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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
124/323

【-自らの強さに気付けない-】

「何故だ? 昏倒させるほどの一撃だったはずだ」

「速いよ、速すぎて怖い。ああ、怖い怖い」

 怖いから、もう早く終わらせてしまいたい。

「我の尾をどうやって防いだと言うのだ? 答えよ!!」

「カッコイイ言葉を遣わせてもらえるのなら、僕は前を踏み行く者だ。阻む者からの攻撃を防ぐ手段を、持っていないわけがないだろう? 盾だけじゃないよ、僕を守るのは」

 右手に爛々と煌めく剣を作り、左手にくすんだ輝きを持つ剣を抱く。そして誠は前方のグレアムをしっかりと視界に捉える。


 震えはもうない。驕りもない。胸の高鳴りは、いつものように沈んでいる。恐怖で跳ね上がっていたさっきまでの自分はもうどこにも居ない。


 だからここからは、僕に死角は無い。


 誠が一歩、また一歩とグレアムに近付いて行く。歩幅は広がり、そしてそれは疾走となり、グレアムの真正面から飛び掛かる。

 尾で(はた)き落されそうになる。右から襲来することを確認し、上体をそちらに向けて、月光の剣を盾にして受け止め、押し退ける。続いて隙のできた誠にグレアムの右手が爪を束ねて、刺し貫こうと繰り出された。誠は陽光の剣でこれを受け止め、弾く。

「なんだ、なんだその力は!?」

「僕は、自分の力をなによりも怖がっている。だから、胡坐を掻くことなんて、できやしない」

 爪のラッシュを陽光の盾で受け止める最中に振るわれた尾が誠の体を打つが、もはや体はビクともせずに、ただグレアムの正面に立っている。そして月光の剣を携えて、熱を帯びた打撃を胸部へと繰り出す。

「効かぬわ!!」


「そうだね」

 月光の剣を片手で回す。柄頭から陽光の輝きが噴出し、代わりに月光は輝きを沈ませて、そこが石突きとなり、陽光の槍へと変貌を遂げる。

「これは、どうだろうね?」


 言ったときにはもう、誠は陽光の槍をグレアムの腹部に突き刺していた。静かにグレアムから陽光の槍を引き抜き、そして少しだけ後退する。

「認めん……我がこのような力如きで、負けるなど!!」

 グレアムは唸り声を上げ、天空に向かって飛翔すると、たちまち翡翠色の竜の姿となり誠へと急襲する。顎で噛み砕かれそうになった自らを守るため、誠は陽光の盾を展開させて、口元で押さえ込むが、圧倒的な力でそのまま押し飛ばされそうになる。

 誠を砕けないと見た翡翠色の竜は後退し、飛翔すると咆哮し、口元に力の塊を燻らせる。


「やめよ、グレアム!!」


 長の声は届かない。喉奥から蓄えられた息が、口元の力の塊に向かって吹き掛けられると、地上目掛けて無数の木の根が放たれる。それも大樹が地上に立つために数十年と掛けて太く(たくましく)しく張るような、巨大な木の根である。その先端は尖り、地上のあらゆるものを貫いて、大地すらも抉って行く。


 誠はその場から動かない。いや、恐怖で動けない。しかしその恐怖のおかげで、妙に動き回って飛来する木の根の幾つかに激突することからは免れられている。


 だから僕は、自分に降り掛かる木の根だけを、防ぐだけで良い。


 左右に陽光の剣を持ち、右手で剣礼を取るとそれを右下に振るい、それから斜め上から降り注ぐ大量の木の根を次から次へと、両手の陽光の剣で切り裂き、弾き飛ばしていく。


「ああぁああああああああ!!」


 らしくもない大声を上げ、自身がいつも木を的にして行っていた光の剣による連続斬り。ただそれだけに集中して、腕を振るう。光を剣とする上で最大の利点は、重みが無いこと。そして自身の腕にしっかりと付いて来ることである。だから誠が素早く動かせば動かすほど切れ味は増し、そしてその剣戟の速度も上がって行く。

 一分ほど経過したところで、誠は両手から光を解放する。天空から降り注ぐ木の根はもう、降り注いでは来ない。

 翡翠色の竜が嘶き、地上に降り立つと人型へと姿を変える。

「そこまでじゃ、グレアム」

「長よ、しかしそれでは我らの全てを覆されたことになりましょうぞ」

「あの小童は、そなたの胸を穿たず、腹を穿った。その時点でそなたの敗北は決まっておったのじゃ。分かるか? あの小童は、そなたの命を取ることも出来たが、そうはしなかった」

「……分かっておりました」

「そして、そなたの血に流れる樹竜の吐息(ブレス)すらも、防いでしもうた。完敗じゃ。この勝負、人間の勝ちとする」

 雅がグッと拳を作り、喜びを抑えながらも表情を緩ませる。誠は体から力が抜け、サングラスを頭に乗せると、その場にへたり込んだ。

「しかし、分からぬ。強くもなく、美しくもなく、頑丈でもない、あのような小童が何故、グレアムの尾に叩かれて生きておったのか」

「もう襲い掛からないと言ってくれるなら、説明しますよ?」

 誠はへたり込んだまま、老人に言い放つ。老人は静かに首を縦に振った。


「光は集めれば輝く。いわゆる光の鎧です。言っても、あの一撃が打撃であると判断して、月光の鎧を用いました。もしも尖った尾による裂傷を狙った一撃だったなら、八つ裂きにされていましたね。陽光の鎧を纏わせる判断はちょっと付かなかったので、一種の賭けになりました」

「薄く、軽く、しかし絶対に破れぬ強固なる鎧というわけか。まさに前を踏み行く者じゃな。しかし、ワシが一人ではなく複数人に小童を立ち向かわせていたならば、発揮されもしなかった力じゃ」

「ええ。だから僕は一騎討ちと知ったとき、心の中で喜ばせてもらいましたよ。西洋剣術に憧れて、形だけ真似てはみたものの決して習得することはできませんでしたが、一騎討ちにだけは、自信がありましたので」


 長は大きく笑い、そしてその老いた手を強く叩く。周囲から賞賛とばかりに多くの拍手が誠に浴びせられた。雅も僅かながらではあるが、小さく手を叩いていた。

「種の保存、選定は、小童のようなものが居ると分かった以上、どうしようもあるまいて。鳥籠は一時、やめとする。再びの時まで、ワシらも一考が必要になった」

 誠は起き上がり、その言葉を聞いて胸を撫で下ろす。

「良い戦いであった。我の力を全て剣戟で切り落とすとは、大したものだ」

「勝負とはいえ、腹部を貫いてしまったことを謝罪しますよ」

「なに、このような傷、我らに流れる血がすぐに塞いでくれる」

 流血はしていたがグレアムはピンピンとしており、そして誠に握手を求めて来た。握力で握り潰されやしないかと不安ではあったが、形式的にその握手に応えた。幸い、手は握り潰されずに済んだらしい。


「なに、あなた? あれだけ強いのに、なんでチキンなの?」

「少しは見直してくれたかい?」

「見直しはしたけれど、チキンなことには変わらないから」

 なんでだよ、と思いつつ誠は溜め息をついた。


「人間の女子よ。そして小童。約束通り、種の保存と選定は見送りとしよう。そして、そなたたちの言うことに“協力”しよう。しかし、どうする気じゃ? あの街の周囲に漂う海魔の数はそなたたちの想像を絶しておるぞ?」

「ドラゴニュートのお力添えがあれば、百人力ではないですか?」

「ふ……ふははは、よく言う人間の女子じゃのう。ワシらならば、多くの海魔は押し退けることもできよう。しかし、それだけで事は進まぬ。よぅく、街の現状を知り、再びこの場へと参られい。そのとき、ワシらが納得するような策を語らんようであれば、協力などせんからのう」

 木の根で荒れた大広場と建物をドラゴニュートが竜の姿へと変貌し、足で均し、そして建て直している。その様を見届けながら、長は奥の一番大きな建物の中へと消えた。

「これで君とナスタチウムの無茶振りをこなすことができたわけだ、あー疲れた。できることなら、もう死ぬまで戦いたくは無いね」

 開かれた門を潜り抜け、集落から出たところで誠が愚痴を零す。

「それだけ強いのに、なんで戦いが嫌いなのよ。分からないわ、やっぱり」


「何度も言うけど、僕は争い事が嫌いなんだよ。日和見主義の、弱虫で及び腰で、逃げ腰の男。そんな僕が強い? 違う違う、僕は弱いんだ。弱いからいつだって、死にたくないから生きていたい。無茶振りに付き合わされて、きっと死ぬだろうなと思ったから、生きたいと思ったから頑張った。ただ、それだけなんだ。だからもう、なにかのために僕が戦うとか、そういうつまんなことに期待なんかしないでよ。なにかあったときには僕は一目散に逃げるからね」

「力を持っているのに、それを有意義に使おうとは思わないの?」

「だから、僕の力は弱いものなんだよ。それと、誰かのために自分の力を使おうなんて思わないね。君みたいな偽善者じゃないから。僕は、臆病者さ。ナスタチウムが臆病者って自称していたことは理解できないけど、僕の言うことは君には伝わるんじゃないかい?」


 雅は、初めて会ったときと同じような辛辣な目で誠を睨んでいた。


「あなたのおかげで、あの街は救われるかも知れない。その可能性が出て来たことに関しては、素直に凄いと思う」

「そうかい」

「でも、あなたのことを凄いとは、思いたくない」

「それで良いよ。僕は、君とだってもう関わりたくはない。それでもナスタチウムに付き合わされるから、きっとこうやって顔を合わせることもしばらくあるんだろうけど、きっと反りは合わないね。僕は君と、分かり合おうとは思わないから」


 誠の頬を雅が手で張り飛ばした。そのときに感じた痛みは、どうしてかずっとあとを引いた。


 その後、会話もなく二人は山を降りて行き、海魔と遭遇しないように街門まで辿り着き、どうにかその中へと戻ることができた。

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