【プロローグ 05】
♭
「尾行している人が居るなんて、あの人は考えても居なかったんだろうな」
呟きながら、鳴は雑踏の中を歩く。
「けれど、それも終わり。布石は打った。音の迷宮に入ってもらう。最悪でも二日は迷わせられるはず」
ポケットに入れていたトランシーバーが鳴る。
「はい…………問題ありません。あったとしても、こちらで対処します。そちらはどうなっていますか…………そうですか、分かりました」
通信を切り、鳴は空を見上げる。途方も無いほどに空は青い。当分、雨が降ることもないだろう。
だとすれば、雪雛 雅はしばらくここに滞在するのだろうか。鳴はふとそんなことを考える。滞在するのなら、腹の内を探られないように注意しなければならない。
“死神”の傍に居たことは知っている。そんなことは、あの人から聞いている。
だからこそ、あの街で生きていたはずの“死神”と行動を共にしていないことが非常に不可思議でならない。それとも、自身の知らないところで一時、分かれて行動しているのだろうか。どちらにせよ、雪雛 雅がここに来たということはいずれ“死神”も姿を現すだろう。そのとき、やっと鳴は“死神”を殺す機会を得ることができる。
だが、と一つだけ気に掛かっている点がある。
一時、分かれているということは“死神”は雪雛 雅に全幅の信頼を置いているということだ。彼女は一人旅をしばらく続けていると言っていた。その間に、彼女が死んでしまう可能性だってあるはずだ。
それを踏まえても、彼女に一人旅をさせているとするならば、それは信頼以外の何物でもなく、そして自身とあの人にはない、もっと別の形の関係を築き上げていることになる。
「……私だって、一人旅なんてしたことないのに」
してみたいと思っても、あの人は許してはくれない。
いつだって鳴は、あの人に付き従う者なのだ。感情も徐々に欠如して行く。自身はただ、海魔を狩る討伐者であり、そして邪魔者を屠る存在に近付きつつある。
こうして一人の間、或いはあの人の前では饒舌に話せるというのに、知らない人を前にした途端に全ての感情に制御が掛かる。スイッチがオンからオフに切り替わる。
「雪雛 雅」
なんとなしに呟く。
そして、何故だか分からないが心の内が熱くなる。
それは間違いなく、負けたくないという彼女の強い意志であった。




