【-目指す場所は-】
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「なんでこんなことになってんだよ……」
先を行く雅を眺めながら、誠は肩を落としながら言う。異性と二人切りというシチュエーションはいつか持った妄想の一つではあるのだが、この子との場合は罰ゲームでしかない。自身をチキンと蔑む子と二人切りで、一体どうして心が弾むというのか。
「だって、あなたしか居ないでしょ」
「……雪雛がやれば良いのに」
「私の苗字を気安く口にしないで、チキン。勿論、名前もね」
苗字すら呼べないのなら、もはやどう呼べば良いかも分からない。「君」や「あんた」、「あいつ」で良いのだろうか。多分、それで良いだろう。文句を言われても、知るものか。
アジュールの鍛冶屋を訪れて三日が経った。明日になったら顔を出し、目的の物が出来ているか分かるわけだが、今回はそれとはまた別の話だ。鍛冶の進捗については全て明日分かることで今日、やることではない。
ならなにをやっているか。
「僕が行ったって、どうにかなることでもないじゃないか」
「だからあなたしか居ないじゃん。私、短剣が出来上がるまで戦えないし」
「もう一本あるだろ」
「ふぅん? 普段は二本で戦っている私に、このか弱い私に、短剣一本だけで戦えって言うんだ?」
「どこがか弱いんだよ」
振り返り、雅が笑みを浮かべながら誠の足を思い切り踏み付けた。痛みで声を上げそうになったが堪える。
ほら見ろ、か弱くもなんともないじゃないか。
暴力的な所作はナスタチウムを連想させる。このサディストめ、と心の中で発する。
「誰がサディストだって?」
「なんで君まで心の中を読むんだよ」
「顔に書いてあるから」
「……ポーカーフェイスには自信があったのになぁ」
ナスタチウムに見抜かれるなら、まだ大人の貫禄とやらで納得できていたが、雅にまで読まれてしまうとポーカーフェイスなど最初からできていなかったのだと思い知らされる。
「そんな感じで、勝てるの?」
「なに勝手に話を進めてるんだよ、僕は戦わないよ」
「じゃぁ、なんでここまで来ているの?」
誠と雅は街門を抜けて、街の裏側にある山を登っている最中だ。ナスタチウムは同行していない。「ディルの餓鬼に手を出したら引き千切るからな」と散々、言われたがそもそもその気すら湧いていない。逆にそれほど信用されていなかったのだと知ることになった。落ち込んだりはしないが、なんだかなぁと少しばかりの煩わしい感情が首をもたげてしまう。
山道を登り続け、その頂上にドラゴニュートの里がある。人間がコロニーと呼んでいる場所だ。ドラゴニュートから見れば、あの疲弊した街もまた一つの人間を観察するコロニーでもある。
ドラゴニュートは互いに互いを観察し、干渉しない。ナスタチウムと雅の言葉を纏めるとそうなる。にも関わらず、あの街を鳥籠と考える彼らは、ズブズブに人間と干渉している。あのアジュールが街中の坂道の上に工房を構えているのも、ドラゴニュートと関わっている証拠となる。
「この街の人々を救いたい。そんな風には思わなかった?」
「思ったよ。思ったけど、そんなの一人一人が個人で実行すれば良いことだ」
誰かに頼るようなことでは生きて行けないんじゃないのか。一人で生きて行けるだけの力が無ければ、あの街から逃げ出したところでなにも変わらない。雅やナスタチウムのような強者の理論を解釈するとそうなるはずなのに、どうして二人は揃って、自分たちの手で「救いたい」と言うんだろうか。ナスタチウムはお節介だ。そしてこの少女は『偽善』である。似て非なるものが利益を生み出すだろうということで手を組んだ。それだけのことだ。
「討伐者は力を使って逃げ出そうと思えば逃げ出せる。でも、一般人はどうするの? 使い手であっても討伐者じゃない人は? そういう人たちは、私たちが守らなきゃならない。海魔の魔の手から救わなきゃならない」
「あの街は、あれで良いんじゃないかい? だって、そりゃどうにかしてやりたいという気持ちも少しばかりは湧いては来ているけどさ。もう街の人たち全体が、楽に死にたいと思っていると僕は感じ取っているんだけど」
「人はそんな簡単に、死を選ばないよ」
それには同意してしまう。誠も生きるために足掻いた。足掻いて討伐者になった。楽に死にたいと自分で言ってしまったが、実際にそのような状況に直面したら、それなりに必死になって生きようとしてしまうだろう。
「それで僕が、強くもなく美しくもなく、頑丈でもない種の代表ってね……」
「頑張れ、チキン」
「それ応援でもなんでもないよ。それにしたって、こういうのは上手く行ったら、なにかご褒美でもくれないとやる気にすら、なれないね」
「そういうことを言うから、あなたはチキンなの。言わなきゃちょっとは考えていたかも知れないのに」
雅の言葉に踊らされている。しかしそれを心地良いと感じてしまうのは、異性であっても同年代の子と話すことができているからだろう。会話は普通では無いが、それでも雰囲気で安らいでしまう。
「君に一つ、訊いても良いかい?」
「どうぞ」
「君は、どうしてそんな悲しい顔をしているんだ? それを解消するために僕に、なにか手伝えることは、ないかな?」
雅は足を止めた。誠は変わらず歩を進ませて、隣に立つ。彼女の視線が誠の全身を眺めた。
「それ、口説いているの?」
「違う! 君なんか口説くわけないだろ!」
「私だってチキンは恋愛対象外だから」
とんでもない誤解が招かれるところだった。それでも「恋愛対象外」と綺麗な子に言われると、気分を害してしまうのは男の性である。
「なんだか、君の目はずっと悲しい色をしていて、それがそのまま表情に出ているんだよ。笑っているようで笑っていなくて、なんだか気味が悪い」
「……大切な人を探しているから。それで、察してくれない、かな」
雅は左手の腕時計を撫でて、顔を俯かせながらまた歩き出した。
……地雷だったか?
誠は思いつつも、坂を登る。
「その人はとても強くて、私なんかじゃ手も足も出なくて、憧れみたいな存在で、いつか追い越してやりたいと思っている相手で……それで…………なんか、傍に居ないと、落ち着かない相手、で」
雅はポツリポツリと感情を落として行く。誠はただそれを耳に入れる。
「また会いたいの。会いたくて会いたくて……胸がずっと苦しいの。それでも会うためには、旅をするしかないから。だから一人旅をしている最中。まだ二週間くらい、だけどね」
この世界で二週間、一人っ切りで生き抜いて来た。だから雅はこんなにも強い。その大切な誰かに会うまでは死ねない。だから雅はどんなときだって諦めずに立ち向かう。
彼女の強さを誠はようやくここで、垣間見ることができた。
「僕は、度胸も覚悟も全然出来ていない、チキンだよ。ほんと、どうしようもない男さ。ヒョロっちくて、弱々しくて、争い事なんて起こしたくもない日和見主義で、楽に生きられればそれで良いと思っている大馬鹿者さ。だけど……君がその大切な人と出会えるように、祈ることくらいはできるかな」
「祈る前に戦って」
カッコ良い台詞を言ってやったと思ったのに、全力で否定された。その全力さに、素っ転びそうになった。
もう少し、あざとくても可愛らしい一面を見せろよ、女の子なら。
そんな苛立ちを言ったところでこの子には届かないだろう。
「……分かったよ、分かりました」
届くとすれば、それは誠が言われた通りに生きる証明になるしかない。そうなったら、ようやくこの子は自身を見直すはずだ。そしてチキンという呼び名はすぐにやめてもらう。そのように理由付けさえしてしまえば、一握りの意気込みは生まれる。
「着いた」
雅が言うより早く、誠もその場所を見上げていた。




