【-卑屈なのかそれとも-】
「案外、つまらないですね。僕には大切な品も、贈り物も無いので。もっと劇的なことだと思ってみたら、拍子抜けです。武器に頼る強さ、武器に頼らない強さ。どちらも変わらないちゃんとした強さだとは知っています。だから、なにかが欲しいわけではありません。ただ、思っていたよりも、つまらない光景だなと、感じました」
駄々を捏ねているようだった。自分でもどうしてそのようなことを口にしたのか、いまいち判然としなかった。
ただ、ご都合主義的で、感動なんて一切無くて、自身が思い描いていたようなことが目の前で起こらなかったことへのイヤミなのだ。
あーあ、だから僕は弱虫なんだよ。
これは純粋な僻みだ。悪癖でも無いが、時折、突拍子も無いところで姿を現す。なにかを欲していないはずなのに、なにかを手に入れた人物を目の前にすると、どういうわけか衝動に駆り立てられる。
「あっはっはっは、良いね。良い感じにあんたは沈んでんね。浮き上がろうともしない、その諦観は見ていて清々しいくらいさ」
アジュールが大声で笑う。
「じゃぁ、あんたが守りたい者って一体、なんなんだい? あんたは自分自身だけを守りたいと思って力を使っているのかい? 頭のどこかで、誰かを守りたいという意思は、一欠片も無いと、言い切れるのかい?」
「言い切れはしませんけど」
「あんた、『光使い』なんだって? 月光と陽光で、打撃と斬撃が変わるって聞いたよ? そして自身を守る盾や鎧すらも作り出せるってね。でもそれって、自分を守るために使われる物だけれど、それを持つ者、身に纏う者は、誰かを守るために前線に出ているんだよ。あんたは騎士という言葉は知らないかい? 彼らは、誰かを守るための、絶対なる守護者だ。いわゆるクソ面倒臭いリザードマンの人間みたいなものさ」
「騎士、ですか」
騎士には憧れていない。ただ騎士道精神には憧れる。カッコイイから。ただそれだけの理由で、内容は深く知らない。
騎士は鎧を纏い、甲冑を纏い、盾を持ち、剣を握って戦いに出た。それも誠のように軽いわけでもなく、とても重いそれらを持って、戦った。
「誰かを守るための力だって言うんだったら、この僕の力は一体、誰を守る力だって言うんですか?」
アジュールは答えず、そしてナスタチウムも雅も答えない。それはまるで、自分自身で見つけ出せとでも言わんばかりの、沈黙だった。
「はぁ、もう良いです。そういうことで、熱くなるのも虚しいだけなんで」
誠は引き下がり、あとを任せる。
「さて、話は逸れたけれど、二重の加護を持つあんたは、その子たちを上手く扱えるように頑張ること。短剣より先に所有者が死ぬなんて悲しいことはさせないでよ」
「分かりました」
「じゃ、アタイの仕事は終わりってね。はー、久し振りに仕事して疲れた疲れた。んじゃ、ちょっくら寝て来るから、あんたたちはもう帰って帰って」
「帰るぞ、餓鬼ども」
ナスタチウムが身を翻す。
「あの!」
雅が店の奥へと消えようとしたアジュールを呼び止めた。
「一つだけ。あと一つだけ訊いて良いですか?」
「ん、なに?」
「……“力の理”ってなんですか?」
アジュールが顔を伏せた。彼女の尾がゆらゆらと揺れ、床を打つ。
「アタイらが持っている、木、火、土、金、水……力の塊さ。樹、炎、地、鋼、海。アタイらはみんなそれらの血を本来は流しているんだけれど、竜として発現するのはその内の一つと限られる。海竜の血は、誰にも発現しないけどね。そういった、あるべき力を一つに集約させたものを、アタイらは“力の理”とか“理”と呼んでいる。そこのあんた、グレアムの力を見たんじゃないかい?」
「口元に力が集約されて、息を吹き掛けることで発現した、あれのことですか?」
「そうさ。あれは樹竜の理。五行の血を流し、樹竜の血が発現した者だけが扱える力だ。でも、さっきも言ったように元来は、アタイらには五行全ての“理”が備わっている。けれど使える“理”は一つだけ。ただ、『バンテージ』の妹――今は亡き白き竜だけが、“全ての理”を使えたと言われている。『鋼』に限らず、全てをね。短命な白き竜には、扱い切れなかったようだけど……ね」
そこでアジュールは口を噤んだ。
「聞かせてくれて、どうもありがとうございました」
「いいや、聞いたところで、人間には関係のないことさ。アタイらの血の結実を話したところで、あんたたちには全く関係が無いことだからねぇ」
それじゃ、と言ってアジュールは店の奥に消えた。
「ディルのことか?」
店を出たところで、ナスタチウムが雅に問い掛けた。
「うん」
「“理”を奪われたんだったな。海魔が持つべきものが、人間に与えられていたってのが、まずおかしな話だったんだ。奪われて当然の代物だ……アルビノの意思には、反することではあるが、どうしようもない」
「取り返すことってできるの?」
「さぁな。貴様がもしも『クィーン』を――ベロニカを討ったとして、それでディルの元に“理”が戻るかどうかは分からん」
悲壮感溢れる面持ちで雅は「そっか」と呟いた。
「敵討ちほど、愚かな行為はないよ」
空気を読まず、誠は言い放つ。雅は案の定、喰らい付いて誠を睨み付けた。
「愚かな行為ってなによ」
「だってさ、敵討ちって誰かが死んでいるのに、その誰かのために戦って、殺すってことだろ? それはとっても愚かな行為だと思うし、なにより仮定が間違っているんだよね」
「なにが間違ってんのよ」
「敵討ちをするって胸に抱いた時点で、君は“ディルが生きているという可能性を否定しているんだよ”」
雅がハッとして、開けていた口を塞ぐ。
「君の心が、君が最も気に掛けているだろう人物を殺している。だから、敵討ちなんていうつまんない感情は捨てて、争い事にも目を背けて、平穏に、楽に生きて行くべきなんだよ」
普段ならば雅は強気に誠を責め立てて来るのだが、今日に限っては何故だか文句の一つも言って来ない。
僕にすら本心を見抜かれて、それで困っている、のか?
誠がそのように悩んでいる内に雅はキュッと唇を結び、全速力で坂道を降りて行ってしまった。




