。それがよけいに誠の苛立ちを駆り立てる。
「あの、僕もう一人で行動して良いですか? そこの子、僕のことが嫌いみたいなんで、僕もそこの子が嫌いなんで」
「そこの子とか言わないでください。私には榎木 楓という素晴らしい名前があるんですよ、ヘタレ!」
「ヘタレって言うな! 僕には小野上 誠という名前があるんだ!」
「この場に乗じて自己紹介するなんて、どれだけ異性に飢えているんですか。ケッパー以上に耐えられません!!」
今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
そんな暴力的な感情を抑える。
「性格に難があるな、その餓鬼」
「君のところの人形もどきもだろ。はぁー、ヤダヤダ。ネジがぶっ飛んでいると、どうしても性格に難がある人形もどきに惹かれるのかなぁ。ディルはドMな人形もどき、僕のは口の悪い人形もどき、君のは弱虫の人形もどき。これじゃ、『人で無し』がもしも人形もどきを連れて歩いていたならなんて、考えるだけでも怖ろしいよ」
「海竜のことを知ったなら、『人で無し』も来るかも知れねぇ。あんな露出狂と再会する前にとっとと、ここを抜け出すぞ」
「異議無し。ということで、人形もどき。君、次になにか僕を苛立たせるようなことを言ったらそのスカートをあと三センチほど上げてもらうから」
「三センチも上げたらもうほとんど見えてるのも同然じゃないですか! 動かなくても見えるって最低最悪じゃないですか!」
少女は――楓はスカートの裾を押さえながら、全力の抗議をしている。このやり取りだけで、ケッパーもナスタチウムと同じく、一筋縄では行かない大人であると分かった。彼女も彼女なりに苦労しているのだ。しかしながら、それで自身を「ヘタレ」と呼んで良い理由にはなりはしない。なにか言えば、生理的に避けられるのなら、もう口を利かなければ良い。
「思うんですけど、どうして僕らは音の迷宮に閉じ込められていて、雅は街に行くことができたんでしょう?」
「雅さんのことを雅って呼んでいる辺りに殺意が湧きます」
「ちょっとは黙れ、人形もどき。ナスタチウムの人形もどきが言っていることは、頭の片隅に置いておくべきことなんだ。僕、君、ナスタチウム、ナスタチウムの人形もどき。この四人にあって、ディルの人形もどきにあるもの。或いは……ディルの人形もどきだと分かっていたからこそ、通したのか。あぁ……それだと、あれだね。“あの男”の嫌な一面が、ジメッとした最低の“正義”が振りかざされるのかも、知れないねぇ」




