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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
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【エピローグ 01】

 撤退戦は成功に終わった。街の人々全てが生きたまま山を降り、そして辿り着いた別の街へと居を移すことになった。土地の取り合いや、金銭での問題など、これから多くを抱えることにはなるだろうが、あの街に居た人は比較的、少ない方であったため――『クィーン』が壊滅させた山間の街に比べて、ではあるものの、その手の問題は時間とともに収束していくと思われる。


「チキンって呼ぶの、やめろよ」


 撤退戦から五日後、ようやく誠は雅に口を利くようになった。それまではずっと無口で、無表情で、なにを考えているのか分からなかったが、ようやく心の整理が付いたらしい。雅もディルとリィが居なくなり、一人旅をしているときにほとんどそのような状態であったため気持ちは分からなくもないが、これから次の旅を計画している自分への第一声がそれは、どうなのであろうかとも思ってしまう。

「私と戦ってくれるならチキンと呼ぶのをやめるけど?」

「嫌だよ。人殺しにはなりたくないし、君のことだから僕のことを半殺しにしそうだし」

 誠は中断していたナスタチウムの訓練を率先して受けるようになった。恐らく、誠の中ではまだナスタチウムは殺せない内に含まれているのだろう。そして雅は殺せる内に含まれてしまっている。


 そう思うと、妙に腹が立ってしまう。


「人殺しは駄目」

「分かっているよ。だから、殺しかねないから手合わせはしないんだ」

 誠には危うさがある。勇気と覚悟と意志でもって成立した、遅ればせながらの討伐者。だからこそ力の加減が難しいらしい。ナスタチウムとの訓練でも陽光は使わず、月光による打撃を主とした訓練になっているようだ。

「臆病者がやっと真面目になったと私は感激しているんだから」

「はっ、感激? 君が? そんなの絶対しないだろ」

 鼻で笑われたので、雅はムッとしつつも、ふぅと息を吐く。


「『バンテージ』、あれで討伐したことになったのかな」


「生きていると思うよ。アジュールに聞いたけど、溶岩程度じゃ竜は死なないぐらい頑丈らしい。特に鋼竜の血を引く『バンテージ』は、熱に強い」

 そこで誠は声量を落とす。

「でも、グレアムはエッグに捕まってしまった……アジュールの翼も、あんな風に千切られてしまったら、ずっと片翼のままだ……」

 話題が暗くなってしまった。

「でも、溶岩の池をどうにかしたとして、満身創痍だったら、あの『バンテージ』を倒せたと思う?」

「……それは、微妙だね。どこまで叩けば倒れてくれるのか未知数だったし」

 誠は以前よりも状況分析が上達しているように雅には思えた。

 言ったところで、本人は認めないだろうけど。

「なら、あれが最良の選択だった。グレアムの選択も、アジュールとの約束も、どれもこれもあなたの強さに変わった。だから、『バンテージ』がどうなったかとか、そういう話はもう無しにしよう」

「自分からその話をして来たクセによく言うよ」

 何故か、誠にそう言われるとムカついて仕方が無い。

「これから、どこへ?」

 話の種が尽きたところで、誠は雅に訊ねた。

「どこへって……どこへ行こう。前はディルに言われて、ここに来たけど、アテが無いや」

 苦笑いを浮かべつつ、雅は天を仰いだ。


「だったら、僕たちと一緒に行かないかい? 僕たちはきっと、もっと分かり合えると思うんだ」

 その誘いに、雅は首を振る。


「残念。私、心に決めた人が居るからそういう誘いには乗れないの」


「……はぁ、そう言うと思ったんだ。だからこういう、似合わない台詞は遣いたくなかったってのに」

「でも、仲間としては素直に嬉しいよ。友人として、もかな? あなたは私のこと、酷い女と思っているだろうけど、私はチキンのことそんなに嫌ってないから」

「チキンって言っている時点で信憑性に欠ける発言だね」

 肩を竦めつつ誠は言い、そしてまた話題が尽きる。


 どこへ行けば良いのか、どの場所に向かえば良いのか。雅はこのままアテの無い旅を続けて良いものかどうか、深く考える。


「ディルの餓鬼」

 背中にナスタチウムの声が掛かり、振り返る。

「えと、私になにか用ですか?」

「『下層部』って知っているか?」

「『上層部』なら知っていますけど」

「査定所が一番下で、『下層部』がその一つ上。そして『上層部』が一番上だ。貴様、これから西に進むと見えて来る街を二つほど越えて、その先の街まで行け。そこから山を登ればダムが見える。そのダムの近くに『下層部』の施設がある」

 ナスタチウムは街で雅が広げた地図よりも縮尺が異なり、更に遠くを記している地図を取り出して、マーカーで線を引きながら雅に説明する。

「その地図はくれてやる。それを頼りに行くんだ」

「どうして、そこに?」


「……海竜のことですか?」

 誠がナスタチウムの代わりに声を発したので、また雅は誠に向き直る。

「その『下層部』に海竜が居ると、アジュールが言っていたんだ。海竜の嘶きは、どうやら異常なほど遠くまで届くようだね」


「じゃぁ、そこに行けば!」

 雅がナスタチウムに向き直る。

「貴様の知っている海竜に会えるか、もしくはその海竜を取り戻そうとするだろうディルに会える可能性がある」

 胸元をギュッと手で握り締めて、込み上げる想いを押し込んだ。

「ありがとうございます!」

 そして誠に(せわ)しなく向き直る。

「ありがとう!」

「長い道のりかも知れねぇが、頑張れ。この数日、酒を奢ってもらったからな。その礼とでも思えば良い」

「うん!」

 雅はウエストポーチの中身とワンショルダーバッグの中身を調べ、必要な物が全て問題無く揃っているのを確認する。そして両腰の短剣の柄に手を当て、続いてポケットの財布や討伐者証明書を目で見て、持っていることを確かめたのち、最後に左手首に付けている腕時計を優しく撫でる。


 これが唯一、ディルと繋がっている贈り物。けれど、二本の短剣も、同じぐらい大切な品だ。


 託されている想い、担っている責任を検めつつ、雅は気合いを入れるために両頬をパシンッと手で叩いた。

「それじゃ、行くね」

「おう」

「ああ」

「さようなら! 再開したときには、また一緒に海魔と戦いましょ!」

 大きく手を振り、雅は街をあとにする。後ろを振り返ると誠とナスタチウムがまだ見送りを続けていたので、また大きく手を振って、あとは振り返らずに前だけを見て歩き出す。


 辛い現実ばかりが押し寄せて、倒れてしまいそうなほどの苦しみがある。

 それでも、こうやって分かり合えて、立ち直ることができる。

 責任の重さに潰れてしまいそうなことはあっても、誰かの死に向き合えずにずっとそっぽを向き続けてしまいたくなることもある。


 それでも、誠は笑うことができていた。それだけで雅は安心できる。同年代のあの、臆病者の少年の未来を不安に思う必要が無くなった。強くなりすぎて、人殺しになる心配もない。ナスタチウムが教えている根幹部分はしっかりと、根付いている。


 ディルも、リコリスも、ケッパーも、ナスタチウムも、人を殺すことを良しとはしない。葵もきっとリコリスからそう教わっているだろう。


 だから次に会うかも知れない最後の一人も、きっとそのように生きているのだろう。

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