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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
118/323

【-鳥籠-】

「あんた、名前は?」

「雪雛 雅、です」

「そうか。アタイはアジュール。いわゆるドラゴニュートの間で用いられる個体名ってやつさ。それと、なんであんたは竜の加護を受けているんだ?」

 それを訊ねられた雅よりも先にナスタチウムが彼女の腰に提げている白の短剣を引き抜き、見せ付けた。

「なるほど、だから、あんたみたいな荘厳な男が躍起になってまでアタイに打たせようとしているってわけか。ちょっと借りるよ?」

 アジュールは白の短剣に目を滑らせる。


「……あんたはこの短剣を使ってなにを思った?」


「凄く使いやすい短剣だと思いました。そして、曰く付きの名は、不釣り合いだとも、思いました」

「へぇ、少々、雑な扱い方をされているようだが刃毀れもしてねぇ――まぁコイツは刃毀れなんかしねぇんだが。とにかく、この短剣はあんたを所有者として認めている。だから竜の加護をアタイはこの目で見ることができるんだ。そこの男が纏う外套と同じさ。その外套も、男を認めているからアタイの目は竜の加護を視認できる。これからアタイはあんたが寄越した袋に入っているものを使って、一本の短剣を打つ。そのときあんたが、その短剣に認められなければ……アタイはその短剣を売らないよ。玉鋼はあるが、繋ぎはどうする?」

 雅は白の短剣を返されたのち、もう一方の短剣を手渡す。

「これで、お願いします」


「あんたの血と汗の臭いがする。刃毀れも見たところ、結構な酷さだ。そして、生きるために振るわれた刃だ。人を、斬ったこともあるね?」

「殺しはしませんでしたけど、斬らなければ止められない男が、居たので」

「なるほど…………ああ、これを繋ぎに使っても、憎悪に満ちた刃にはならないだろう。オーケー、仕事を請けさせてもらうよ」

 尻尾で床を叩き、アジュールは快活に笑う。


「仕事に向かう前に、訊きたいことがあるが?」

「ああん? 人のやる気を削がない程度に頼むよ」

「ここに別の誰かが、似たようになにかを作らせに来なかったか?」


「そりゃ顧客の秘密になっちまうねぇ。でも、アタイはあいつを好きになれそうになかったから暴露してやんよ。アタイは炎竜の血を流している。先代も同じく炎竜さ。で、病床に臥せってもう余命幾ばくもない先代となにやら話を付けたようで、先代が竜になったところを、その男は牙と骨を抉り取った。そして人の姿に戻ると、死ぬまで二本の短刀を打ち続け、完成させたのちに死んだ。アタイは出来上がった代物を男に渡すだけ渡したが……あんたたちより、ガラの悪い男に見えた。あんな優男(やさおとこ)に、ちょっとビビッちまったよ」

「ビビって当然だ。その男は、俺たちに比べてイカれた方向がズレている」

「なんだい、知り合いだったのかい? だったら、会うことがあったら言ってやってくれよ。あんたの手にした短刀は、持つ者の命を削ぐほどの怨念が込められているって。きっと、繋ぎにした二本の短刀が悪かったんだ。あれほど憎悪と怨讐が満ちた短剣を見たのは初めてだったよ。話はこれくらいで良いかい? 仕事中は工房に入って来るんじゃないよ。炎竜が噴く炎は人間を骨すら残さず灰燼に帰してしまうからね。ま、徹夜でやれば四日。徹夜じゃなければ一週間ってところか。そのときに顔を出して来な。出来ていれば渡してやる」

 以上だ。とアジュールは言って、店の奥に消えて行った。その先に続く工房にこれから籠もる準備を始めるのだろう。


「竜の加護ってなんなんですか?」

「ドラゴニュートは海魔より、人よりも更に一つ上の境地に達していると言って良い。査定所じゃ、もうそれを種族として、亜人として見るべきではないかという意見もある。それほど奴らは頭が良く、人と争うことを無意味と捉えている。これは好意的に受け取られているわけじゃなく、俺たちが“いずれ絶滅するだろう”と思ってのことだ。世界が腐る前、レッドデータブック――絶滅危惧種と呼ばれる生物が居た。俺たち人間は、絶滅しないようにその絶滅危惧種の生物をどうにか捕獲、繁殖、生態系を突き止めようと努めた。奴らドラゴニュートも同じさ。俺たち人間を絶滅危惧種と見て、観察している。奴らの頭ん中にあるのは種の保存だ。数が激減すれば、より強く、より美しく、より頑丈な種のみを選別して捕獲し、繁殖させ、生態系を維持させるためのコロニーを形成させる。その後はずっと、鳥籠(とりかご)の中ってことだ」

 鳥籠と言われれば聞こえは悪いが、誠には最高の環境に思えた。


 知らない誰かに出会うことも、外に出て知る恐怖も、そこには無いのだ。追い求めていた理想の形にすら見える。


「より強く、より美しく、より頑丈な種、のみって言っていたでしょ。チキンは対象外よ」

 雅に容易く心を読まれ、誠は赤面する。

「ま、貴様が楽園と思うように、他の奴らも実のところはそうなることを願っているのかも知れねぇ。この街に住んでいる輩は、もうずっとそのときを待ち望んでいる」

「どういうこと?」

「鍛冶職人のドラゴニュートがここに工房を構えていられるのは、つまりどういうことだ?」

 ナスタチウムが雅に答えを見出すように求める。

「……他のドラゴニュートとも関わりがある?」


「この街はドラゴニュートによって守られている。討伐者が零した海魔を討つのが奴ら、ドラゴニュートだ。そうして街の人間を外に出すかと思えば、里の長はそれを求めてはいない。要するにこの街はもうほとんど鳥籠になり掛けている。早め早めに手を打つ輩は奴らにも居るってことだ。だから外野に引っ掻き回されたくなかったんだ。ドラゴニュートの反感を買えば、街の人間を見捨ててどこかに去るだろうからなぁ」

 笑いながらナスタチウムは言うが、雅は全く笑ってはいなかった。そして誠も、その言葉を聞いて笑うことはできない。

 この街の討伐者は特級海魔のドラゴニュートによって守られつつも、外に出ることを禁じられ、ただ海魔と戦い続けることを強要され続けている。

 それは、ドラゴニュートが見極めようとしているのだ。より強く、より美しく、より頑丈な種の選定を行っている。


 そのとき、街に残っている他の一般人や討伐者はどうなるんだ? 選定から外れた討伐者は……殺されるのか?


 誠は体中の毛が逆立つような、妙な怒りを覚えた。自身の中にある、小さな小さな人間としての強い意思が、「それは違うだろ」と訴えて来ている。表情に出さないように努めるが、怒りで体は熱を帯び、汗が頬を伝う。

「良い顔になってんじゃねぇか、餓鬼」

「良い、顔ですか?」

 表情に出さないよう努めていたはずなのに、ナスタチウムには見破られてしまった。

「……少し、マシな顔をしてる。短剣を預ける前だったなら、一戦交えても良かったのに」

「ちょっと遅かったなぁ、ディルの餓鬼」

「それで、ナスタチウムはこの街を見捨てる気?」

「外野に引っ掻き回されたくないって言葉の真意を読み解けるのなら、俺の意思がどういったものかは分かるんじゃねぇのか?」

 焼酎をあおり、プハァと大きな声を出して陽気な顔を作る。

「ディルは『偽善』なんてするもんじゃないってよく言っていたけど、ナスタチウムのそれは、お人好しとかお節介焼きじゃない?」

「俺は五人の中でも面倒見が良い。しかし、酒に飲まれていつか人を殺しちまうんじゃねぇかと怯える臆病者だ。それでも酒をやめられないアルコール中毒者を、誰一人としてそのようには言わねぇな。ここに一度来たときも、周囲から頼られたが全て断った。それくらい俺は、臆病者だ」


 ナスタチウムが臆病者だって?


「それは違いますよ。ナスタチウムは時期を見ているだけでしょう?」

 勝手に声が出てしまう。

「観察し、チャンスを窺う。そして、この上ないチャンスが昨日から訪れた。違いますか?」

 誠の胸倉を掴み、ナスタチウムが誠を睨む。誠は視線を逸らさず、その睨みに耐える。

「その通りだ、餓鬼。臆病者は誰よりも、機会ってのを大切にする。だから、テメェらには期待しているんだよ。俺が行って、話を付けようにも首都防衛戦の生き残りと奴らは知っていやがるから、聞く耳すら持たねぇ。必要なのは、間引くはずの強さの証明だ。選定なんてまどろっこしいことが、どれほど愚かなことか教えられるのは、テメェらだけだからなぁ」

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