【-沈む-】
バンテージが唸り、だが誠は動じずにゆっくりと彼の者に歩む。冷ややかに彼の者は笑い、次に跳躍すると鋭い尾の一撃を誠に叩き付ける。
「効かないよ、バンテージ」
陽光の盾と月光の盾を両手で重ね合わせて、誠は尾の一撃を受け止めていた。バンテージが地面に着地し、鋼の拳を打ち込む。それを月光の盾で弾き、時に陽光の剣で捌きながら、絶妙なタイミングで反撃を行う。
陽光の剣はバンテージの鱗を剥ぎ、露出した肌を容赦なく焼き、裂いて行く。
「ぐ、っぅうう!?」
「僕の眼は君の、弱所を見ることができるようになった。これも君の言うところの竜の加護、だろう?」
鋭く繰り出される拳を赤子をあやすかのように捌いて、陽光の剣は絶え間なくバンテージに振るわれる。そのどれもが鱗を貫き、彼の者に致命的では無いが小さくも確実なダメージを伴わせている。
「凄い」
「やっと、あいつは本気を出すようになったんだな」
「本気?」
「ああ。いつまでも逃げ腰で、弱虫で、臆病者。だから、恐怖、怯え、逃避で自らを奮い立たせていた。だから、中途半端に強く、中途半端に弱かった。だが、もう違う。あの餓鬼は、勇気、覚悟、そして自らの意志と自らに託された遺志で戦いに赴いている。臆病者の俺には教えられなかったその最後の一押しが、こんな形になるとは思いもしなかったが……昼夜を問わず刃を交え、しかし決して倒れることのない戦士を、俺は育てることができたんだな」
「酒を飲んで、夜も暴れ回っていたって、チキンから聞いていたけど、そんな意図が?」
「半分はあった。残りの半分は、いつまでも本気にならねぇ、あの餓鬼への苛立ちだ。だが、あの強さは、テメェが得るべき強さじゃねぇ。分かっているな? 俺とディルじゃ、方向性が違う。テメェにはテメェに合った、強さの伸びがある。だから、俺たちはバンテージを止めて生き残るぞ」
「……うん」
誠だけでもバンテージを十分に釘付けにできているが、それ以外になにかしらの攻撃が起こり得るかも知れない。特に、鉄杭を大量に撃ち出す息吹だけは、絶対に阻止しなければならない。
「バンテージ、君がグレアムを襲わなければ、彼は死ぬことはなかった」
「ほう? ならば貴様は復讐心で戦っているわけか?」
「そんなわけ、無いだろ!」
誠がバンテージを陽光の剣で裂く。バンテージはさすがに近接戦闘に限界を感じてか、大きく距離を取った。
「僕は復讐のために戦ったりはしない! 僕がこれから戦うのは、誰かを守るために戦うからだ! お前と戦っているのも、誰かを守るために戦うからだ!! これ以上、現実の辛さに押し潰されないために、僕は君と戦っている! それは復讐なんかじゃない!! これは、覚悟だ!」
「ならばその覚悟を己は、全て消し飛ばしてくれよう!!」
竜に転じたバンテージが口元に力を溜め込む。
「全力で阻止して!」
「だったら君も協力しろよ」
「急に強くなったからって、いい気にならないでよ、チキン!」
雅は言いつつ全速力で駆ける。ナスタチウムはもう岩を纏わせることができない。だから補助とばかりに地面に拳を打ち付け、雅の前方に足場を作る。変質した空気を踏み締めて跳躍し、足場に乗って、また変質した空気を踏み抜いて別の足場に乗り、銀色の竜の頭上を取る。
「滅べ、人間」
口元に蓄えられた力に、銀色の竜が息をまさに吹き掛けようとしている。飛び掛かるだけでは間に合わない。雅は竜の上側の空気を変質させて、蒼色に染まっている短剣を力強く投擲する。
変質させた空気に触れ、角度と速度を修正されて、蒼色の短剣が銀色の竜の背中に突き立つ。またも力の放出を阻止された銀色の竜は咆哮を上げる。
「まだだ! まだ口元に残っているぞ、餓鬼!!」
銀色の竜の口元には、まだ力が残っている。暴れ回りつつも首だけはしっかりと雅の方を向いている。そして溜め込まれた空気を、吹き掛ける。
誠がナスタチウムの作った足場に飛び乗り、雅の前に躍り出ると、陽光と月光の盾を重ね合わせ、それを両手から放射状に拡散させて、巨大な盾を作り出す。
力が弾けて、放出される鉄杭の数々が二つの光の力を組み合わせた盾によって、悉く弾き落とされて行く。
『光使い』としての、力の扱い方の幅も上がっている?
雅は陽光の剣、盾。そして月光の剣、盾。更に鎧や槍などしか見て来なかった。しかし、今、自身を守っているのは、打撃と斬撃のどちらをも弾く絶対的な盾である。
「雅!」
「……名前で呼ぶな、チキン!」
誠の陰から飛び出て、落ち行く体を気にせずに空気を変質させて、残っていたもう一本の紅の短剣を投擲する。それは角度と速度を修正され、風圧によって射出され、銀色の竜の尾に突き立つ。
受け身を取って、転がりながら起き上がり、雅はその突き立てている紅の短剣を掴み、力任せに銀色の竜の尾を引き裂いた。尾は体から切り離され、熱を帯びたヘドロのような血が迸り、雅は体に浴びないように走る。
「ぁああああああああああ!!」
倒れた銀色の竜の背中に突き立ったままの蒼の短剣を掴み、走りながら肉を断ち切る。
そうして、銀色の竜が暴れ直す寸前まで肉を断ったところで、離脱する。
「ォ……ォオオオオ」
熱を放出しながら、銀色の竜は立ち上がりながらも、すぐにまた倒れた。
「テメェの熱で、動きを止めてやるよ、バンテージ」
ナスタチウムが大地に拳を打つ。銀色の竜を中心に、大きく大地が凹んで、更にその上に大量の岩が転がされ、バンテージは岩の下敷きとなった。
しかし、それらの岩は全てバンテージが帯びていた熱によって溶け、大きな穴は溶岩の池となった。
「はっ、溶岩の中じゃしばらくは出て来られないだろ」
「生きているの?」
「溶けた鉄の体で歩き回る竜だぞ? それでも溶岩が冷え固まれば、身動きが取れなくなる。ほんのしばらくの間だけだが」
「…………じゃぁ、終わり?」
「終わりじゃないだろ。そのほんのしばらくの間に、街の人を逃がし切らなきゃならない」
「……分かっているわよ、そんなこと」
光を手元から弾けさせて、誠は淡々と言い放ったのち、足場から降りて、深い溜め息を零す。
「おーい、あんたたち! 前方からの連絡だ! 街の人の約半数が山を降り切った! ただ残り半数がまだ残っている! 手伝ってやってくれ!」
アジュールの頼みに雅は相槌を打つ。誠はなにも言わずに歩き出そうとしたので、雅は慌てて引き止める。
「あんたはここに居なさい」
「それじゃ、街の人を守れない」
「バンテージがまた動き出さないように見張れって言ってんの。それでも十分に守っていることになるから」
「……ナスタチウム?」
「あー、そうだな。現状、バンテージを押し止められるのは餓鬼だけだ。言われた通り、ここに残れ」
「じゃぁ、アタイも残る。残りが山を降り切ったら、アタイがこいつを乗せて、まぁ空は飛べないけど、地でも走ってそっちに合流する」
「だ、そうだ。言う通りにしろ、餓鬼」
「……分かった」
誠は腰を降ろし、竜の眼――爬虫類の眼光を鋭く溶岩の池に向けたまま動かなくなる。アジュールがその横に腰を降ろした。
「俺の育て方は、間違っていたのかもな」
街道に出たところで、ナスタチウムが呟く。
「昼夜問わず戦える討伐者にはなった。けれど、感情が付いて行っていない気がする。止め処なく溢れるものを、全て受け止めることができんのか、分かんねぇ。そんなことは一つも、教えていねぇからな」
「大丈夫だよ」
「なんで分かる?」
「私だって、ディルに訓練を受けていたんだよ? それでも、こうやって感情をちゃんと受け止め切れている。三日も経てば、いつものチキンに元通りになるわよ」
「そうだと良いが」
「強いだけじゃ駄目なんだって気付いているから。心をちゃんと、整理してチキンは強くなる」
雅は自身の未熟さを憂いつつも、一人の少年の成長に少しばかり、羨んだ。




