【エピローグ 02】
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「リコリスさん、料理の方できましたけど」
「マジで? うわ、凄い! いやぁ、野宿でこんな美味しそうな匂いが漂うなんて、もうビックリ仰天だよ!」
リコリスはウキウキとした表情で葵の作ったスープが小皿に取り分けられるのを待つ。
「あの、さっきまでなにをしていらっしゃったんですか?」
「んー、例のやつ」
「情報収集、ですか?」
「そーそー。でさー、胸ロリ? これからちょっと行き先を変えちゃうけど構わないかなー?」
小皿に分けられたスープをゆっくりと、大切に飲みつつリコリスは問う。
「はい。特に問題はありませんけど……それなりに、力も使えるようになって来ましたし」
「言うね言うねー。じゃ、ダム近くの『下層部』に向かうことにするねー」
「『下層部』?」
「そー。そこに行って、まー色々とね。やらなきゃならないことがたっくさんあるっぽいんだよねー」
葵は溜め息をつく。
「リコリスさんとの旅っていつも行き当たりばったりって言うか、その日暮らしみたいな感じで、なんていうか、目的を持ってどこかに行くのって今回が初めてじゃないですか?」
「よく知ってるねー。まさにその通りー」
「……なにか理由でも?」
「無い無いー。私はいつだって行き当たりばったりに旅をするのが好きなんだよー」
葵はスープを飲みつつ、リコリスの表情を窺う。この女とひょんなことから一緒に行動するようになったが、こうやって飄々とした言い方をするときほど嘘をついていることが多い。
だから、なにかあるのだろうと葵は勘繰ってしまう。
「私は別に良いけど、胸ロリは早く飲まないと美味しいスープが冷めちゃうよ?」
「え、あ、はい」
慌てて葵はスープをスプーンで掬って、口に含ませ、嚥下する。
「今から言うことをちゃんと聞いてね、胸ロリ」
「はい」
「私たちは、これから、ひょっとすると『上層部』を敵に回すような、大きなことをしでかすかも知れない。だけど、それが友人のためなら、胸ロリはどうする?」
「その友人のために、『上層部』を敵に回します」
「……上出来。あなたのそういうところが、私は好きだよー」
リコリスは朗らかに笑い、もう味わうことも無意味なスープを飲み続けた。
*
「見事だ。よくこの僕に一撃をお見舞いすることができたね」
「あ、そういうの良いんで、さっさと次の訓練に行きましょう」
「あのねー、君ねー。こういうシーンだと大体は感動的な台詞を僕が吐いてだねぇ、君がそれに感激して泣いちゃうもんなんだよ。ほんとに空気読まないよね、君」
「私、一々、泣いている暇が無いんで。あ、泣けば早く済みますか? なら泣きますけど」
楓は感情を昂ぶらせて、なんとか涙を零そうと振り絞る。
「あ、無理です。御免なさい」
「謝られるとは思わなかった」
ケッパーはいつものように項垂れて、ヨロヨロと歩く。
「ちょっと、どこ行くんですか!?」
「『下層部』のダム」
「次の訓練は?!」
「そのときまでおあずけ」
ケッパーの物言いに、楓は口をパクパクと開けつつ呆然としていた。
「なんで急に、そんなところに行こうとか思ったんですか?」
「風の噂で聞いたんだよ。ってか、査定所で大々的に張り出されていただろ。『海竜の捕獲に成功』って」
「……見てないです」
「まぁ、見たくないことにはあまり視線を向けられないものだから仕方が無いよ。で、その海竜の捕獲に成功したっていう『下層部』が、この先のダムの近くにある。この先って行っても結構、遠いよ。西に行ったあの子の方が先に着いちゃうかなぁ」
楓はそれを聞いて、小走りになる。
「急ぎましょう」
「僕は運動は苦手なんだよなぁ」
「さっきだって、一撃浴びたフリして訓練を中止しただけじゃないですか。次の訓練は、って話に付き合っていたことに気付いていなかったんですか?」
「あっれー、バレてたのかー。はぁ、君のそのスカートの中くらいバレバレだったかぁ」
「言っておきますけど! 今度こそ一撃をお見舞いすることができたら、スカート卒業しますからね!」
「へぇ? ビキニになるの?」
「んなわけありませんよ、馬鹿なんですか!?」
いつもの調子で楓は叫びつつ、しかし足取りはどこか落ち着かない。
二人は『下層部』を目指す。




