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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
132/323

【-“翼”を持たない竜-】

「厄介だなぁ、おい!」

 言いながらも、状況を楽しんでいるような声をナスタチウムは発する。

「おい、餓鬼ども。テメェらはナーガは初めてか? なら、荷が少し重いよなぁ! どうせお前は戦わねぇんだろ? だったら、それを大事に持っていろ。どこかに放り出したら、許さねぇ」

 薄黄色の外套と合わせて、ナスタチウムはリュックサックを誠に投げて寄越す。


 ナスタチウムの右手が自らの左胸――正確には衣服に触れる。手が触れたところから繊維は岩と化し、そして衣服から露出している肌すらも岩は飲み込んで行く。そうして、“全身が岩に包まれたところで”、大きく息を吐いた。


 まさに幻想の物語に出て来るゴーレムである。


 岩を全身に見に纏ったナスタチウムがナーガの振るった尾を両腕で掴むと、その巨躯と重量から繰り出される剛力によってナーガを持ち上げて、彼の者の上半身を地面に叩き付けた。凄まじい衝撃を受け、ナーガはこの一撃によって息絶えた。

「自分の体を、変質させる、って言うの?」

「ナスタチウムは人より皮膚の再生や自然治癒力が高いから、自身を覆っている衣服の繊維、そして皮膚の薄皮一枚だけを変質させることでゴーレムになる。一部は変質させずていないから、視界の確保もできている」

 とはいえ、ナスタチウムがゴーレムとなって戦う様を見るのは二度目なので、まだ誠は動揺が隠せないでいる。この大男も人外に近い。この姿を見ると、そのようにしか見えない。


「だから“戦神”、って異名なんだ」


 雅はなにか呟いていたが、真横から跳躍して来たフロッギィの対処に追われて、誠から離れ、すぐさま彼の者を引き裂いて仕留める。

 ゴーレムになったナスタチウムは動きが酷く鈍重になり、歩みも遅くなる。体に掛かる負荷が人並み以上なのだ。つまり、あの大男は望んでしんがりを務めるということだ。

「下がれ、餓鬼ども。貴様らは逃げている一般人を追い掛けて、フロッギィとナーガの対処をしろ。後方から来る海魔は居ないと思え」

「行くよ」

 誠が雅に声を掛ける。そしてグレアムとアジュールもナスタチウムの変身と、その大男の覚悟を見て、街の人々を追い掛け始めていた。

「でも、ナスタチウムが」

「ナスタチウムは死なない。僕はそれだけは、言えるんだ」

 あの大男はこのような戦禍の中で死ぬような生き方をしていない。臆病者と自身を罵っているのは、岩で自分自身を強固な鎧で固め、そして重みと力で圧殺して行くからだ。ナスタチウムは『土使い』としての力をサポートに回さず自己強化に回す。それが傍から見れば異端であり、本人から見れば臆病者紛いの行いだと思っている。思い込んでいる。

 しかし実のところ、ナスタチウムは臆病などではないのだ。あの岩の鎧を纏ったときから、もうあの大男は異名通りの強さを手に入れる。酔いなど当の昔に醒めて、ただ迫り来る海魔だけを潰し続ける機械になれる。

「餓鬼に動かされるのが大人ってぇのは、この時代はやっぱ腐ってんよなぁ!! だが、暴れ回ったあとの酒は段違いで美味ぇってことだけは、確かなんだよなぁ!!」

 フロッギィを殴るだけで腹部を貫き、そしてナーガの尾を受けても微動だにせず、ナスタチウムが豪快に叫ぶ。

 雅はしばらく悩んでいたようだったが、やがて誠に言われた通りに走り出した。誠はナスタチウムの荷物を纏めて、背負って走り出す。


 竜の雄叫びが聞こえる。


「前方でなにやら問題が起こっているようだ」

「できることなら、そこに救援したい。乗せてもらえる?」

「任せろ」

 グレアムが竜に転じ、その上に雅が飛び乗った。

「あんたも来なさい」

「なんでっ、僕まで!?」

 竜と化したアジュールの腕に掴まれ、それからポイッと背中に乗せられてしまう。文句を言ったときにはもう飛翔したときだった。

「なにがおかしいんですか」

「力関係で中空において、交差する際は弱い者が道を譲るのは教えたじゃない?」

「はい」

「それを無視している竜が居るみたい」

「無視……? 待ってください、なにか嫌な予感が!」


 言い切る前に、真横を飛んでいたグレアムの腹部に、見慣れない竜の爪が突き立っていた。


「う……がっ?」

「グレアム! その子を落とした駄目だよ! 命懸けで地上まで降りるんだよ!」

 アジュールの声が届いたか、それともグレアム自身の判断からか、翼膜を広げて翡翠色の竜は滑空の体勢に移る。

「なんだよ、あいつ」


 目を疑う。


 グレアムの腹部に爪を突き立て、張り付いている竜の背中には“翼”が無い。だとすれば一体どのようにして、この場まで来たというのだ。

 考えられるのはただ一つ。ここまで、尋常ならざる力を注ぎ込んで跳躍した。それしか、“翼”の無い竜がここに到達できる術は無いのだ。

 グレアムをそのまま引き裂き、殺そうとしている。それを察した雅が跳ぶ。グレアムが合わせるように上体を引っ繰り返す。そうして雅はグレアムの腹に跳び付いた竜の背中に乗り移った。あんな芸当を、この空中でやる勇気は誠にはない。アジュールもなにも言わない。


 それは、そこに居る“翼”の無い竜の放つ異様さに、誠もアジュールも体が竦んで動けないからだ。


「己の妹の加護を受ける不届き者を、ここで滅する」


 グレアムの腹部から爪を引き抜き、竜は――銀色の竜は背中に乗り移った雅を振り落とすべく、大きく暴れる。

「っ、く!」

 長く張り付くことも、一撃を見舞うこともできずに雅が振り落とされる。中空で姿勢を変え、銀色の竜が口元に力を収束させる。

「まずい、息吹が来る!!」

 誠が叫ぶのとほぼ同時に、固められた力に竜が息を吹き掛けた。力は弾け、無数の鉄杭になって雅へと降り注ぐ。

 しかし、雅は寸前、空中で真横に跳ねた。『風使い』として、空気に変質をもたらし、そこに接触することで風圧に乗せられて移動を可能にしたのだろう。そして、幸いなことに無数の鉄杭は全て街の人々にではなく、大きく外れたところへと降り注いで行った。これで犠牲者も出ない。


 問題は、この竜である。降下しつつも、大きく距離を取った雅をなんとしてでも捕まえようともがいているのが分かる。グレアムは血飛沫を上げながら生い茂る木々の方へと降下している。どれだけの傷かは分からないが、空中で体勢を立て直すことさえままならないほどの深手であったなら、そこに落ちたグレアムに危険が及ぶ。

「あの子を拾う」

「あいよ! でも、あの竜は怖いからね。さっさと行くよ!!」

 全速力とでも言わんばかりの加速でアジュールが雅の元まで羽ばたく。

「掴まれ!」

 誠が手を伸ばし、雅がその手を掴んだ。

「チキン! グレアムが!」

「分かっているよ!」

「このままグレアムの落ちて行ったところまで降りる! 周囲は海魔だらけだと思うよ! 気を付けな!」

 いや、それよりも。


 誠は振り返り、銀色の竜の様子を窺う。

 まだその眼光は、こちらを向いている。


「待って! それよりも銀色の竜から離れてください!」

「ああん? “翼”の無い竜がこれ以上、アタイたちに近付けるわけないだろ。それに、仲間もすぐにここに来る」


 仲間? 同胞の危機を感じ取り、ここに来る? あの竜は跳躍し、力関係を無視しながらここまで来た。一体どうやってだ?

 答えにすぐに至る。


「違います! みんなを銀色の竜から遠ざけてください!!」

 そう叫んだときにはもう遅い。

 銀色の竜に、グレアムが襲われたことを知った複数の竜が群がる。しかし、それを待っていたとばかりに銀色の竜が雄叫びを上げた。

 雄叫びを上げ、近場の竜の体を掴みそれを踏み台にしてアジュール目掛けて尋常ならざる速度で距離を詰めて来る。


「う、そ?!」

 雅が悲鳴にも近い声を上げた刹那、アジュールは回避に移る。だが、そこに合わせるように銀色の竜が上体を捻り、唸り声を上げながら彼女の片翼にしがみ付く。そして、咆哮を上げると、その翼を力強くもぎ取った。

 アジュールが悲鳴を上げ、凄まじい声量に誠と雅の脳が揺れる。意識を失い掛けるも、どうにか堪え切り、片翼をもがれて暴れるアジュールの体を誠が力強く叩く。


「暴れなくて良い! 銀色の竜はさっきので離れた! だから、このまま円を描きながら降下して行くんだ!」


 ()しくも、アジュールが降りて行く位置はグレアムが滑空とも呼べない落下をした木々の近くだ。誠の言葉に彼女は落ち着きを取り戻し、痛みに悲鳴を上げながらもフラフラと円を描きつつ降下して、誠たちは生い茂る木々の中へと降り立つ。


 竜の姿からアジュールが人の姿に戻り、右翼を失ったことで迸る血飛沫と、もう飛ぶことできなくなったことに対する悲壮感に包まれた表情で、痛みに耐えていた。


「近付くんじゃ、無いよ。アタイの血があんたたちに掛かれば、危険だ」

 声は弱々しいが、迸る血は徐々に減って行く。

「筋肉を硬くすることで、傷を強引に塞いでいる。リザードマンも、やってた」

 雅がアジュールに聞こえない声量で、ボソッと呟いた。

「アタイのことは良い。飛べなくても、まだ鍛冶がある。それよりも、グレアムだ。グレアムを探せ」


 良い? なにが良いと言うんだ?


 アジュールは誠との約束を果たせなくなった。それはどうしてだ、と誠は結論を探す。あの銀色の竜のせいか。それとも、雅のせいか。


 そうではない。自分だ。自分が戦わないから、こうなった。戦いから逃避し続けていたからこうなったのではないのか。

 もっと意欲的に、戦いに参戦していたならば、銀色の竜の異常性にもっと早く気付けたんじゃないのか。


 自分で自分を責め立てて、誠は近くの木を思い切り拳で叩いた。

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