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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
117/323

【-竜の鍛冶師-】

「『血吸いの(ブラッディ・)(ブラッド)』と呼ばれている曰く付きの短剣。でも、ディルもケッパーもこの短剣を見て、そんな風には言わなかった」

「これを売っていた店の主人は他になにを言っていた?」


「この短剣を打った鍛冶職人は、白い竜――アルビノの骨と牙を粉末状にして、短剣を研ぐ際にまぶしたって。それでその短剣は、異常なまでの強靭さと切れ味を手に入れたんだって。肉を裂くときに竜のいななきが聞こえるときがあって、海魔や人の血に濡れると、剣身も帯も赤く染まる」

 ナスタチウムは丁寧に短剣を隅々まで調べたのち、雅に返す。


 そういえば、フロッギィに雅がその短剣を振るったとき、聞いたこともない生き物の鳴き声を誠は耳にしたことを思い出した。つまり、曰く付き通り、竜の嘶きが聞こえたのだろう。そんな奇妙で奇天烈な物を持ち歩いている雅の正気を誠は疑ってしまう。


「アルビノの骨と牙、か。ディルもケッパーもそりゃ感傷的になるわけだ。餓鬼、その短剣を誰かに決して奪われるな。でなければ、アルビノも報われない。やっと手にすべき者が手にしたんだ。貴様以外の誰かの手に奪われたなら、また『血吸いの王』という不名誉な通称が伝わっちまう。その重みを、理解しろ」

「はい」

「で、だ。その袋の中身がなんなのかも俺は理解した。その上で、貴様を鍛冶屋に連れて行かなきゃならなくなった。それもディルの狙いなんだろうよ。その袋を貴様に渡した時点で、俺にお節介を焼かせるつもりだったんだな。次に会ったときは一発、ぶん殴ってやる」

「ディルを、殴れるの?」


「ああ、俺は野郎を殴ろうと思えば殴れる。他の四人は怖がって殴らねぇが、俺は年上の貫禄ってもんをしっかりと味わわせてやらなきゃならんからな」


 ナスタチウムの言葉に、雅がクスッと笑みを零す。

「ディルが殴られるところ、見てみたい」

「そりゃスカッとするだろう。普段からボロボロになるまで鍛えられていたんだったらなぁ」

 若干、ナスタチウムは誠の方を見ていたような気もする。しかし、その視線には従えない。すぐに誠は俯いて、大男の視線から逃れる。

 ディルという男がナスタチウムと同じようなイカれた感性の持ち主だったなら、と誠は考える。だったら、ディルの立場をナスタチウムに置き換えたとき、ぶん殴られているこの大男を想像すると、良い気味だと思える。スカッとするだろう。ただ笑った場合、どんな被害が自身に訪れるかまで考えるなら、自身なら心の中で笑うだけに留めるに違いない。

「ここの鍛冶屋は、それほど腕が良いの?」

「腕が良い、というよりは殺したいほど憎い相手、だ。ただ、もう仕事は二代目の女に任せているらしい。一代目は、その短剣を打った男だ。これで俺が殺したいほど憎い相手、と言った意味が分かるな?」

 深く雅は肯いた。恐らくは彼女の言葉の中に出て来た、ディルやケッパーといった人物から似たようなことを言われていたのだろう。


 白い竜は、ナスタチウムたちにとっては特別な海魔だったってことなんだろ、きっと。


 誠はこれまでの情報からそう推理した。だからその海魔の死体から取られたのだろう牙と骨を利用して短剣にまぶした鍛冶屋を憎んでいる。それは特別だった白い竜を死しても尚、戦場に赴かせるような辱めに値するからだ。そして、その短剣を打った鍛冶職人がこの疲れ切った街に住んでいる。ただし、仕事は二代目に譲っている。だから、殺したいほど憎い相手の元に連れて行くのではなく、腕利きの職人の元に連れて行くのだ、とナスタチウムは自分に言い聞かせていると見える。


 しばし街の中にある坂を登る。それも十分以上は掛かる坂だ。ここに酒を買いに来るたびに、どうして街中にこんな坂道があるのだろうと思ったのだが、どうやら鍛冶職人はこの坂を登った頂上に店を構えているらしい。


「着いたぞ」

「なんで、わざわざ高いところに工房を構えているんですかね」

 体力的には問題は無いが、このようなところに住んでいるその神経を疑う。広々とはしていないが、坂道もないまっ平らな場所がこの街中にはたくさんある。そっちの方が往来が楽だろう。まだ人気の無い広場があるくらいだ。将来性については皆無と言っても良いだろうが。

「それは、竜は高いところが好むからだろうなぁ」

「へ?」

 誠は意味が分からず、ただ声を零すことしかできない。雅もキョトンとした顔をしていた。ナスタチウムは不敵に笑いつつ、工房の扉を乱暴に開く。

「おい、客だ。さっさと出て来やがれ」

「客の態度としては最悪じゃないですか、それ」

 誠は唇を尖らせながら、吐き捨てる。しかしそれでナスタチウムが態度を変えることなど絶対に無い。


「はいよー、こんな寂びれた鍛冶屋に御用かなにかー?」


 店の奥から女の声がして、やがて店の照明を点けて姿を見せた。

「ひっ……!」

 誠はその姿を見て、戦慄する。


 外見は人に近いが、鱗を身に纏い、背中には蝙蝠のような翼、爬虫類特有の尻尾が生えている。間違いなく人外であり、海魔だ。


「ドラゴニュート……」

 雅が呟いた。

「初めて、見た……じゃなくて、お初にお目にかかります」

「あっはははは! 良いよ良いよ、そんなお堅い口調はアタイは好きじゃないんだ」

 尻尾でビタンッと店の床を叩き付けながら、女――ドラゴニュートは快活に笑う。顔立ちも人間に近いが、どことなく人間らしくない。その微妙なラインを表現するのはとても難しく、強いて人間と違う特徴を挙げるならば、日本古来より絵として表される竜の髭がこの女にも生えていること、だろうか。翼も鳥のような羽毛ではなく、翼膜によって風を受けて飛翔するものだ。

「海魔じゃないんですか? どうして、討伐されずに……」


「ドラゴニュートは討伐対象外に指定されているの。特級海魔の中でも、人とほぼ同等のコロニーを形成している可能性が高く、また知能も他の海魔よりもずば抜けて高い。なにより、狩りで人を襲うことが滅多に無い。稀に襲うことがあるけど、それはどうしても食べるものがないときだけ。ドラゴニュートの主食は、海魔だから」


「あっははははは! よく知っているみたいで助かったよ。このままアタイ、切り刻まれて殺されるんじゃないかって若干、不安だったんだからさぁ。で、なんの用だい?」

 雅はナスタチウムに見せた小さな袋を取り出し、ドラゴニュートの女に渡す。

「んーどれどれ…………っ! こんなものをアタイに使わせようっての!?」

 表情を一変させて、ドラゴニュートの女は雅に袋を突き返そうとする。しかし、雅はそれを受け取らない。

「お願いします」

「やだよ、やだやだ! 他の竜ならやってやっても良いけど、海竜の牙と骨なんか、アタイは専門外だよ!」

「海竜の牙と、骨?」

 誠は反芻するように呟く。

「アタイが言うのもおかしいけど、ドラゴニュートは人型海魔。竜へと姿を変えられる。猛り狂ってでもいなきゃ我を忘れることもない。でも海竜はドラゴニュートとは違うんだよね。海竜という分類の――シーサーペントと呼ばれる海魔。人の姿をそもそも持っていない。けれど、アタイらの界隈じゃ、始祖様とまで呼ばれるほど高尚な存在さ」

 雅がやや俯いている。

「ギリィが海竜に化けていたことはあると思うか、二代目?」

「無いね」


「いいや、あるんだなこれが。それも俺にとっては極々、身近なところにあった」

 ナスタチウムは威圧感を放出させながら、ドラゴニュートの女に詰め寄る。

「貴様んところの師匠は俺たちがこの手で殺したいほど憎い男だ。だが俺たちは人を殺すことを良しとはしなかった。寸でのところで命拾いをして、貴様を二代目まで育て上げたんだ」


「ああ、知っているさ。それとこれが、どう関係あるってんだ? それと、先代の話はするんじゃない。もうこの世には居ない男の話をしたって、仕方の無いことだ」

 どうやらここに来る前に先代は亡くなってしまったらしい。それならそれで、ナスタチウムが暴れ狂う様を見ずに済むと、誠は内心ホッとしていた。

「確かにこの海竜の牙と骨は、思っている以上に深く暗く冷たい。だが、それを見ただけで『やらない』や『やりたくない』とのたまうのなら、貴様は俺とディルの怒りを買ったものと知れ」

「ディル……“死神”のことかい?」

「海竜の牙と骨はディルが連れて歩いていたギリィのものだ。貴様らのように人にも成り切れず、海魔にも成り切れないシーサーペントが必死に探し出し、どうにか見せ掛けだけでも人に成り、誤魔化し続けていた、憐れな餓鬼の姿をしたギリィだ」

 ドラゴニュートの女は半歩ほど下がる。

「海竜を穢してはならないんだよ、アタイらドラゴニュートの間じゃあ、な。さっきも言ったように始祖様としてアタイらは海竜を崇め奉っている。戒律を破るようなものさ。そんなものの牙と骨を使って、物を打てるかい?」

「暗黙の了解……触れちゃいけないこと、タブーってやつか」

「そうそう、そんなのだ」

 ナスタチウムが薄気味の悪い笑みを浮かべる。

「だったら、誰にも話さず黙って打ちゃぁ、良いんだよ。俺たちは別にそのことを口外しねぇんだからなぁ」

 そしてこれがドラゴニュートの女を納得させるトドメの一言となった。

「……分かったよ、やるよ、やりゃぁ良いんだろ。どうなったって知らないよ、アタイは。アルビノの短剣を造った先代は、ずっとそれを悔やみ続けて病床に臥せって死んじまった。アタイも後ろめたさでそうなるんじゃないかと、今からヒヤヒヤさせられてるよ」

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