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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第五部-】
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【プロローグ 04】

「どうせ、死ぬんだろうな、って思ってた」

 鳴がとんでもないことを言い出した。

「言ったじゃん、死なないって」

「戯言かなって」

「戯言って……そんな難しい言葉遣わなくても」

 鳴がポツンと言ったことに雅は一々、一言加えていたが、これはひょっとすると彼女にしてみると鬱陶しいのかも知れない。そう思い、諸々の作業を終えた鳴にはあまり声を掛けないようにしようと心に決める。


「……? 急に静か」

 歩き出した鳴の後ろを、なにも言わずに歩いていたら彼女が心配してか、首と上半身を動かして雅の顔色を窺うように呟いた。

「あんまり喋ると、うるさいかな、と」

「……そんなこと、無いけど?」

「そう?」

「あんまり、同性の討伐者と話すことって、少ない、から。その、一人旅をしている、っていうのも、興味あるし」

 どもり気味に言っているのではなく、一言一言を大切にしながら鳴は発言している。ひょっとすると、これが寡黙な女の子や反応の遅い女の子というイメージを彼女を取り巻く環境では抱かれているのかも知れないが、これも彼女の個性である。強烈な個性を目の当たりにして来た雅にしてみれば、可愛い方だ。


「じゃぁ、なにか訊きたいこととかある?」

 雅は鳴の後ろから隣に移動し、微笑み掛けながら訊ねる。こうして見れば、どこにでも居るような可愛らしい女の子である。白い髪の毛であることを除けば、だが。

「一人旅で大変だったこと、って?」

「野宿」

「……あー、なんとなく、分かった気が、する」

「でしょ? 着替えも気を遣うし」

「外で着替えるのは、恥ずかしい」

「だよねぇ」


 これが普遍的な意見なのだ。楓ちゃんのような着崩した浴衣で街中を歩いたり、短いスカートでパンツを見せながら戦うことに「慣れてしまいました」という言葉はおかしいのだ。

「どの辺り、から来たの?」

「東の方からずぅっと歩いて、かな。途中、山道を登って山間の街にも二回ほど寄ったこともあるけど、基本的には西に向かって歩いていたの。ここの辺りは浜辺から離れているけど、川があるから海魔が多い感じ?」

「多い、かどうかは分からないけど……戦わないと、駄目、な感じ」


 山間の街のように、のんびりまったりする暇は無いということなのだろう。あの街はセイレーンに崩壊させられてしまったが、あのセイレーンが現れるまでは歓楽街さえ除けば比較的、安全で治安も良い街だったに違いない。

 黒の短剣を造ってもらったところも、永続的に海魔に襲われ続けていた。それに加え、その後の二つの街も、なにかしらの海魔対策を講じていたため、一般人や討伐者の生き方がとても刹那的であったようにも感じられた。


「えっと、鳴……で良い? 名前で呼ぶの、嫌だったり?」

 鳴はフルフルと首を横に振った。

「なら、鳴にも訊いて良いかな? 鳴はあそこでなにをしていたの?」

「ちょっと、外で休憩」

「休憩?」

「ちょっとだけお休みを貰って、街で息抜き」

「あー、そうなんだ」

 恐らくだが、鳴はその腕を買われてどこかの討伐者のグループに入っているか、査定所でも有名な討伐者という立ち位置にあるのだろう。だから海魔の討伐が引っ切り無しに入り、東奔西走している。そう仮定するならば、お休みを取って息抜きという言葉にも整合性が生まれる。まさかこの歳で討伐者以外に別の仕事まで兼任しているわけではないだろう。雅の主観でしかないが、それはこの子のキャパシティをオーバーしているように思える。

「私がフィッシャーマンを連れて来たわけじゃないけど、お休み中に働いてもらっちゃって御免ね」

「ううん、むしろ、収穫があった」

「収穫?」

「そう」

 鳴はジッと雅を見つめている。なにか、瞳の奥の奥、心を読み取ろうとしているように見えて、何故だか分からないが背筋に冷たいものを感じた。

「おかげで報酬のお金と水で、気持ち的に楽になる」

「そ、そっか」

 今回のフィッシャーマンの報酬を手に入れれば、銀行や査定所に預けているお金や水に幾分か余裕ができる。そう解釈することにした。


 他に収穫と呼べるものは、私自身しかないし。


 だが、それは少々、自意識過剰である。雅はそれほど有名人ではない。『風使い』という異端者のノーワンモアではあるが、現在は査定所からの監視員も居ない。葵も監視員を辞めて、討伐者に転向していた。なので、雅は随分と自由の利かせることができる。


 リコリスに連れて行かれた葵よりも、ケッパーにセクハラ発言を受けている楓よりも、ナスタチウムの豪快さに苦労しているチキン――誠よりもずっとずっと自由なのだ。しかし、この自由は仮初なのだ。雅は左腕に付けている腕時計を撫でつつ、思う。


 ディルが居ないから、こうも自由で居られる。とても良いことのようで、とても悪いことだ。あの男が居たからこそ、海魔の襲撃を受けてもある程度の不安を払拭させることができた。あの男に見られていたからこそ、ここまで自身を強くすることができた。あの男が居なくなったことで野宿の辛さを味わうことになった。あの男が居なくなったせいで、ナスタチウムとチキンの関係を少しばかり羨ましいと思ってしまった。


 あの男が――


 雅にとってみれば、ディルと出会ってからの日々は怒涛のように過ぎ去った。痛い思いもし、苦しみ、辛酸を舐めさせられた。それでも何故か、あの日々は脳裏から消えてはくれない。

 なにより、ディルという存在が雅の心から抜け落ちてはくれないのだ。心の半分以上をディルという男が持って行っている。ナスタチウムが一欠片ほどの可能性を示してくれたからこそ、こうしてまだ旅を続けられているが、もしもナスタチウムに全てを否定されていたなら、雅の心はポッカリと穴を空けて、もう動くことも歩くこともままならなかっただろう。


「誰かを、思い出している?」

「え、なんで?」

「そういう音が聞こえた」

 鳴は「音が聞こえた」と言う。しかし、誰かを思い出しているときに発する音、というのは一体なんなのだろうか。表情を読んだ、だったならまだ分かるのだが。

「私も、思い出すこと、あるから。休んでいる間、は」

「なら、一緒に居るんだ?」

「うん」

「私は一緒に居ないから」

「そう」

「そうだよ」


 他愛もない話をしつつ、相槌も適当に打ちつつ、雅と鳴は歩を進める。互いに気を遣っているわけではないが、話が盛り上がるようなこともなく、そして盛り下がるようなこともなく、程なくして街が見えて来た。

「助かったよ、ありがと」

「ううん、気にしないで」

 鳴は言いつつ、街門に立っている討伐者に証明書を見せ、門を開かせる。雅も討伐者証明書を取り出し、それを見せて鳴のあとに続いた。

 浜辺の故郷、浜辺に打ち上げられた戦艦、山間の街、鳥篭の街。それ以外にも二つから三つほど見て来たが、この街はそのどれにも属さない。


 ここは街じゃなくて、都市、かな。


 高層ビルは目立つため建ち並んではいないものの、行き交う人々は一部を除いてスーツを着ている。誰もがサラリーマンやキャリアウーマン然としていて、逆に私服である自分が異端であるかのような錯覚に陥ってしまう。私服姿であるのは、子供や討伐者に限られる。この都市に浮浪者は見当たらない。どこもかしこも活気に満ちており、山間の街でディルに「立ち寄るな」と言われた歓楽街と呼ばれるような暗い雰囲気のある場も、ここからでは見当たらない。

 この風景は、腐った世界には不釣り合いだ。腐る前の都市そのものだからこそ、違和感を拭うことができない。

「なんだろ……なんか、違う」

 山間の街に比べて、感動が少ない。あのときは、こんな腐った世界にもこれだけ活気のある街があるのかと感動し、驚いたのだが、それが無い。

「一般人の数が、ここは多いから」

 雅の感動の少なさに対して、鳴は的外れな見解を示す。

「力の無い人が、外国と交渉してなんとか経済を回しているつもりでいる。でも、そんなことしなくたって、『金使い』と『木使い』が居れば、硬貨は確実に、そして紙幣も造幣局さえあれば十分。ほんと、一般人は……自分たちが必要とされていないことに気付いていながら、どうしてまだ、無駄な努力を続ける、んだろ。少しでも自分が、なにかをしているんだ、って、そんな思い込みを、したところで、一般人は使い手には、なれないのに」


 雅はなんとも言い難い感情に苛まれる。


 鳴の言うことも最もだと思う反面、一般人ばかりを蔑むような物言いは控えるべきだと思う自分も居る。だが、その控えるべきだという感情そのものも、力を持たない一般人に対する憐憫から来るものなのかも知れない。だとすれば、これは以前からずっと言われ続けている雅自身の『偽善』である。そんな偽善を、鳴を相手に振りかざす気にはなれなかった。

 なにより、言ったところで鳴が一般人に対する評価を変えることは一切無いだろう。団栗眼には、虚ろな色が渦巻いている。見つめていれば、そのまま虚無に吸い込まれてしまいそうなほどに、感情が瞳に、そして表情に出ない。雅の名前を聞いたときだけ、驚いていたのだが、それもほぼ一瞬のことで、もう影も形も無い。

「案内は、しなくても、良い?」

「査定所の場所だけは教えて」

「分かった。大事だよね、討伐者として、絶対に」

 鳴は閉じられた街門をチラリと眺めた。その意図は、分からない。しかし、なにも言わずに歩き出した鳴のあとを雅は追うことしかできない。

「査定所はここ、あとは銀行と宿泊施設?」

「勘が良いね」

「査定所から出て前にあるのが銀行。査定所から出て右に向かった先にある、他より大きな建物がホテルだから」


「ホテ、ル?」


「知らない?」

「いや、知ってるよそれくらい」

 民宿にずっと泊まっていたため、ホテルがまだこの世に実在しているのだという感覚が湧いて出て来ないだけだ。

「じゃ、私はこれで。また、この街で会うかも、だけど」

「うん、ありがと」

 鳴が査定所の前から立ち去って、雅はふぅと息を零す。初めて会った相手が、同性であってもコミュニケーションを取るのは勇気を振り絞らなければならない。そして、こうやって一人になったとき、ドッと疲れは押し寄せて来るのだ。

「あれ? 鳴は、フィッシャーマンの心臓を査定所に持って行かないんだ……?」


 ふと、そのことが気に掛かった。しかし、報酬とお金を受け取るより大事な、急ぎの用事があったのだろうと踏まえ、そう気に留めることはしなかった。

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