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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
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【-討伐前夜-】


「けっ! こんな料理で俺を手懐けられたと思ったら大間違いだな」

 ディルは文句を言いながら、葵が作った料理をガツガツと礼儀も弁えずに荒々しく食している。その横でリィも料理を食べているが、こちらには荒々しさはなく、外見通りの拙さと、恐らくはどこかで培ったのであろう礼儀を持って料理を口に運んでいる。海魔が人間の作った料理を美味しいと思っているかは別として、ともかくディルのようにマナーのなっていない食事を摂る様子は全くない。

 反面教師というものだろうか。毎日、隣にこれだけ荒い男が居るのだ。こうはなりたくないという意思が芽生えて来ることもあるのではないか。

 葵の作ったスープを飲みつつ、雅はそんなことを考えていた。


 二等級海魔の報酬は三分の二がディルのものになるはずだった。しかし、葵が加わったことでその配当にも幾分か変化が生じ、更にはディルが不本意ながらも雅と葵の面倒を見るという項目も加わったことで、この男は純粋な三等分を不利益と感じたらしく、また無茶な要求を突き付けて来た。雅と葵がそれを抑えて、どうにか水と報酬のお金の分配を、三等分で終わらせてしまおうと努力するも「クソガキ、テメェ、死ね、喰われろ、能無し、雑魚、胸無し、ノロマ」とありとあらゆる罵声を浴びせ掛けて来るディルにはそもそも交渉の余地は無く、また「胸無し」の部分で雅が激しく怒ってしまったために、分配の話はややこしさを増し、そうした中で葵が「レイクハンターの討伐まで一緒に住めば、水もお金も共有することになるので、そうしましょう」という折衷案を提示した。これまた折衷にもなっていない的の外れた提案だったのだが、リィが「それで良い」と答えたことでディルが納得した。雅は最後まで「こんな性悪鬼畜男と一緒に住めるか!」と叫び続けていたのだが、それもリィの鶴の一声で黙らされることになり、こうして現在の形に落ち着いた。


 一時的に住む場所として抜擢されたのは雅の家だった。唯一の安寧の場所をディルなどという男に侵略されることが精神的苦痛を伴ったのだが、葵とリィに抑えられて雅は受け入れざるを得なかった。四人中三人が女性であることに対して、なにかと不便も起こるだろうと言ったのだが「テメェらみたいなクソガキに欲情しねぇよ、カス」とこれまた傲慢な態度を取ったディルが言ったように、雅の想像したような男女の問題は現状、起こっていない。それだけでも唯一の安心と取って良いものか、はたまた女性とすら見なされていないことに嘆き悲しむべきかと懊悩していたのだが、二、三日も経つとディルの横暴さには慣れてしまい、葵とリィが居るおかげで、我が家に少しばかりの団欒を感じることさえあった。


 ただし、同居と訓練は別物だ。同居において、ディルは特段、口出しすることはなかった。なにを言っても「クソガキ」と付け加えることはあっても、似合わないほどに雅と葵の言葉に従順だった。

 その鬱憤を晴らすことが目的とばかりに、戦闘訓練では罵詈雑言と暴力の嵐だった。ただ、同居中に起こったいざこざを引っ張り出して罵って来ない辺りに、どこかディルも弁えている部分が見え隠れした。それでも、訓練中にディルが手を抜くことはなく、また罵声も留まるところを知らなかった。


 そういった日々を過ごしている内に雅と葵も体中に青痣ができた。その痛みの果てで気付かされたのは、二人に対してディルは決して顔を傷付けるようなことはなかったということだ。無論、殴ろうとしたり蹴り飛ばそうとする素振りはするが、寸前でいつもディルはその暴力を止める。唯一無二の、ディルに残された紳士的な一面が露呈したわけだが、本人に自覚があるかどうかは謎のままだ。


「それで、明日のレイクハンター討伐だが」

 葵の出した料理をいち早く平らげたディルが口元を襤褸の外套の袖で拭い、切り出す。

「リィを付かせるが、俺はここでゆっくりさせてもらうぞ」


「「はぁっ!?」」


 雅だけでなく葵も素っ頓狂な声を出した。

「協力討伐なんて、そんな下らないことに俺が出ると思っていたのか?」

「え、いや、だって、え……あ、え?」

「確か約束は鍛えることだけだったよなぁ。レイクハンターを一緒に討伐してくださいと言われた記憶はねぇし」

「でも、なんでリィさんはあたしたちに預けるんですか?」

「レイクハンターの心臓をかっぱらうには、リィが居た方が楽だ」

「乞食かなんかなの!? 一生懸命、みんなで頑張って討伐したレイクハンターの心臓だけリィに持って行かせるとか最低最悪にもほどがあるでしょ!!」

 海魔の心臓を査定所に持って行くだけで、討伐成功と見なされることは雅も葵も分かり切っていることで、即ち、ディルがリィにやらせようとしているのはレイクハンター討伐の結果、得られる水とお金を独り占めするための算段なのだ。

「今回のレイクハンター討伐に参加するのは十人だろ。十等分なんかされたら、困るだろうが。利益は全部、俺のものだ」

「ここまで人間をやめていらしたなんて……ディルさん、予想以上に最低です」

「まぁ上手く行けばの話だ。最近のコイツは、そこのクソガキに甘いところがあるから、きっと嫌がるだろうが運良く強奪してくれたなら、儲けものだ」

「それにしたって、なんであなたは来ないのよ」

「『死神』が参加したらみんなが死ぬと思うだろ。ああいう、お涙頂戴みたいな協力戦ってのは士気が大切らしいんでな。俺が参加すれば失敗するかも知れない。ああ、俺がレイクハンターを仕留めるから失敗はしないな。死人が出るだけで」

 そこでこの場には不釣り合いな高笑いをしてみせる。

「首都防衛戦以降、『死神』の汚名――汚名とも思ってねぇが、そんな噂のせいで見事に協力戦では嫌われ者で厄介者だ。一度、仲間として行動していたはずの討伐者に海魔ごと始末されそうになったこともあってな。そんなつまんねぇクソみたいな連中に命を取られるのだけは勘弁なんだよ。だから、レイクハンターの討伐には行かねぇよ。テメェらでなんとかしろ。討伐までの二週間、一応ながらに戦い方を見てやっただろう?」


 一応ながら。


 そこだけ語意を強めにして、ディルは立ち上がって帳の落ちた外へと出て行った。

「暴力と罵詈雑言を浴びせるだけ浴びせていたあれが、戦い方を教えていたつもりだなんて、信じらんない!」

「あたしたち、なんのために頑張っていたんでしょうか……」

「もうっ! 二人して掛かってもディルをぶん殴ることもできなかったのに、こんな状態でレイクハンターと挑むことになるなんて!」


「期待してた?」


 リィが真意を突く発言をする。

「二人とも、ディルが居れば絶対に大丈夫だって安心していたでしょ? ディルが居ることに期待していたでしょ? それが分かったから、ディルは敢えて行かないんだ。ワタシには分かる。ディルを頼る人たちはみんな、死んじゃうから。心のどこかでディルが居るからと安心しているから、不意の一撃すら避けられない。なんとかしてくれる、なんて気前の良いことを考えて、怠ける。戦場での怠惰は死への近道だけど、お姉ちゃんたちは、そうじゃないって言える? だったら外に出たディルを呼び戻せば良い。そうして呼び戻しても、誰も、ディルの渇きは潤すことができないけれど」


 雅と葵は黙るしかない。

 ディルが居るから大丈夫だろう。これは二人の間でそれとなく感じ取っていた、怠け心だ。どんな危険に陥っても、ディルならどうにかしてくれる。ストリッパーと戦っていたときでさえ、助言をし、時に助けてくれた。だったら今回だって助けてくれるだろうと勝手に決め付けていた。


 その決め付けが、ディルにとっては迷惑だったに違いない。それだけでなく、頼られるということがなによりもあの男は苦手としていたのだ。


 自らを『死神』と噂する連中に苛まれ、そしてそんな連中に海魔ごと命を狙われたこともある。そんな過去があるのなら、どんな善人であれ心が歪む。

 雅に一度、ディルは過去を語った。そのとき、あの男は「育った御国のために」と日本の首都防衛戦に参加したのだ。だから、心が(いびつ)になってしまったのはきっとその前後になにかがあったからだ。


 本当に、それだけだろうか。


 それであそこまで偏屈に――イカれた男と揶揄されるほどの人格に変貌するだろうか。もっとなにか、綺麗な心を闇の深淵に誘われるような出来事があったんじゃないのか。


 でなければ、あんな男に成り果てるわけがない。


 そして、きっとその出来事にはこの特級海魔のリィが起因しているはずだ。彼女を拾い、連れ歩く理由がディルにはあるのだ。決して利用価値があるからではない。

 ディルがリィを見るときは穏やかで、リィの言葉はディルにとってほぼ絶対的で、まるでずっとずっと連れ添っている家族や友達、幼馴染みのようだった。そこからなにか、あの男の弱みかなにかを握ることはできないだろうか。

「雅さん?」

「へ、あ、御免なさい。なに?」

「明日、頑張りましょうね」

「……うん」

 葵に返事をしつつ、雅はリィに視線を落とす。

「あなたとディルはいつから一緒に居るの?」

「それ、前にも言った。いつからかは、分からない」

「……そう。御免ね、何度も訊いちゃって。それと、私たちは確かに甘えていたみたい。ディルの力を借りなくても、みんなと力を合わせて討ち倒してみせる。そしたら、ディルはちょっとは私たちのことを見直してくれるかな。ストリッパーを倒したときみたいに」

「うん、ディルは捻くれ者だから、素直には喜ばないけど、なにか言葉は掛けてくれると思う」

 リィは、可愛らしくはにかんだ。

「最初は信じられませんでしたけど、どこをどう見ても普通の女の子ですよね」

 葵はリィの頭を撫で、それが心地良いのか撫でられている彼女は犬や猫のように朗らかな表情を浮かべる。

「その分、ギャップが凄いんですけどね」

「あれのこと?」

「そうです。雅さんも最初に見たときは、どうしましょうって思いませんでした?」

 リィがずんぐりむっくりな海魔に変貌を遂げる様を見たとき、恐らく雅も葵と同じような反応をしたはずだ。あのときのことは記憶が混乱しているからかよく憶えていない。というよりも、恐怖を追体験しないように勝手に脳が鍵を掛けて封印しているようにも思える。だから、二度目にリィの海魔への変貌を見たときには、それほどの恐怖を覚えることはなかった。常人としてのネジが一本、抜け落ちてしまったような心持ちだが、普段のリィは人間そのものなので、変に意識してしまうよりも、ネジが一本抜け落ちたままの方が深く考えなくて済む。

「ディルが居ないから、私たちがリィを守らないとね」

 逆に守られるかも知れないなと思いつつも、そんな虚勢を張ってみせた。

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