【-竜は未だ、死なず-】
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「まったく、このような土埃の多いところを歩くなど……生い茂る木々で服も汚れてしもうたわ。また人を襲い、好みの服を見つけなければならんのう」
青色の肌を気遣いながら、ベロニカは溶岩が冷え固まった大地に立つ。服は至るところにスリットが入っており、少し動けば艶美な柔肌が晒される。
「起きよ。もう醒めておるのだろう? わらわのように一ヶ月の休眠など、必要無いほどに」
冷え固まった溶岩の一つに亀裂が入り、それは全体へと広がってただの一度の衝撃で打ち砕かれる。
ドロドロに溶けた鱗を落としつつ、男が穴から這い出し、最後に自身の顔を覆っていた鱗と皮膚を剥ぐ。
「なんの用だ、人間」
「わらわを人間と呼ぶでないわ。ドラゴニュートはそれほど頭が悪かったかのう?」
男はベロニカを一瞥したのち、自らの体を眺める。
断ち切られた尾は無く、体を裂いた傷は塞がり、痕だけが残っている。そして、ほぼ全ての鋼のように硬い鱗が溶け落ちて、今は人間とそう変わらない褐色の肌が広がっている。しかし、少しばかり筋肉を動かすと肌は逆立ち、鮫肌の如き荒さを作る。
「ふん……神の啓示など聞いた覚えは無いが」
「神がそなたを必要としたのじゃ。このわらわと同じく、のう」
「神など知らん。己はただ、復讐の炎と怒りの炎を未だ、残しているだけだ」
言って、男は右手に燃える炎を自らを埋めていた大穴に向かって放つ。炎は地面を駆け抜けて燃え広がり、しかしものの数秒で鋼へと変質を遂げる。
「鋼の炎か。実に面白い力ではないか。そのような力、人間も持ち合わせてはおらぬぞ?」
「……ふん、鋼になど興味は無い。己が抱くは、常に溶かす力だ」
言いつつ男は手に新しく生え出した鱗を、自身の内側にある熱で溶かし、ポタポタと辺りへと零す。
「竜になることはできんな……下らん」
「その姿を不要と、そなた自身の力が判断したのじゃ。竜などもはや下等。そなたは、それよりもはるか高みに到達しておる。そういうことじゃ。して、そなたの名は?」
「名?」
男はベロニカに訊ね返す。
「『バンテージ』などという不名誉な名は捨てよ。神より与えられた名が、あるじゃろう?」
ベロニカの言葉に、男はしばし思案する。
「スルト」
「終焉に立つ者の名か。素晴らしき名よのう」
ベロニカは妖しく笑い、男――スルトはその笑い方が気に喰わないのか、そのまま彼の者を置いて歩き始める。
「どこへ行くのじゃ? わらわたちの行くべきところは、もう決まっておると言うのに」
そう言って、ベロニカはスルトを追い掛ける。




