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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
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【-成長の果てに得たもの-】

「この先に居る。間違いない。臭いがするもん」

 リィは一つの通路へと近付き、指差した。


「人形もどきが頑張った分、僕らも頑張らなきゃ、かぁ。はぁあ、これが異次元での冒険だったなら、どれだけ嬉しいことか。ヒロインが居て、帰って来るのを待っているんだよ。それで、無事に帰還したその日の夜はもう……きっと、素晴らしい夜だよ」

「気色の悪いこと言ってないで、さっさと行って、さっさと倒してください」

「君ねぇ、『クィーン』をさっさと倒せると思ってんの? 逃げられたら終わりなんだよ。これだから頭の悪い子は無茶振りばっかりするから困る」

「はっ、ようやく『クィーン』と会えるんだ。どうだって良い」


 雅たちを尻目に、ケッパーとディルがリィの指差した通路へと入った。楓と目を合わせたあと、深く肯いて二人揃ってそのあとを付いて行く。


「なに……ここ?」


 リザードマンと戦った空洞よりも更に広く、岩肌全体が揺れ動く青い光で包まれている。リィが通路を抜けて入って来て、その光を見つめて小さく「嫌な感じがする」と呟いた。

 空洞の中央に、海魔が眠っている。人を喰い続けて、満月のようにまん丸と肥え太っている。寝言は聞こえず、そして海魔そのものが呼吸をしているような気配も見られない。


「ま、右目の礼は返させてもらわねぇとなぁ!」

 言って、ディルは地面を踏み締める。地面を媒介として金属の斧鎗を構え、それを振り乱して肥え太った海魔の中心目掛けて突き刺した。

「……ディル、非常に残念なことを言っても良いかい?」

 切れ目が入った海魔の皮膚がズルズルと剥ける。まるで、元々、剥離(はくり)することが前提であったかのように綺麗に剥がれた。


「それは外殻だ。卵の殻。つまり、中で『クィーン』は……成長している」


 皮の剥がれた海魔の中身は、大量の『穢れた水』が凝縮され、球体となって中空で制止している。そしてディルの斧鎗はその中心部に届いてはいない。


 水の球体の中心では、半裸の女性が眠りに落ちている。人間と見紛うほどの姿形をしていて、とても海魔とは思えない。


「海魔が、成長する、だと?」

「ああ。どうやらそのようだ。実に嘆かわしいことだけれど!」

 ケッパーが人形を水の球体に張り付かせる。そして人形から伸びた木の根が地面に突き刺さり、グングンと水を吸い出し始めた。

「成長し切る前に、仕留めなければならない」

 水の球体は徐々に小さくなり、眠りに落ちている半裸の女性の姿も鮮明に見えて来る。


――フフフッ。


 空洞内に、女性の笑い声が木霊する。雅でも楓でも、リィでもない。

 雅は水の中心部に丸まって眠っている半裸の女性を注視する。

 瞼が開き、そして閉じられていた口が裂けるように開かれる。


「防いで、ディル!!」


 嫌な予感がしたため雅はディルの元に駆け寄る。リィも、楓もケッパーでさえもディルの傍へと走った。

 そしてディルも有無を言わさず地面を踏み締め、金属で作り上げた防壁を前面に展開した。

 それとほぼ同時に、『穢れた水』によって作られていた球体が弾けた。水滴の全てを防壁で阻み、身に浴びずに済んだが、それで全てが終わったわけではない。ディルが金属の防壁の外に出て、斧鎗を軽く回す。


 半裸の女性が地面に横たわり、笑みを浮かべながら立ち上がろうとしている。さながら、産まれ出た小鹿のように必死に立ち上がろうとしては失敗して倒れる。それを何度か繰り返している。


 その様を、誰もが止めもせずに見つめていた。それは、目の前に居る存在が海魔なのか人間なのか、判別できなかったからだ。

 半裸の女性はようやく、足をガク付かせながら立ち上がり、(こうべ)をゆっくりと上げる。

 青い肌に青い鱗、白目――強膜は黒く、瞳は黄色。明らかに人間では無い。しかし、酷く人間に近しい。リィのように人に擬態しているわけではなく、“海魔そのものが人間のような姿”をしているのだ。


「フフフフッ、やっと……やっと手に入れた。陸を自由に歩く足を! わらわの更なる美しき声を! フ、フフフフフッ」


 抑揚がハッキリとしている。人語を解する。リザードマンよりも分かりやすい言葉遣い。どれもこれもが、雅の見て来た海魔とは違い過ぎる。

「よぉ、セイレーンの『クィーン』? 喜んでいるところ悪いが、さっさと死んでくれ」

 斧鎗の切っ先を向け、ディルが挑発するように言う。

「わらわが『クィーン』? わらわは確かに、女王となるべき器ではあるが、それは名称に過ぎぬではないか」

 半裸の海魔はニタァッとした笑みを浮かべる。


「わらわは、ベロニカ! 神に従いし聖女! この世界を統べる女王の名じゃ! よぅく、その頭に入れておくことじゃ」


「とち狂った神様のことを喋る海魔と会ったのは、今回が初めてだよ」

 ケッパーが愚痴りながら種から人形を作り出し、ディルの疾走に合わせて突撃させる。

「ああ、分からぬか! わらわのこの、強大に蓄えられた力が、分からぬと申すか!?」

 ディルの斧鎗を片腕で弾き、続いて人形を掴んで軽く力を加えただけで破壊する。

「なんだ……コイツは?」

「……ほぉ? 竜の恩恵を受けし者が一人、二人、三人。おっと、竜そのものまでここに居るではないか。さぞやリザードマンは礼儀を払ったことだろうな。しかし、竜の皮も、竜の牙も、彼奴(きゃつ)にはわらわたちを愚弄しているようにしか思えんかったに違いないのう」

 ディルの斧鎗を両腕で捌きながら、海魔が距離を詰める。


「特に貴様は、竜に見初められておるな? 人間が己本来のものとは異なる“理”を持つなど、あってはならん。行き過ぎた力じゃ……返してもらおうぞ?」


 斧鎗による連撃も、足技による不意討ちも全て見切って、海魔はディルとの距離を一定に保ち続けている。これが先ほど、歩くことさえままならなかった海魔なのかと疑ってしまうほどだ。

 ボーッとしている場合じゃない。

「ディル!」

 雅はディルと海魔の合間に空気の変質を行う。海魔がそれに触れて、ディルに接近しようとした力の分だけ反対側へと吹き飛んだ。

「……『風』、『風』の力か。わらわには、どうもそれは備わっておらんなぁ」

 呟きながら海魔は自身の爪で肌を裂く。そこからはヘドロのような血ではなく、人間と同じ赤い血液が零れ出ていた。

 その血液を指先に付け、(くう)になにかを描く。驚くことに、空間に血液が軌跡として残っている。そしてそれらを繋ぎ合わせたとき、ようやくそれが『魔法陣』であることに気が付いた。


「これが、貴様らの用いる『火』の理の一つじゃ!!」


 海魔の爪が魔法陣を引き裂く。裂いた魔法陣の中央から、起こりもしないはずの炎の奔流が迸る。どこの誰を狙ったものでもないが、雅は咄嗟にリィの手を引いて大きく距離を取った。

「海魔が、五行の力を用いた、んですか?」

 傍には楓が立ち、驚きながら声を発していた。

「返してもらおうぞ、人間! その行き過ぎた“力の理”を!!」

「はっ、なんのことだかさっぱり分かんねぇなぁ!」

 ディルは炎を見て僅かに動じていたが、迷わず突っ込んで来る海魔――ベロニカの爪を斧鎗で受け流しながら、地面を蹴る。隆起した岩がベロニカの体を天井まで突き上げるが、その岩を容易く爪で切断し、続いて空間に魔法陣を描いて、爪で裂く。

 木の根がうねるように()びて、ディルを拘束しようと蠢く。それらを斧鎗で断ち、続いて地面を蹴りながらの変質によって生じさせた炎で木の根を燃やす。


「あれは、海魔を越えている。そして、人智すらも、越えている」

 ケッパーがディルとベロニカの攻防を見つめながら呟く。

「あんな力を、僕は知らない」

 言いながら種から人形を作り出し、それをベロニカへと走らせる。


「人形遣いなど、邪魔じゃ。わらわはそこの許されざる者の相手で手一杯なのだからなぁ!」

 ケッパーの人形は引き裂かれるも、木の根をそこから大量に延ばしてベロニカを拘束する。しかしベロニカが目線で動かして作り出した血の魔法陣から炎が迸り、拘束していた木の根が燃え落ちた。

「『火』は『木』に強いわけじゃねぇんだよ、クソ海魔!」

「しかし“摂理”に至っては、燃えるじゃろう?」

 ディルが金属の防壁を張ると、これをベロニカが再びの炎で溶かす。

「お主が言いたかったのは、これのことかえ?」

 雅は目の前で起こったことに言葉を失う。


 この海魔は“五行”だけでなく“摂理”すらも理解している。


 ベロニカは嗤いながら溶けた金属に触れて、ディルへと浴びせようと腕を振るう。ディルは岩の防壁でこれを防ぎ、すぐに外側へと飛び出して斧鎗をベロニカに振るう。だが爪がこれを防ぐ。それも、まるでディルの繰り出す攻撃の全てを先読みしているかのように華麗に捌いている。


 雅には信じたくもないことだが、ディルは、ベロニカという海魔に押されつつあった。

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