【-是か非か-】
「ワシらはそなたたち人間が絶滅に向かっておると感じ、種を保存しようと努めておる。時期尚早と言う輩もおるがワシはそうは思ってはおらん。その保護が、種の選定が気に喰わぬと、そなたは申すのか?」
老人に限らず、座しているドラゴニュートの全員の視線が二人に突き刺さる。
「はい」
「何故じゃ? ワシらの庇護下に置かれることのなにを拒む? 確かにワシらは海魔。そなたたち人間とは分かり合えぬ種であろう。しかし、分かり合えぬとしても種を存続させることはできるはずじゃ。ワシらは、これから繁栄するであろう種。そなたたちはこれより衰退するであろう種。ならば、その衰退し絶滅するであろう種を保存し、守ろうとすることのなにが悪いと言うのじゃ? 鳥籠が不満か? あそこには至高の快楽を用意すべく日々考えを巡らせておる。男が足りんか? 女が足りんのか? 酒か、煙草か、薬か? なにが足りん?」
「……全てが、足りません」
「全て、じゃと?」
「私たちは鳥籠には住むことを望んでおりません。選定されることを望んでおりません。あの場所には疲労しかなく、未来を描くためのものがなに一つとしてないのです。でなければ、鳥籠に住まう人々は、鳥籠の外で必死に生きる人々より早く死に絶えることでしょう」
老人が頭を掻く。
「分からんよ、分からん。ワシらの選定を拒み、種の保存を拒み、そうして自ら絶滅への道を歩もうとするそなたたちの道理を、理解することができん」
「死生観が違いますから」
「なるほど、そなたの言い分も分かる。ならば人間は何故生きる?」
「……生きていたいからです。親に育てられ、心を宿し、価値観を共有し、心を分かち合い、互いに手を取り合って、一歩ずつ前に踏み出して行く。苦しさも痛みも悲しみも、零せば誰かが励ましてくれる。だから私たちは生きていたいんです。こんな世界でも生き足掻いて、みたいんです」
「種の保存を拒み、選定も拒む、か。良いじゃろう。それもそなたたちが選び取ったことよ。しかし、ワシらに協力して人間を逃がせ? そのような上手い話はあるまいて。ワシらの庇護を拒んでおいて、逃げるときはワシらを頼りにするなど、片腹痛いわ」
老人が立つ。
「人間の女子一人の覚悟で、世界が動くか。『風使い』と竜の刃を持つ者よ。我らに協力を仰ぐのならば、その力を、その竜の刃で、この場で証明してみせよ」
「私を、『風使い』と見破っていました、か」
「当然じゃ。眼力は老いてはおらん。それで、どうする、人間の女子よ?」
だから風圧でナスタチウムの蹴りを弾いたり、短剣を風圧で加速させて海魔に叩き付けたりすることができたのか。
点と線が繋がった。そして同時に、“異端者”は自分だけではなかったのだという気持ちも湧いて、それがそのまま勇気になる。
雅にできることはここまでだ。あとは誠の番になる。彼女は想定通り身を引き、あとは誠が前に出るだけだ。その前に出る勇気がずっと持つことができなかったのだが。
ここに来て、手に入れることができた。
「あなたたちは強く、美しく、頑丈な種を残し、保護するつもりだと聞いています。それで、僕はあなたたちの言うような強くもなく、美しさもなく、頑丈でもない種の討伐者だと自覚しているんですが……僕があなたの選んだ誰かを討ち取る――ではなく、勝負という規律の元で戦い勝利することができたなら、種の保存や選定を間違いと認め、鳥籠の人々を解放することに協力してください」
「そなたが、戦うと? 見たところ、大した力も無く、体躯も持たず、覚悟も度胸も、勇気でさえも持ち合わせていない、そなたのような下等な種が?」
「はい」
そう言っただろ、と面倒臭そうに心の中で愚痴りながらも誠は返事をする。
「それを鳥籠に住まう人間の総意と取っても良いのか?」
「それは、」
「ええ、構いませんよ。どうせいつかは絶滅するんです。僕が負ければ、絶滅する期間がひょっとすると少しは伸びるかも知れない。あなたたちの言うところの庇護、種の保存、選定のおかげで、ですけど」
雅の言葉を喰い気味に言い、更に挑発まで行う。
「良い、良いぞ、小童。小童を仕留めれば、ワシらが是となるのならば、これ以上ない大勝負となろう。言ってはおくが、小童のような弱者にも全力で掛からせてもらおうぞ。ワシらの行いが是であると再確認することができるのならば、これ以上無い舞台であるのでなぁ」
老人が立ち、長い尻尾で力強く床を叩き、続いて人間が持ち合わせていない音色で嘶いた。座していたドラゴニュートたちが立ち上がり、呼応するように嘶く。そうして雅と誠は建物から追い立てられるように外に出された。
「あれだけの啖呵を切ったんだから、分かってんでしょうね?」
「分かってるよ、テキトーにやる」
「ちょっと!」
「女子はワシと、この賭けの行方を見届けようぞ。そなたが手助けせぬよう、ワシが傍で見張らなければならんからのう」
雅は空気に干渉できる。だから遠くであっても誠の手助けを行うことは造作も無いことだ。しかし、変質の力を使えば、隣に居る老人がそれを看破し、真剣勝負に水を差したということで、ここまで至ったなにもかもが無駄になる。その点は雅も分かっているはずなので、誠の戦いに彼女の力が加わることは絶対に無いと言い切れる。
集落中央の大広場まで連れて来られた誠は、周囲を見渡しつつ、端の方まで下がる。
「グレアム、グレアムは居るか?」
老人の長い尾の先端が地面を叩き、続いて叫びに合わせて嘶く。空を飛んでいた翡翠色の竜が大広場に降り立ち、たちまち人型に戻る。戻るとは言っても、ドラゴニュートとしての特徴を残して、だが。
「長よ、これは何事か?」
あまりあるほどの膂力を持っているだろう強靭な肉体と、ナスタチウムを凌駕するほどの大きな体を持つ。そして尾の鱗はまるで刃のように尖っている。
「人間がワシらの種の保存、選定に異を唱えておる。これはワシらのそれが是であるか、それとも非かの勝負事。引き受けてはくれるのう?」
「御意」
「……あなた、分かってんでしょうね! これに負けたら、私たちのやろうとしていること全部がパァになるってこと!」
「分かっているよ、うるさいな」
誠が動き、グレアムと均等の距離を取ったところで立ち止まる。肩を回して、右に左に伸びをして、屈伸運動もして、軽く一度、跳ねる。
「震えているぞ、小童。そんなに恐ろしいなら逃げ出せば良い。ほぅら、門は開いておるぞ?」
グレアムはドラゴニュート特有の鋭い眼光で誠を睨みながら、挑発の言葉を吐き捨てて来る。
「お心遣い、どうもありがとう。でも、逃げ出しはしないよ。確かに僕は逃げ腰で弱虫で、臆病者だ。いつだって逃げたいと思っている。でも、世の中、逃げてばっかじゃ駄目なことだってあることも分かっている。そして、なにもかも放り出したところで楽になれるわけじゃないことも知っているからさ」
逃げ出して、放り出して、そうして誠は乞食になった。
争い事から目を逸らし、自身の行く先すらも放り出したからこそ、そうなった。それで楽になったかと問われれば、逆である。まさに苦痛の日々がそのあとには待っていた。
「あと震えてしまうのも、怖がるのも僕の悪癖さ。気にしないで良いよ。君たちはこれから繁栄する種なんだろう? もう少し、頭の良い挑発を要求するね」
「ふん、愚かな小童だ」
「今の内に言っておくと良いよ」
「その度胸に免じ、初手は譲ってやろう。どうせ我の体にその初手は届かんだろうからなぁ」
グレアムの提案に誠は不敵な笑みを浮かべる。
「それは、助かるよ。いつもいつも、最初の一手に怖がっちゃうんだ。でも、最初の一手さえ貰えれば……あとは、体が勝手に震えを止めてくれる。恐怖から逃れることができる」
誠は頭に乗せていたサングラスを掛けて、右手に意識を集中させる。光が収束し、剣のような形状になったそれを確かめるように、振り回したのち、顔の近くに持って来て地面とは垂直に、剣の切っ先を天空に向ける。
「なんだそれは?」
「剣礼だよ。知らないの? 西洋剣術における、戦う相手に対して敬意を表するときの構えだ。本当は剣鍔にキスをするんだけど、僕のこれには剣鍔が無いから。西洋に飛んだときのために、覚えておくと良いよ」
顔の近くに構えた剣を右下へと振って、剣礼を終える。この剣礼をカッコイイと思ったことがある。だからそれを真似ているだけであって、誠は実際に西洋剣術の使い手というわけじゃない。
しかし、一騎討ちという形だけは、実に素晴らしい戦闘形式であると思っている。




