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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-選び取る者と荘厳な男-】
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【-孤独に生きる少女-】

 ナスタチウムは千鳥足のまま街に辿り着き、そこで見張りをしている討伐者に証明書を見せて、街門を開かせる。誠もまた証明書を見せ、酒を買ったこの街へと再び足を踏み入れた。


 疲弊し切った街。歩く人全てが疲れ切った表情をしている。浮かれた顔で、大騒ぎをしているような人はどこにも居ない。

 この街はもう、ずっと海魔の侵攻に耐え続けている。海魔の侵攻はつい最近のことではない。恐らく一年、或いは二年は戦い続けている。それもジワリジワリと、真綿で首を絞めるかの如く、海魔は侵攻を繰り返しているのだ。無論、討ち取るための討伐者も街には居る。最初期からずっと戦い続けている古参の者も居る。しかしそれは、大きな悪循環の一つでもある。街には一般人が働いている。そして彼らは街道から外に出ようとすると真っ先に命を狙われる。だから討伐者は彼らを守るために街から出たくとも出られないのだ。


 誠にしてみれば、一般人を守らずにさっさと逃げ出してしまえば良いのにと思うところがある。力を持つ者が生き残り、力無き者は死ぬ。それは生物界においてずっと繰り返されてきた自然淘汰の歴史である。当てはめるならば、一般人は淘汰されるべき存在なのだ。

「また意味の分からねぇことを考えてやがるな、餓鬼?」

「だって、分からないんです。どうしてそこまでして街を守り、一般人を守るのか、僕には分かりません」


「だったらテメェは、力を持っていなかったなら見捨てられて当然だと思うのか? 恨むだろう、妬むだろう、嫌うだろう、呪うだろう。恨み辛みを背負って討伐者は生きてなんざいられるか。力の限りに守り、力の限りを尽くして死ぬ。その方が、討伐者にとっては救われる。特権階級の連中には分からねぇことなんだろうがな。が、ここの『水使い』はまだ根性が据わってんよなぁ。餓鬼とは大違いだ。ずっと水の配給を続けている。それもいつまで続くかも分からねぇが」


 査定所のシステムを誠はまだよく知らない。海魔を狩ったこともなければ、その心臓を抉り取って査定所に出したこともないからだ。ほとんどはナスタチウムが勝手に狩りに行き、勝手に水を持って来る。ナスタチウムが海魔を狩っているところを誠は見たことがない。それは恐らく、ツェルトで誠が眠っている間に、この大男が海魔狩りを行っているためだ。実戦を積ませると言うのなら、そういったところにも連れ出せば良いだろう。誠はそのような不満を抱いている。

「餓鬼が見た餓鬼が、海魔を討伐してこの街に入ったってんなら、まぁまずは、査定所に行っているだろうな」

 大男は薄気味の悪い笑みを浮かべながら、歩を進める。誠はその背中をただ追い掛ける。やがて査定所と呼ばれる建物が見えて来て、前を歩く大男がその扉を力強く開いた。


「なんで!! この海魔の報酬がこの程度なのよ!?」


 途端、中で誠が耳にしたことのある少女の叫びが響き渡る。

「どうか落ち着いてください」

「三等級海魔、フロッギィ。その一匹の報酬は二十五万から三十万! 水は二週間分のはずよ! なのに提示して来た金額は半額以下! 水も一週間未満だなんて、私を騙そうったってそうは行かないわ!」

 カウンターを強く叩き、少女は怒りに満ちた表情で査定所の男を睨む。

「ここでは、お金も水も貴重なんです。街の人に行き渡らせるためには、どうしても一般的な報酬より少ない金額で納得してもらうしかありません」

「っざけんな! 五等級や四等級ならまだしも、三等級でこの報酬と水は納得できないわ。さっさとフロッギィの心臓を返して!」

「それはできません。これは貴重な水へと変わるものなんですから」

「だから、持って来た私が、真っ当な報酬と水に納得していないのよ! 交渉は決裂しているの。こんな査定所で報酬も水も半分以上持って行かれたくないわ。どこかに捨てて、そのまま土に還す方がよっぽどマシ!」

 少女はカウンターの上に飛び乗り、査定所の男から海魔の心臓が入っている袋を奪い取った。それからすぐにカウンターから降り、踵を返す。


「ハッハッハッハッハッ! こいつぁ、傑作だ。餓鬼一人すら言い包めることもできねぇなんざ、特権階級として務めている『水使い』として終わってんだろうよ。テメェらはほんと、討伐者の気持ちも考えねぇ能無しだなぁ!」

 豪快にナスタチウムは笑いながら周囲の人を挑発する。


「そこを退いて」

 構わず、少女が査定所から出て行こうとしていたので、ナスタチウムはそれを妨害するかのように体を動かす。

「なに? 嫌がらせかなにか?」

 綺麗に透き通っている瞳は、怒りの炎に燃えている。しかしそれ以上に、悲しさに満ち溢れている。誠には、そのように受け取れた。

「なぁ、餓鬼。報酬の三十万と水二週間分は俺が出してやる。だからその心臓を、ここの査定所の連中に渡せ」

「そんなことで私は言い包められたりしないわ。証拠を見せなさい。先にお金、そして水二週間分。それが確認できなきゃ、私はこの心臓を査定所の人には渡さない」

 勿論、それだけの金額は銀行に、そして水はこの査定所に預けることになるけれど、と少女は付け足す。

「でも、こんなところで水を預けて大丈夫かは分からないわ。余所の査定所よりも酷い天引きにでも遭うんじゃないかしら」

「そこは信用してくれて構わねぇ。俺も何度かここの査定所は利用しているが、預けた水は手数料云々を除けばしっかりと出してくれる。どうにも、嫌そうな顔をされるがなぁ」

 ナスタチウムは少女にニタァと薄気味の悪い笑みを浮かべて答える。

「……そう、だったら言った通りにしてくれる? お金と水が目の前に出て来たら、ちゃんと心臓はこの査定所に渡すわ」

「なら少し待っていろ」

 少女にそう答えて、ナスタチウムは査定所のカウンターへと足を運んだ。


「………………なにか?」


 誠が少女をチラチラと見ていたことに気付いたらしく、怪しい男を見るかのような顔で訊ねられる。

「三十万の半額以下って、十五万から十万じゃないか。二週間分も一週間から四日分くらいなんじゃないのかい? それくらいなら、僕なら納得するのに」

「……チキン。ああ、食べ物のことじゃないから。臆病者とかヘタレとか、そういった意味でのチキン」

 罵られ、誠は心の奥から怒りが沸々と湧いて来る。

「あんな風に査定所の人を脅して、良いことなんて一つもないだろ」

「脅したんじゃないわ。正当なお金と水が払われないことには納得しないだけ。ガキだ女だってだけで、周りからは奇異の目で見られるの。なのに査定所の特権階級の連中にまで甘く見られたら、それこそ討伐者として終わりよ」

 少女は左手首に付けている腕時計を右手で大切なものを扱うかのように撫でる。


 それは誰かからの贈り物なのかい?


 などと訊く勇気は無い。

「よし、餓鬼。この水をテメェが査定所に預け直したら、次は銀行に行くぞ」

 程なくしてナスタチウムが、大きなボトルを二本ほど持って戻って来る。

「……本当に水を引き出したのね」

「まだ金は払ってねぇがなぁ」

「良いわ、信じる。海魔の心臓を査定所に渡して、水も預ける。だから少し待っていて」

 少女はナスタチウムの巨躯に、そして薄気味の悪い笑みにも動じずに大きなボトルを一つ両手で握り、引きずりながらカウンターに一つ、二つと運んで行った。

「こいつぁ、参った。テメェはあの餓鬼に比べたら、なんにもできねぇなぁ」

「分かってますよ、それくらい」

 少女と誠には決定的な差がある。それは海魔との戦いに慣れていることだけでなく、この腐った世界の道理に対して怯えることもなく立ち向かっているところだ。特にナスタチウムの体格と、その声に笑みを前にして、あそこまでハッキリと物を言える人は少ない。その上、少女は敬語を遣わない。


 まるで自分とナスタチウムは同等であるとでも言いたいかのようだ。


 水を預け終わった少女が戻って来る。

「銀行に行きましょう」


 しかし、査定所とのやり取りからしても、世渡り上手とはとても言えない。そんな少女が独りで生きていられるほどこの世界は甘くない。

 だから、瞳の奥に悲しみが見えたのだろう。喪ったのか、それとも決別したのか、はたまた離れ離れになったのか。

 誰かの庇護の下で生きて来た少女は、その庇護を無駄にしないために強気の姿勢を崩さず、しかし精神をすり減らしながら、今を生きているに違いない。

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