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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
136/323

【-沈む-】

 バンテージが唸り、だが誠は動じずにゆっくりと彼の者に歩む。冷ややかに彼の者は笑い、次に跳躍すると鋭い尾の一撃を誠に叩き付ける。

「効かないよ、バンテージ」

 陽光の盾と月光の盾を両手で重ね合わせて、誠は尾の一撃を受け止めていた。バンテージが地面に着地し、鋼の拳を打ち込む。それを月光の盾で弾き、時に陽光の剣で捌きながら、絶妙なタイミングで反撃を行う。

 陽光の剣はバンテージの鱗を剥ぎ、露出した肌を容赦なく焼き、裂いて行く。

「ぐ、っぅうう!?」


「僕の眼は君の、弱所を見ることができるようになった。これも君の言うところの竜の加護、だろう?」


 鋭く繰り出される拳を赤子をあやすかのように捌いて、陽光の剣は絶え間なくバンテージに振るわれる。そのどれもが鱗を貫き、彼の者に致命的では無いが小さくも確実なダメージを伴わせている。

「凄い」

「やっと、あいつは本気を出すようになったんだな」

「本気?」


「ああ。いつまでも逃げ腰で、弱虫で、臆病者。だから、恐怖、怯え、逃避で自らを奮い立たせていた。だから、中途半端に強く、中途半端に弱かった。だが、もう違う。あの餓鬼は、勇気、覚悟、そして自らの意志と自らに託された遺志で戦いに赴いている。臆病者の俺には教えられなかったその最後の一押しが、こんな形になるとは思いもしなかったが……昼夜を問わず刃を交え、しかし決して倒れることのない戦士を、俺は育てることができたんだな」


「酒を飲んで、夜も暴れ回っていたって、チキンから聞いていたけど、そんな意図が?」

「半分はあった。残りの半分は、いつまでも本気にならねぇ、あの餓鬼への苛立ちだ。だが、あの強さは、テメェが得るべき強さじゃねぇ。分かっているな? 俺とディルじゃ、方向性が違う。テメェにはテメェに合った、強さの伸びがある。だから、俺たちはバンテージを止めて生き残るぞ」

「……うん」

 誠だけでもバンテージを十分に釘付けにできているが、それ以外になにかしらの攻撃が起こり得るかも知れない。特に、鉄杭を大量に撃ち出す息吹だけは、絶対に阻止しなければならない。

「バンテージ、君がグレアムを襲わなければ、彼は死ぬことはなかった」

「ほう? ならば貴様は復讐心で戦っているわけか?」

「そんなわけ、無いだろ!」

 誠がバンテージを陽光の剣で裂く。バンテージはさすがに近接戦闘に限界を感じてか、大きく距離を取った。


「僕は復讐のために戦ったりはしない! 僕がこれから戦うのは、誰かを守るために戦うからだ! お前と戦っているのも、誰かを守るために戦うからだ!! これ以上、現実の辛さに押し潰されないために、僕は君と戦っている! それは復讐なんかじゃない!! これは、覚悟だ!」


「ならばその覚悟を己は、全て消し飛ばしてくれよう!!」

 竜に転じたバンテージが口元に力を溜め込む。

「全力で阻止して!」

「だったら君も協力しろよ」

「急に強くなったからって、いい気にならないでよ、チキン!」

 雅は言いつつ全速力で駆ける。ナスタチウムはもう岩を纏わせることができない。だから補助とばかりに地面に拳を打ち付け、雅の前方に足場を作る。変質した空気を踏み締めて跳躍し、足場に乗って、また変質した空気を踏み抜いて別の足場に乗り、銀色の竜の頭上を取る。


「滅べ、人間」


 口元に蓄えられた力に、銀色の竜が息をまさに吹き掛けようとしている。飛び掛かるだけでは間に合わない。雅は竜の上側の空気を変質させて、蒼色に染まっている短剣を力強く投擲する。

 変質させた空気に触れ、角度と速度を修正されて、蒼色の短剣が銀色の竜の背中に突き立つ。またも力の放出を阻止された銀色の竜は咆哮を上げる。


「まだだ! まだ口元に残っているぞ、餓鬼!!」


 銀色の竜の口元には、まだ力が残っている。暴れ回りつつも首だけはしっかりと雅の方を向いている。そして溜め込まれた空気を、吹き掛ける。

 誠がナスタチウムの作った足場に飛び乗り、雅の前に躍り出ると、陽光と月光の盾を重ね合わせ、それを両手から放射状に拡散させて、巨大な盾を作り出す。

 力が弾けて、放出される鉄杭の数々が二つの光の力を組み合わせた盾によって、悉く弾き落とされて行く。


 『光使い』としての、力の扱い方の幅も上がっている?


 雅は陽光の剣、盾。そして月光の剣、盾。更に鎧や槍などしか見て来なかった。しかし、今、自身を守っているのは、打撃と斬撃のどちらをも弾く絶対的な盾である。

「雅!」

「……名前で呼ぶな、チキン!」

 誠の陰から飛び出て、落ち行く体を気にせずに空気を変質させて、残っていたもう一本の紅の短剣を投擲する。それは角度と速度を修正され、風圧によって射出され、銀色の竜の尾に突き立つ。


 受け身を取って、転がりながら起き上がり、雅はその突き立てている紅の短剣を掴み、力任せに銀色の竜の尾を引き裂いた。尾は体から切り離され、熱を帯びたヘドロのような血が迸り、雅は体に浴びないように走る。

「ぁああああああああああ!!」

 倒れた銀色の竜の背中に突き立ったままの蒼の短剣を掴み、走りながら肉を断ち切る。

 そうして、銀色の竜が暴れ直す寸前まで肉を断ったところで、離脱する。

「ォ……ォオオオオ」

 熱を放出しながら、銀色の竜は立ち上がりながらも、すぐにまた倒れた。

「テメェの熱で、動きを止めてやるよ、バンテージ」

 ナスタチウムが大地に拳を打つ。銀色の竜を中心に、大きく大地が凹んで、更にその上に大量の岩が転がされ、バンテージは岩の下敷きとなった。

 しかし、それらの岩は全てバンテージが帯びていた熱によって溶け、大きな穴は溶岩の池となった。

「はっ、溶岩の中じゃしばらくは出て来られないだろ」

「生きているの?」

「溶けた鉄の体で歩き回る竜だぞ? それでも溶岩が冷え固まれば、身動きが取れなくなる。ほんのしばらくの間だけだが」

「…………じゃぁ、終わり?」


「終わりじゃないだろ。そのほんのしばらくの間に、街の人を逃がし切らなきゃならない」

「……分かっているわよ、そんなこと」


 光を手元から弾けさせて、誠は淡々と言い放ったのち、足場から降りて、深い溜め息を零す。

「おーい、あんたたち! 前方からの連絡だ! 街の人の約半数が山を降り切った! ただ残り半数がまだ残っている! 手伝ってやってくれ!」

 アジュールの頼みに雅は相槌を打つ。誠はなにも言わずに歩き出そうとしたので、雅は慌てて引き止める。

「あんたはここに居なさい」

「それじゃ、街の人を守れない」

「バンテージがまた動き出さないように見張れって言ってんの。それでも十分に守っていることになるから」

「……ナスタチウム?」

「あー、そうだな。現状、バンテージを押し止められるのは餓鬼だけだ。言われた通り、ここに残れ」

「じゃぁ、アタイも残る。残りが山を降り切ったら、アタイがこいつを乗せて、まぁ空は飛べないけど、地でも走ってそっちに合流する」

「だ、そうだ。言う通りにしろ、餓鬼」


「……分かった」


 誠は腰を降ろし、竜の眼――爬虫類の眼光を鋭く溶岩の池に向けたまま動かなくなる。アジュールがその横に腰を降ろした。

「俺の育て方は、間違っていたのかもな」

 街道に出たところで、ナスタチウムが呟く。

「昼夜問わず戦える討伐者にはなった。けれど、感情が付いて行っていない気がする。止め処なく溢れるものを、全て受け止めることができんのか、分かんねぇ。そんなことは一つも、教えていねぇからな」

「大丈夫だよ」

「なんで分かる?」

「私だって、ディルに訓練を受けていたんだよ? それでも、こうやって感情をちゃんと受け止め切れている。三日も経てば、いつものチキンに元通りになるわよ」

「そうだと良いが」

「強いだけじゃ駄目なんだって気付いているから。心をちゃんと、整理してチキンは強くなる」

 雅は自身の未熟さを憂いつつも、一人の少年の成長に少しばかり、羨んだ。

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