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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第五部-】
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【プロローグ 03】

「あなたも、グル?」

 女の子は短刀を見せびらかしながら、雅に問い掛けて来た。

「ち、違う違う。ほら、私、討伐者だし」

 言いながら討伐者証明書を女の子に見せる。

「……そう、だったら、良い」

 短刀を鞘に戻し、女の子はスタスタと歩き出した。

「あ、待って待って! この先に街、あるよね?」

「……はい」

「もし、目的地が同じなら、案内してくれないかなー……なんて」


 鋭い視線で睨み付けられている。団栗眼(どんぐりまなこ)とも呼ぶべき特徴的な部分に目を奪われる。そして、服は体のラインが際立つ、ピッチリとしたレーシングスーツだ。動きやすそうではあるが、あれでは胸の大きさまで分かってしまう。できることならば、雅は着たくないなと思いつつ、女の子の動向を窺う。


「街、までなら」

「良かった。一人旅だから、あなたみたいな強い討伐者に案内してもらえると安心できる」

「……弱いの?」

 カチンと来るようなことを言われたが、雅は苦笑いを浮かべる程度で堪える。

「弱かったら一人旅できていると思う?」

 しかし、言われたままでは癪なので挑発的な発言には挑発的な発言で返す。女の子は目線を上下させている。雅の体格や身に着けているものを調べているのだろうと思い、雅は動かずに反応を待つ。

「一人旅?」

「そうだけど?」


「……女性で、一人旅……そんなこと、できるんだ」


 なにやら感心されているのだが、上から目線な態度を改めてくれないので、雅も接し方に悩んでしまう。もっとも、雅も上から目線な態度を取ることがほとんどであるので、そのために上手く噛み合っていないとも言えるのだが。

「こっち」

 女の子が雅に言って、歩き出した。隣を歩こうとも考えたが、こんなところで出会った相手にそこまで気を許せはしない。恐らく、女の子もそうだろう。

「名前、訊いても良いかな?」

「どうして?」

「ほら、これから呼び合う仲になるかも知れない、し……?」

 早まったかな、と思いつつ雅は冷や汗を流す。こんな名前の訊き出し方はそれこそ怪しまれてしまう。理由付けとしても弱い。つくづく、自分はコミュニケーション能力に乏しいのだと思い知らされてしまった。


「標坂 鳴」

「しるべ……ざか……めい?」

「そう、標坂 鳴。あなたは?」

「私は雪雛 雅」

 すると女の子――鳴は振り返り、続いて「そう」と呟いてすぐさま踵を返した。


 男五人を相手にしていたときから感情が希薄そうな雰囲気を漂わせていたのだが、自身の名を口にしたときだけ、とても驚いていたように感じられた。


 この子、私のことを知っているのかな?


 勘が鋭いのではなく、極端に顔に出ていたため雅にはそのようにしか思えなかった。探りを入れるのも悪くはないのだが、一先ず雅は街に着き、心を休めたい。雨の不安、海魔の不安、強盗の不安。なにもかも不安だらけの毎日となる野宿ではいつか心が折れてしまう。だからこそここまでの道のりで着いた街では丸一日休んだり、二日ほど休憩を取った。特段、急いでいるわけではないのだが、雅にはそれが悪いことのように思えてしまったこともあったのだが、ディルの言うところの「必要経費」や「死なないこと」を考慮しての休息なのだと自分に言い聞かせることで、その自分自身にしか共有できることのない罪悪感からは逃れることができた。

「ストップ」

 鳴が雅に止まるように言った。

「どうしたの?」


「音が聞こえた」


「音?」

「来る」

 鳴は既に腰から短刀を抜いて、臨戦態勢に入っているのだが雅には全く気配が掴めない。こんな経験は初めてである。人間であれ海魔であれ生物である。その生物が発する気配や殺気、或いは移動に伴う音に関しては極力、注意をして来たつもりである。だからこそ、気配も殺気も雰囲気すらも感じらないこの状況で、彼女が臨戦態勢に入れているのが非常に不可解なのだ。

 不可解なのだが、その鋭い勘のようなものに雅は従うことにした。黒白の短剣を鞘から引き抜いて、左右を眺める。

「どっちから来る?」

「戦える、の?」

「当然。海魔だったら、一緒に倒す。報酬や水の分配で不本意な結果が待っているかも知れないけれど、それが討伐者でしょ?」

 少なくとも、協力討伐のような一定の信頼関係を築いてこそ真価を発揮するような任務ではない。突発的な討伐である。協力討伐任務という嫌な思い出しかない雅にとっては、こういった突発的な討伐の方が、気持ち的にも楽ではある。なにせ、気遣いをして来ない。気遣いをする必要も無い。互いが一定に強く、互いが一定に相手を惹き付けられる。この子はそれくらいの、それ以上の練度を備えている。


「じゃ、死んだら知らない」

「死なないよ、私。あなたは死ぬ?」

「死なない」

 鳴は反抗するようにハッキリと言い、そして続ける。

「私の、前方から、一体。後方から、一体。私は、前。あなたは、後ろ。ヘイト、ちゃんと取って」

「分かった」


 ここに来てようやく、雅にも海魔の気配が感じ取れるようになった。この子は三十秒以上も前からこれを察知していたのだ。これほど鋭い感覚の持ち主と一緒なら、逆に自分が足手まといにならないように注意しなければならない。

 などとも思うのだが、結局のところ海魔とは一対一になりそうだ。だったら雅のすることは至極、簡単なことだ。鳴を気にせずに、海魔を討伐すること。そうすればきっと、鳴も海魔を倒し終わっている。


 道路の脇道、雅が草むらに隠れて着替えをしていたそちらの方向から、海魔が姿を現す。一度だけ、振り返ると鳴の前にも海魔が現れていた。挟み撃ちにされているが、数は彼女の言ったように二体。これなら怖くもなんともない。


 なにせ、その海魔とは戦ったことがある。


「三等級海魔、フィッシャーマン。浜が近いわけでもないのに、なんで」

「ダム、が、あるから」

「……ダムがあったら、川も近くにあるってわけか」

「そう。だから、こうやってフィッシャーマンも出て来る。道具、教えないように」

「知ってるよ。使い方を覚えられたら大変なんでしょ」

 鳴と会話している間も、二体のフィッシャーマンは奇妙な鳴き声を上げて、雅たちには分からないコミュニケーションを取っている。「獲物を見つけた」と言っていて、「両方とも狩るぞ」とでも言っているのだろう。

「狩るのは私の方だけどね」

 雅は鳴のことは気にせずにフィッシャーマンへと駆け出す。口をモゴモゴと動かし、頬袋を膨らましている。『穢れた水』に近い体液を塊として放出するつもりだとすぐに分かり、一直線にではなく、左右に大きく体をブレさせる足運びを取る。ナスタチウムと戦ったときには、速度重視でこれほどジグザグには動かなかったが、狙いを定めなければ放出できないフィッシャーマンに対して、この大きな左右への移動は接近に大きなアドバンテージを産む。


 たまらずフィッシャーマンが口に溜め込んだ体液を――『穢れた水』の塊を吐き出した。雅はすぐさま放出された方への足運びをやめて、更に体液の着弾点に視線を向ける。それだけで雅には十分である。これほどの近距離であったなら、右手での基点作りも必要無い。

 風が渦巻き、その後、雅が見つめた着弾地点のみ空気が滞留する。そこにフィッシャーマンの吐き出した体液が振れた瞬間、彼女の力によって変質した空気がたちまち風の圧力となって、触れたものを触れた方角へと速度を倍加させて、跳ね返す。フィッシャーマンの顔全体に、彼の者が吐き出した体液がぶち撒けられる。人でたとえるならば、吐き出した唾がそのまま自分へと掛かったようなものだ。そのとき、人はどうするかというと汚いと思いつつも「どうして?」と僅かばかり混乱する。


 フィッシャーマンもまた、それは同じだった。自身に返って来た、自身の体液に僅かばかり混乱している。だから雅は大きく距離を詰めて、もう彼の者の懐まで迫ることができている。

 伸ばされている舌は狙わない。あれを斬ろうとして、以前は斬ることができなかった。黒白の短剣なら、綺麗に切断することもできるのだろうが、ここはまず、フィッシャーマンの脇腹を引き裂く。切れ味はお墨付きである。パックリと裂いたことによって、フィッシャーマンは悲鳴を上げ、そしてヘドロのような血をぶち撒きつつ、両腕をぶん回す。右は避けたが、左は避け切れない。だから逆手に持っている黒の短剣で受け止めながら、力を斜めに逸らす。膂力は馬鹿げているが、ナスタチウムの腕力もこれに負けず劣らずだった。だから、雅にはこの打撃を流し切れる自信があった。


 だからこそ、雅の左手に自由が宿る。ここから更に踏み込むこともでき、更には力でフィッシャーマンを吹き飛ばすことも造作も無い。

 だが、雅は思うところがあって黒の短剣で受け流し切って、バランスを崩しているフィッシャーマンの左腕を白の短剣で裂いたところで三歩ほど下がる。


 海魔の血に塗れた黒白の短剣は、今は蒼紅の短剣へと変貌しているが、これは血に剣身が反応を示しているだけであり、さほど驚くことではない。もう何度もお世話になっている二本の短剣の変化に、一々、驚いてもいられない。


 右手で基準を定めるため、一点を指差す。その間、フィッシャーマンは雅に、その唾を垂らしている舌を振り回し、舐めようとしている。『穢れた水』に塗れた舌で舐められれば、露出した肌は爛れる。フィッシャーマンもそれを知っている。だから彼の者は、雅に痛みを与えて動きを鈍らせようとしているのだ。

 そんなものには引っ掛からない。垂れている唾の上にも乗らない。雅は逆手で持っていた蒼の短剣を、フィッシャーマンから見て左側に投擲する。

 当然ながら、その投擲に対し、フィッシャーマンは本能的に右側へと動く。これはディルのやった誘い出しである。だからこそ、雅はその後の行動にすぐ移ることができた。


 即ち、動くであろう右側へと先回りした。そして雅は待ち構える。大きく踏み込み、渾身の力を込めて雅はフィッシャーマンの胸部に紅の短剣を突き立てる。短剣を握っていない右手で迸るヘドロのような血を鳴の居る方向とは逆に、風圧で流して行く。血が外に放出されて、空気――それに接触するギリギリの空間に右手で常に変質を続けることで、風圧によって吹き飛ばすのだ。フロッギィの頭部に短剣を突き立てた際、この方法で返り血は全て吹き飛ばせた。今回もそれの応用である。

 しかし、フィッシャーマンはフロッギィと同じ三等級であるが、その体躯はフロッギィに比べれば非常に頑強なものに見える。


 だから、まだ雅の攻撃は続く。


 右側に投擲した蒼の短剣は、雅が投げる前に定めた基点――変質させた空気に触れ、角度と速度を強引に変えられ、さながら矢の如く飛ばされて、フィッシャーマンの背後に突き立てられる。前方と後方による挟撃。ここまでの経験のおさらいとばかりに戦ったが、挟み撃ちをしようとして来たフィッシャーマンには、これ以上ないほどの仕返しができたのではないだろうか。雅は紅の短剣を引き抜き、少しだけ距離を取る。フィッシャーマンが倒れ伏し、それ以降、起き上がる気配が無いことを確かめたのち、背中に深々と突き刺さっている蒼の短剣を引き抜いた。

「こっちは終わり、そっちは?」

 雅は振り返りながら言う。

「もう、終わった。多分、だけど……ほぼ、同時、かな?」

 鳴が短刀で仰向けに倒れているフィッシャーマンの胸部から心臓を抜き出し、袋に詰め込む作業に移っている。雅も二本の短剣で背中からフィッシャーマンの体を裂き、中から心臓を切り取って、袋に詰めた。

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