【-崩壊-】
「ケッパー、足場だ!」
「よくもまぁ、戦っていられるね……次元が違いすぎるんだよ、君は!」
言いつつもケッパーは地面に両手を当て、ディルの足元まで根を張り巡らせた。それを踏み付けて、ディルは天井近くまで跳躍した。
「ああっ! わらわと許されざる者の逢瀬を邪魔しおって……っ! あとでお主らはまとめて、喰い千切ってくれるわ!」
苛立ちながらベロニカが爪で木の根を引き裂いて行く。そのベロニカに、頭上から斧鎗をディルは一気に突き立てた。
「死ね!!」
ベロニカが両腕をダランッと垂らして、動かなくなる。頭を貫かれたのだ。どんな生物だって、死に絶える。雅はいつの間にか強く握っていたリィの手をゆっくりと離す。
「この程度で妾は死なん」
垂らしていた両腕を動かして、ベロニカが油断していたディルを拘束する。それからズブリズブリッと奇妙なほど折れ曲がらせるようにして斧鎗から体を引き抜いた。
「クッソが、っ!!」
「返してもらおうぞ、人間!」
ディルの額にベロニカの指が触れる。
力の波濤が雅たち全員に向かって放出され、そのあまりの強さに自重を支えられなくなって雅は地面を転がる。
「ぐぁあああああああああああああ!!」
聞いたこともないディルの悲鳴が空洞内に響く。雅は力の波濤に逆らうように立ち上がり、なんとかディルの元へと行こうとするが、体を前に傾けても全く前に進めない。
「火、水、土、木……金はお主本人の力のようじゃな、取り出せぬ。しかし、業突く張りよ。人間が五行全ての“理”を得ようなんぞ、宝の持ち腐れも良いところじゃ!!」
力の波濤が消え失せて、ベロニカにとってディルの体は用済みとなったのか、雅の元まで投げ飛ばされた。
「ディル、ディル!」
「……っる、せぇ。クソ、ガキ」
どうやら意識はある。しかし雅の心配を余所に、ディルは倒れたまま地面に手を当てて、変質を試みている。
変質して出来上がったのは金属の床だ。
「……ん、だと?」
確かめるように再び手が変質させていない地面に当てられる。しかし、やはり作られるのは金属の床だけだ。
「ディル、まさか」
「“力の理”を奪われたのかい?」
ケッパーが倒れているディルに近寄りながら訊ねる。
「なんなんですか、その“力の理”って!」
楓が素っ頓狂な声を上げた。冷静さを欠いている。それは当然かも知れない。最強と思われるディルが倒れているのだ。そしてケッパーの人形でさえも、あのベロニカは容易く壊すのである。これで冷静で居られる方がおかしい。
「“力の理”。ディルが竜から受け取った、形見の力。それがあったからこそ、ディルは『金』以外の“五行”の変質も扱えた。あの海魔が、ディルからそれを奪い取った」
リィが呟く。
どうやら、楓と雅だけが話に付いて行けていないらしい。
「奪ったんなら、奪い返すだけだ」
「やめるんだ、ディル。僕に限らず君だって“五行”が“昇華”した代償が体に掛かっているはずだ。そんなボロボロの体で、戦っちゃ駄目だ」
「だったら、あの海魔は誰が止める!?」
ディルはフラ付きながら立ち上がった。
「あれをここで仕留めなければ、人類にとって大きな害悪となる。ここで殺さなきゃならない。ここで絶対に、殺すんだ」
「やめてよっ! ディルが、死んじゃう……!」
直感的に分かる。今のディルがあの海魔に挑んだって、勝てない。勝てないどころか殺されてしまう。
「……クソガキ、受け取れ」
懐から小さな袋を取り出して、雅にディルは投げ付けた。
「なに、これ?」
「『飲んだくれ』がずっと住んでいる近くに、鍛冶屋がある。そこに持って行け」
「どういう、こと? ねぇ、どういうこと!?」
それなら自身を連れて、一緒に行けば良いだけの話だ。なのに、これを渡されるということは――
「ポンコツ」
「それが、ディルの望み?」
「ああ。だが、俺を喰うのはもう少し待て。喰わずともどうにかなるかも知れないからな」
「分かった」
リィの体中から骨の軋む音が聞こえ、骨格が、体型が、ありとあらゆるものが変貌を遂げて行く。
「こんな狭いところで、海竜へ!? 君は、自分がしていることがどういうことか、分かっているのか!?」
「人形野郎。テメェはバカガキとクソガキを連れて、ここから脱出しろ。どうせテメェのことだ、ここまでの道筋に木の根を張らせて、帰り道も分かるようにしてるんだろうよ。この海魔は俺が面倒を見てやる」
「面倒? フフフフッ、笑ってしまうわ。このわらわに“力の理”を奪われ弱った人間と、海竜一匹如きで、討てると思っているその浅ましさに、ただただ笑ってしまうわ」
海竜へと姿を変えつつあるリィが地面を、天井を、岩肌を打って、激しい地鳴りが続く。
「っ、君はまたそういう無茶をして……どうしていつも君だけが、英雄のような貧乏くじを引くんだ!」
「悪いが、俺は誰よりも海魔を殺したくて殺したくて、たまらねぇんだよ。テメェにこいつを譲る気はねぇ」
ケッパーがディルの言葉から、その覚悟を読み取ったらしく、楓を通路へと追いやる。
「君も早く来るんだ」
「嫌! ディル、私も戦わせて!!」
「君じゃ足手纏いになるだけだ!」
「そんなことない、私は!」
「ケッパー」
「……すまない」
雅の体中に木の根が纏わり付き、瞬く間に拘束されてしまう。声を張り上げようとしたところで木の根が轡になり、それすらも叶わなくなった。
激しい地鳴りに続いて、天井が崩れ出す。雅はケッパーが握る木の根で引きずられながら通路を抜けさせられ、そしてリザードマンと争った空洞まで連れ出された。地鳴りはまだ続いている。ここもいつ崩れるか分からない。しかし雅にはそんなことよりも、ディルのことだけが心配だった。
雅の視線が口を塞いでいる木の根に向けられる。強く睨み、そして拒み続けた“切断”の意思を加える。
木の根が変質した空気から弾けた不可視の刃によって切られ、続いて雅の全身を拘束していた木の根までも切り裂いた。
「ディル!」
「戻るんじゃない!」
「でも、ディルが!」
「分かるだろう!? もう戻れない!」
ケッパーが雅を後ろから羽交い絞めにするが、暴れ続ける雅を非力なケッパーは制御し切れない。
「“人形もどき”!」
「なんで私を呼ぶんですか!? 雅さんが行きたいって言うなら、行かせてやれば良いじゃないですか!」
「行かせて、この子が死んだらどうするんだ」
「だって雅さんにとってディルは!」
「だからって僕は、君を死地に赴かせるような教育を施したつもりなんてない!」
雅を拘束したまま、ケッパーがほんの一瞬、指先を楓に向け、そして空を撫でるように滑らせる。
「な……っ……嫌、で、す! なに……な、んで?! 体が言うことを、利かない!」
楓が目を見開き、それから苦しそうな顔付きとなって必死になにかに抵抗している素振りを見せるも、やがてその足は動き出し、雅の前に立つ。
「楓、ちゃん?」
「ケッパー……私に、なにを……っ!?」
「君に“刺した種”を忘れていないだろう? 芽吹いてはいないが、根は君の体内に張り巡らされている。僕の指先一つで、君は僕の命令には、抗えない」
「そ……ん、な!」
「こんなことのために、君の手首に種を植え付けたつもりはないんだけれど、死んで良い命なんて無い。あとで君にどれだけ蔑まされようと、ここは君を遣ってこの子を止めさせてもらうよ」
「じゃぁ、ディルとリィは死んでも良いって言うの?!」
「違う。君を生かすためにディルとあの海竜は、選択をした。だったら僕は、その選択を尊重しなければならない。ただ、それだけだ」
雅に楓が近付き、そっとうなじに手が当てられる。
「くっ……ケッ、パー! こんなの、こんなこと……私、は……っ!」
「気を失わせるんだ。さぁ、速く!」
「やめて、楓ちゃん……」
「嫌、です。こんなの……こんな、こんなこと、私はやりたくなんて……!」
必死の抵抗も虚しく、楓の体はケッパーの命令通りに動き、手刀が雅のうなじにストンッと落とされる。
途端に雅の意識が混濁して行く。
朦朧とする意識の中で、ただ雅はディルを、そしてリィを呼び続けた。




