【エピローグ 03】
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「んじゃ、俺たちも行くとするか」
「へ……よく分からないんですけど?」
「ちっ、テメェがフラれなければ、一緒に行くことができたってのに、クソ面倒くせぇことになった」
「フラれたとか言わないでくださいよ。結構、ズキッと来るんですから!」
誠はナスタチウムが豪快に笑うことを不服に思い、抗議する。
「しょうがねぇ、あの鍛冶屋の竜を連れて行くぞ」
「アジュールを? どうして?」
「あのジジイがこのくらいで俺たちを認めると思うか? どこかしらに竜の監視役を付ける気に違いない。なら、まだテメェが心を開けるアジュールにその監視役をさせた方が気楽ってもんだ。そのあと、あのディルの餓鬼を尾行することになる」
「ストーカーじゃないですか!」
まさかこの歳で犯罪に手を染めることになるなんて、と言おうと思ったがもはやこの世界における犯罪やルールというものは曖昧であったことを踏まえて、思い直した。
「海竜のところには、必ずディルがやって来る。一発、ぶん殴らせてもらわねぇと気が済まねぇんだよなぁ」
ディルは酒を飲みつつ、また豪快に笑う。
「そんなに『下層部』に行きたいんですか?」
「……ああ、行きたいねぇ。あそこにはとんでもない大馬鹿者が居るんでなぁ。そいつの顔もぶん殴ってやりたいのさ。剥いだ薄皮も、もうほとんど全身を覆っている。テキトーに衣服を見繕ったら、この街とはおさらばだ。その間にアジュールを口説いて来い」
「口説くとか、僕、そういうのが得意じゃないのがさっき分かったんで」
誠は後ろ向きに言う。ナスタチウムが背中を強く叩いた。
「なぁに、女の一人や二人にフラれんのは当然だ。さっさと童貞を捨てられる相手を見つけるんだなぁ」
「なんでこう、別な方面で雑なんですか、あなたって」
はぁと溜め息をつきつつ、誠は静かに続ける。
「これからも、訓練……お願いします。ただ、夜から朝に掛けての訓練はちょっとキツいんで、やめてもらえます?」
「ああ。テメェは俺の条件を、クリアした。だから訓練は昼からの一回だけに変更だ。旅ともなれば、そう訓練に時間を割くわけにも行かなくなるしなぁ。ただし、アジュールと妙なことをしでかしたら、問答無用でテメェの股間にぶら下がっているモノを引き千切る上に置いて行ってやるからな」
「なんでそうなるんですか。やっぱり、そっち方面は雑ですよね、あなたって」
しかしながら誠とナスタチウムの関係は、以前よりも良好になったようには思えた。
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「海竜を生かしておく理由について、訊きたいのですが?」
少女は自らを鍛えてくれている男に質問する。
「あの海竜を生かしておけば、“死神”が来るからだよ」
「“死神”が?」
「ああ、間違いなく来る。特級海魔のギリィ、けれどその正体は海竜。そしてあの幼子の容姿。間違いなく、“死神”が連れて歩いていた海竜さ」
男は不敵に笑いつつも、しかしそれが少女に恐怖を与えるような笑いではない。どちらかと言えば、優しすぎる笑顔であった。
「それでは、あの海竜は囮、ですか?」
「そうなるね」
「必要が無くなったら、どうするんですか?」
「決まっているだろう。始末する」
白い外套をなびかせて、男は言い放つ。
少女は、自らの脳裏に焼き付けた幼子の姿を思い出す。あの幼子を始末すると、この男は言っているらしい。しかし、この男が言うのだからそれは正しいことなのだろう。
「できれば、人の姿を取っていないときに始末したいところですね」
「そうかい? 僕はどんな姿を取っていようと、それが海魔なら始末するよ。君はまだまだ甘いところがあるね。人を殺し切れないところも、まだまだ甘い。そんな覚悟じゃ、“死神”を殺すことはできないよ」
「違います。私は、“死神”を殺せます」
男は朗らかに笑い、少女の頭を撫でる。
「殺す殺さない、そんな物騒な話をするもんじゃない。ただ、静粛に、粛々と、僕らはやらなければならないことをやり、それに歯向かう者を粛清する。それだけだよ。さて……海竜の息吹から抽出された『穢れた水』は、“アレ”にどのような作用を及ぼすか、少々、楽しみではあるね。けれど、使えない代物と分かれば、これも始末するだけさ」
「……はい」
「僕らは絶対的強者だ。来る者は拒まない。座して待つは、王者の風格、ってね。ま、これは僕の造語だけど。焦らなくて良いし、戸惑わなくて良い。心を落ち着かせて、そのときを待つだけさ」
男は少女にそれだけを告げて、忙しなく部屋をあとにした。
「静粛に、粛々と、粛清を果たす……」
少女は腰に提げている二本の短刀の柄に手を触れつつ、呟く。
白くも禍々しい、その短刀は未だ彼女を主とは認めていない。
【第四部 終了】→【第五部 開始】




