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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
134/323

【-血の涙-】

「妹を殺し、詫びもせず生き続ける人間どもが!! どうして己の怒りを理解し、死に絶えないのだ!?」

 寸前、瞼を閉じたまま誠は月光の鎧を纏う。バンテージが胸倉を掴み、投げ飛ばされた。姿勢を整えることすらままならず、地面に大きく体を打ち付けながら、倒れる。


 そして、誠が投げ飛ばされた先で起き上がる。


 足音だけで分かる。バンテージは竜へと姿を転じている。そして、大きく息を吸っていることも、瞼を閉じていることで鋭敏となった聴覚が伝えて来る。間違いなく、バンテージは息吹を吐こうとしている。


 鉄杭は斬撃なのか、それとも打撃なのか。


 先端は鋭利に尖っている。ならば陽光の鎧が有効になる。しかし、全身に及ぶだろう衝撃はきっと打撃に近い。

 どちらを纏っても、あの力を防ぐ術が見当たらない。


「切断に強い方を纏って! 早く!」


 刹那、雅の声が聞こえて誠は全身に陽光の鎧を纏う。

 銀色の竜が雄々しい呻き声を上げ、鋭い風切り音が周囲一帯を駆け巡る。固められていたはずの力は消え去り、誠の体にもどうやら風切り音が幾つか襲って来たようだが全て、陽光の鎧で防ぎ切った。これは恐らく、真空の刃だ。風が真空を作り出し、カマイタチが辺りへと放出されたに違いない。

「間一髪」

 薄っすらと瞼を開く。八割以上を奪われた視覚が、どうにか雅が木々の合間から出て来るところを捉えた。

「グレアムが呼んでいるわ。私の出て来たところから真っ直ぐのところに居る。私じゃあなた以上には()たせるができない。早く!」

「目が、ほとんど、見えないんだ。自分の力で……焼いて、しまった」


「……立ち上がれ、チキン!! あんたに私は言ったわよ!!」

 雅が誠を無理やり立ち上がらせて、自身の来た方へと体を向かせる。

「グレアムが、待っているの!!」


 そう言い残して、雅の声は遠くなって行く。どうやらバンテージとの交戦に移ったらしい。あの打撃を防ぐ術がほとんどない雅には、荷が重すぎる。

 誠は残った視力で、必死に前を進む。海魔が出て来ないのは、雅とアジュールがここまでの道のりで粗方、片付けたためだろうか。木の根で転び、覚束ない足取りでフラ付き、それでも言われた通りに真っ直ぐ進み続けて、誠はアジュールとグレアムを見つけ出す。

「……嘘、だ」

 誠は脱力し、膝を折る。


 グレアムは地上に降りた際、人の姿となって倒れたのだろう。

 そこをエッグに狙われた。誠が見た光景は、エッグに下半身をほとんど呑み込まれているグレアムと、その横で誠を待ち続けていたアジュールの姿だった。


「遅いぞ」

「早くこっちに……! バンテージの一撃がほぼ致命傷だったこともあるけど、まさかエッグに狙われるなんて!」

 アジュールに引き寄せられ、尚も誠は現実を突き付けられる。

「助けられない、のか?」

「エッグに捕まれば、助けられない」

「そんな!」

「……ふははは、ドラゴニュートがエッグに喰われるなど、恥だ。このままフロッギィの幼生に餌として全身を渡すつもりはない」

 グレアムは力強く言うが、腹部からは止め処なく血が流れ続けている。


「アタイは、ドラゴニュートとしての務めとして、エッグごとグレアムを焼き払う」


「なんでだよ!! そんなの仲間じゃないだろ!!」

「仲間だからこそ、こんな死をアタイは認めない!」

「くそっ、くそ!!」

「落ち着け、小童。どうした? 目でも悪くしたのか?」

 グレアムが呟き、アジュールが強引に誠を引き寄せ、眼球を確かめる。

「自分の光で目を焼かれている。これじゃ、ほとんど見えてないのと一緒だ」

「僕のことは良いんだよ!」


「良くは、ない」

 グレアムは静かに言い、続いてアジュールと視線を交錯させる。


「……グレアムが決めた。だからアタイはそれに従う。これからグレアムの眼を、あなたの眼に継がせる」

「なんだよ……それ」

「海魔の眼を得るわけだから、体に影響が出るかも知れない。けれど、あんたがグレアムの意志――いや、遺志を受け継ぐことができるのなら、それでも竜の加護が宿る可能性がある。そうすれば、きっと身体に影響は出ないだろうさ」

「早くしろ、時間が無い」

 グレアムが催促の言葉を零す。


「どうしてみんな、僕のためにそんな風に! 身を捨ててまで頑張れるんだよ!!」


「アタイは言ったよね、あんたに」

 アジュールが重い声で誠に告げる。

「あんたに大切な品、贈り物が与えられるとき、あんたはその臆病な心を精一杯に振り乱し、覚悟を決めて現実に立ち向かえ。そう言った」

「……言った。確かに言ったよ、でもこんなのって!」

「これも一つの贈り物だ! そして後生、ずっとあんたが持ち続ける大切な品だ! グレアムの意向を無碍(むげ)にするな。そんな臆病者は、アタイが噛み砕いてやる!」

「脅すな、アジュール。小童、こっちに来い」

 誠はフラ付きながら、グレアムの傍に寄る。

「貴様と勝負をしたときから、これは運命だったのだ」

「こんなことを運命だなんて言うんじゃない!」


「数々の苦難、災難、困難が、これからも貴様を襲う。それは貴様が討伐者となったときから、そしてその自身を傷付ける『光』の力を持ったときから、決まっていたことなのだ。そして、我の眼であれば、その光から貴様を守ることができる」


「……僕は、あんたと勝負した。でも、たったそれだけだ。たったそれだけなのに、どうして僕に大切な物を、与えようとするんだ?」

「それは、我が貴様を認めたからだ。貴様には万物を砕き、そして裂く刃もある。ならば、我がこの死期において、貴様に与えられるのは、この眼だけだ」

 グレアムが咆哮を上げる。

「我はこの者を認める! これより我の眼は、我が認めし者に授けられる!! 同胞よ! なにも悲しむことはない! 我が死しても、この者の眼から我は世界を見据えているのだから!!」

 グレアムの指が誠の額に触れ、そして互いの視線が交錯する。その瞬間、誠の両目に鋭い痛みが迸った。

「う……ぐ、ぁ、っぁああああああああああ!!」

 悲鳴を上げ、のた打ち回り、それでも痛みが取り除かれない。


 痛い。


 痛い。


 痛い痛い。

 

 痛い痛い!!


 痛い!!


「グレアムの遺志が、一人の人間に移ったことをアタイは見た」

 目を見開き、天空を見上げた誠の両目から血の涙が零れ落ちる。しかし、それ以後、眼球から訪れる痛みが一切、消え去る。

「眼は継承された。あとを頼む、アジュール」


「アタイは年上嫌いの雌だ。けど、あと十年早く産まれていたら、あんたと一緒に心中していたかもね、グレアム」

 アジュールが誠をグレアムから突き放し、竜の姿となる。力が口元に蓄えられ、固められ、そしてそこに大きく吸い込んだ息をアジュールが吹き込む。

 力が弾けて、火炎となりグレアムごと、エッグを焼いて行く。


「我の名はグレアム!! この死を誇りとし、巡りの果てにおいて再び、相見あいまみえることを願っている!!」

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