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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
116/323

【-根拠は無くとも-】

「どうやったら、あれだけの度胸と覚悟を持てるんですか?」

「場数、だろうなぁ。それと、生きるためのがめつさだ。ディルにそっくりだ。強欲で、業突く張りで、がめつく、『偽善』だけを振り撒く。似たくて似たんじゃなく、元々、そういう性格だったのがディルと出会って開花したってだけだな」

「強欲で業突く張りでがめつくて、『偽善』だけを振り撒くって……最悪じゃないですか」


「そうでもねぇ。生きることに強欲で、水と金のためなら業突く張りで、勝つためにがめつく、利益になりそうもねぇことに関わるときは『偽善』で参加して、相手を逆に利用する。この腐った世界で、年端も行かねぇ餓鬼が生きるには大切なことだ。どうせ、俺の機嫌を取りに来たのも、俺を利用してやろうって魂胆だからなぁ」


「それに乗ったってことですか?」

「餓鬼のやることだ。大人の貫禄で、許してやろうじゃぁねぇか。ディルのことも聞きてぇしなぁ。あの野郎が、どこでどうしているか気掛かりだ」

 ナスタチウムが「気掛かり」という言葉を零すのは初耳だった。

「ディルはナスタチウムにとって、どんな相手なんですか?」

「二度と会いたくない戦友だ。まぁ、面倒臭い野郎と思いつつも面倒を見てやったさ」

 徳利から焼酎を猪口に注ぎ、チビチビと飲み始める。

「あなたは本当に、僕があの子に勝てると思っていますか?」

「思っている。テメェにはそれくらいの素質があり、力がある。ただ、テメェ自身がそれを信じない上に認めねぇ上に行使しねぇ以上、俺はあくまでそう言い続けるだけだ」

 誠には分からない。命を張って戦う理由が無い。

「僕は争いが苦手なんです」

「それは以前からずっと聞いている。そして、楽をしたくて討伐者になったことも知っている。だがなぁ、覚悟を決めろ。貴様は楽をしたくて討伐者になったつもりでも、討伐者そのものはこれっぽっちも楽への道を歩める仕事をしてなんかいねぇんだよ」


 騙されたようなものじゃないか。


 ナスタチウムにそのようなことは言えず、黙って聞いておく。最初に討伐者にならないかと声を掛けたのはこの大男だ。そのときは、討伐者になれば楽に生きることができると思っていたのだ。だから快諾した。

 なにせ、誠が見て来た討伐者の面々はたくさんのお金を持っており、水にも困らず、酒を浴びるように飲んでいたからだ。自分もそのような暮らしができるのだと勘違いするのも無理はない。現実は、ナスタチウムの暴力に振り回される日々だったわけだが、それでも誠の中からは討伐者=楽に生きることができる人たちという観念が抜け出てくれない。

「海魔と戦って、それで水とお金を得ることができる。けれど、その戦いは不毛じゃないですか? この街を見ていたって分かるじゃないですか。僕たちは、きっといつか滅びるんです。滅びる前に僕は楽をして生きていたいんです」

「海魔に喰われれば楽な生涯を終えることができるぞ?」

「楽?」

「ああ、貴様はまだまだ楽なところに立っている。ディルの餓鬼は過酷で、苦しいところに立っている。討伐者でもこうも違いが出るとは驚きだよなぁ。自分を信じろ。誓いを立てろ。そうすれば貴様は、誰よりも強い」


 自分を信じる? それはとても難しいことだ。なにせ両親を喪ってからの自分は失敗ばかりを積み重ねて来ている。そのせいで乞食まで落ちたのだ。

 誓いを立てろ? 一体なにに誓いを立てろと言うのだろうか。誓約書に筆を通すわけでもない。そして、誓いを立てるべき対象も、物体もここには無い。


 ナスタチウムの言っていることを誠は小首を傾げながらしか受け止めることができなかった。そのことに大男も気付いているらしく、力の込められた溜め息が漏れる。

「テメェの素質と力を、どうしてこうも引き出せてやれねぇんだろうなぁ」

 それは、ナスタチウムが暴力を振るうからだ。そうやって誠はずっと責任転嫁を続けて来ている。なにせ、それ以外に理由が無いのだ。この大男の力任せの訓練に怯え、苦しみ、痛みを感じ、それでそう簡単に実戦に迎えはしない。手解きを受けさせるつもりならばもっと優しく入念に、そして計画的なものを求める。が、この大男が自身にそのような訓練をしてくれるはずもない。そこのところはもう、分かっている。

「今日の訓練はどうしますか?」

「中止だ」

 ナスタチウムはなにやら腹立たしげに言っているが、誠にしてみればこれ以上無いほどの言葉だった。晩から朝、そして遂には昼間に至るまでの訓練まで無い。こんなに訓練という名の暴力に拘束されなかった日は恐らく初めてだ。

 誠は露骨に表情にすることはせず、嬉しさを心の中で噛み締めながら室内の壁に寄り掛かり、そのまま座り込んだ。


 張っていた気がようやく緩む。これから訓練があるものだと考えていたために、全身が凝り固まっていたが、それが無いと分かれば当然の如く、睡魔がやって来る。いつもはこの時間も起きているのだが、連続的な訓練の中止となれば気楽になり、自然と休息を本能が求めて来るのだ。


 誰に言われるでもない。誠はその後、雅が呼び鈴を鳴らすまで座り込んだまま眠りに落ちた。時間にして僅か四時間。しかしその四時間が誠には最高の睡眠をもたらした。ナスタチウムに出会ってからずっと続いていた苦しい時間。それから解き放れたこの四時間は、これまでの人生の中で最高の睡眠であったと言い切れてしまうほどだ。

「出ろ」

 呼び鈴で起きた誠は瞼を擦りながら、ナスタチウムに言われるがまま立ち上がり覗き穴から来客を調べ、それから扉を開けた。

「時間は空いている?」

「あぁ、良い具合に酔っ払っている」

「だったら、外で話がある。チキンは……まぁ一応、付いて来て」

「僕も? できることなら、ここでゆっくりしておきたいんだけど」

「来い、餓鬼が」

 ナスタチウムに首根っこを掴まれて、引きずられながら部屋の外に放り出された。誠は打ち付けた体の痛みに顔を歪ませながらもすぐに立ち上がり、服の埃を払う。こうなってしまったら、もうナスタチウムと雅に付いて行かなければならないだろう。溜め息をつき、項垂れながら誠は二人と共に民宿の外に出た。

「話はなんだ? 俺は短気だからなぁ、手短に話してくれなければ、ちょっとばかし手を出してしまうかも知れねぇ」

 酔っ払い特有のしゃっくりを出しつつ、ナスタチウムは雅に脅しを掛ける。

「歩きながらで良い?」

 それに対して、雅は殴られることも覚悟の上なのか、逆に要求を突き出す。ナスタチウムは薄気味の悪い笑みを浮かべたのち、彼女の進む方向に合わせるようにして足を動かし始める。勿論、誠もそれに付いて行く。

「まずは、ディルについてだな。さっさと話せ」


「……『クィーン』の一件については耳に入っている?」


「知らねぇな」

「いや、知っているでしょう? なんでそんな嘘をつくんですか」

「はっ、だったら説明してみろ」

「ここから少し遠くの山間の街を崩壊させたセイレーンの『クィーン』。酒場に行けば、その話で持ち切りでしたよ。一ヶ月ほど、前のことだったと思いますけど」

 ナスタチウムに敬語で話しつつ、そのまま雅に確認を求める。彼女はなにも言わずに首を縦に振った。

「で? その『クィーン』がどうかしたのか?」

「私たちはその『クィーン』を討伐しに行ったの。けれど、セイレーンの『クィーン』は……進化しました」

「進化? 君、進化ってどういう言葉か分かってて遣っているの?」

 地球における進化の歴史は万単位、或いは億単位が必要となるのだ。世界に海魔が現れて、まだ三十余年弱と言われている。そんな僅かな期間で生物は進化しない。だから雅の言葉がとても滑稽に思えた。

「海魔の進化は生物の歴史を超越する速度で進んでいる。なにもおかしなことを言っているわけじゃねぇ。貴様は黙っていろ」

 誠は言われるまでもなく、これ以上、口を挟む気はない。雅がこちらを睨んでいることと、ナスタチウムが明らかに誠の言ったことを馬鹿にしていることが分かったからだ。


「『クィーン』は自らをベロニカと呼び、使い手のように『火』と『木』の力を用いるだけでなく、ディルから“力の理”を奪った」


 ナスタチウムは足を止めて、雅の首根っこを掴んで向き直らせる。

「野郎の持つ“力の理”が奪われた?」

「うん」

「…………冗談を言うような、そんな餓鬼じゃ、ねぇな」

「ベロニカに“力の理”を奪われて、私たちもディルも太刀打ちできなくなったとき、ナスタチウムなら分かると思うけど、リィを海竜に戻して諸共、洞穴の空洞の中に消えた」

「消えた、か。死体は見つかったのか?」

「あのあと、ずっと探し続けたけど見つからなかった」

 数秒、沈黙が流れたのちナスタチウムがいつも通りに豪快に笑う。

「あの野郎が易々と死ぬような男かよ。貴様だって、そうは思っていねぇんだろ? しかも死体が見当たらないんなら、生きているだろう」

「でも、『穢れた水』に落ちていたり、ベロニカに喰われていたりしたら」

「海竜がそうはさせないだろう、あれだけ手懐けられているんだからな。野郎は死なねぇ。俺はそう信じて疑わない。無論、ディルを守るために体を張っただろう海竜も、死んでいねぇと推測する」

「……根拠は?」


「無い。だが、さっきも言った通り、野郎は簡単に死ぬような男じゃねぇ。そして海竜も、そう易々と討てる海魔でもねぇ。貴様がどれほどの絶望を味わったかは知らねぇが、命ある限り、“星の巡りに誘われればまた会える”。俺はそう思って疑わねぇ」


 雅の目からホロリと涙の粒が零れる。それが徐々に止め処なく溢れ、頬をどんどんと濡らして行く。

「ありがと……ありがとう。ケッパーも楓ちゃんも、私のことを(おもんばか)ったことしか言ってくれなかったから…………ありがとう」

「ケッパーは三次元の女子供を面倒臭がる。俺のように断言する勇気もねぇんだよ、奴はな」

「ちょっと、気が楽になった」

「ならさっさと泣くのをやめろ。俺も泣く餓鬼は嫌いだ。涙が止まらないなら、痛みで止めてやっても良いが?」

 それを聞いた雅が慌てて涙を拭い、鼻を啜って強気の表情を作り直した。それでも気を緩ませればすぐに泣き出しそうな雰囲気に誠は目も当てられず、やれやれと心の中で零す。これだから異性とは面倒臭いのだ、と。

「外に連れ出したってことは、ディル以外にもまだ話があるんだろ?」

「うん。あなたが居る近くの鍛冶屋に、これを持って行くように言われたの。その鍛冶屋の場所を知りたい。ナスタチウムが嫌がろうと、私はこれをディルに持って行けって言われているから、一人で行くけど。一応、どんな物なのか確認しておいて欲しい」

 雅はウエストポーチから小さな袋を取り出すと、それをナスタチウムに手渡した。巾着袋のようなそれを開いて、ナスタチウムは中身を確かめると露骨に面倒そうな顔をして、すぐにそれを閉じる。

「なるほどな、これを鍛冶屋に持って行かなきゃならないのはそういうことか」

「あと、こっちの短剣も見ておいて」

 雅は袋を返してもらったのち、白の短剣を鞘から抜いて、これもナスタチウムに手渡す。大男は太陽にそれを(かざ)し、綺麗に映える波紋と、織り成される紋様を眺め、続いて剣身の平に指先をスッと滑らした。

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