【-闇からの急襲-】
「中……暗いね。明かりは?」
「明かりを付けていたら、海魔に居場所を伝えるようなものだろうが」
それもそうだ。けれど明かりの無い洞穴の中を進むのはそれ以上に危ないようにも思える。
「『クィーン』の場所まで直結なら分かれて進まずに済む。ケッパーの人形と、ポンコツの鼻でどうにかするしかねぇよ」
リィの頭を雑に撫でつつも、彼女はディルに撫でられているのが嬉しいのか顔を綻ばせる。
「僕の人形を先に行かせるのぉ? はぁ、また壊されちゃうよぉ」
「我慢しろ」
「せっかく新しく作ったのに……はぁ~あ、まぁ、『クィーン』討伐にはやむなし、かぁ」
ケッパーの手の平に根付く木の根が、操り人形の糸の役割を果たしているのか、先ほどまで引きずっていた人形が自立し、ぎこちない動きで洞穴の中へと入って行く。木の根から再変質――それも断続的な変質を行うことで、人形の四肢を動かしているのだ。
「集中もせずにずっと変質を続けられるなんて」
「だからケッパーは凄いんです。普段は、アレですけど」
雅は苦笑いを浮かべつつ、ここまで背負っていたワンショルダーバッグを近場に放り出す。これ以上は移動の妨げになると判断した。そしてリィと人形、ケッパーとディルに続いて楓と揃って洞穴へと入り込んだ。
中はやはり暗く、明かりが欲しくなる。十秒ほど瞼を閉じて開けば、目も慣れて来たが、ディルとケッパーがそそくさと先に進んでしまったらすぐに見失ってしまいそうだ。
入り口は空を仰ぐような穴だったが、中に入るに連れて、洞穴は緩くカーブを描いてしゃがんで歩けるようになり、更に進むと空間は大きく開き、立って歩くことさえ可能になった。狭い通路もあるが、ケッパーの人形が進み、リィが続くことでその先が狭い通路のまま行き止まりでないことがはっきりしているため、暗闇以外は安心して進むことができる。
狭い通路、広い通路、狭い通路と続きまた広い通路に出る。空間のあらゆるところに通路とおもしき穴はあるので、リィが『クィーン』の臭いを辿っていなければ、そこに至るまでに迷ってしまう。
「ひっ!」
雅が柔らかいなにかを踏み付けて、悲鳴を上げる。するとすぐにディルが雅の口を手で塞ぐ。
「……昨日、見掛けた連中の一人に顔立ちは似ている」
どうやら踏み付けたのは死体だったらしい。足に残った感触が酷く気持ち悪いのと、ディルが近くに居ることで、心臓はバクバクと跳ねている。
「また大きな声を上げんじゃねぇぞ? 次はどうなるか、分かっているよなぁ?」
コクコクと首を縦に振る。ディルが離れ、先を行くケッパーに追い付く。雅は深呼吸をして落ち着きを取り戻しつつ、後ろで詰まっている楓のために急いで通路を抜けた。
そうやって、次の狭い通路を抜けたところで、とても広い空間に出た。ここに来るまで左右に限らず上下も加わったため、方角や距離は全て分からない。そもそも今、山間の街でケッパーが広げた地図のどの辺りの地下の空洞に居るのかすら定かではない。
空洞の中で、ガシャァンッと大きな音が響き、続いて雅と楓の間をなにかが突き抜けて行った。振り返り、間を通過したものの正体を掴もうと岩肌を眺めると、粉々に砕けたケッパーの人形が転がっていた。
「女王の玉座に近寄ル忌マワシキ者ドモよ。人形一つであっても、通スつもりなど無イのだ。早々に立チ去レ。サモナクバ、貴様ラが寄越シタ、その人形のようになると知レ」
なにか重量のあるものがドタドタと空洞の中を跳び回っている。だが位置が把握できない。
岩肌の近くは危険だ。雅は空洞の中央辺りまで歩を進める。が、そこにケッパーやディル、リィが居るのに楓が見当たらない。
「楓ちゃん、後ろ!」
僅かに暗闇の中で見えた楓の後方――ギョロリと開かれた暗闇に輝く瞳が見えた。そしてその片腕に握られた石の鎗が彼女の体に突き立てられようとしていた。
「人形を馬鹿にする海魔は大嫌いなんだよねぇ」
岩肌に張り付いていたなにかが、石の鎗を突き立てようとしたところで動けなくなっている。先ほど粉々に砕かれたケッパーの人形から生え出した木の根がどうやら雁字搦めにしているらしい。
「このヨウナもので、我ヲ止めらレルものカ」
すぐにその拘束は解かれるが、楓が間一髪助かる猶予は与えられた。石の鎗は空を貫くだけに留まる。楓が急いで雅たちの元へと走り、短剣を抜いた。
「ソウか。我ラに反抗するカ。ならば、やはり始末シナケレバならないか」
「作戦通り、先を行って」
雅はディルに言いつつ両腰の短剣を引き抜いた。
「先? 先にどうやって行クと言うノダ?」
空洞の天井を何者かが――リザードマンは尾の吸盤を張り付けて二足歩行で立っている。そして石の鎗で天井を貫き、そこから重力を無視するように跳ねてはまた天井に張り付き、石の鎗で天井を貫く。
激しい地鳴りを感じる。
「まずい、おいクソガキ!! こっちに」
天井を支えていた岩が崩れ出す。雅は言われた通りにディルの元へと走ったが、それを阻止するかのように頭上から石の鎗を持ったリザードマンが降り立ち、その鋭い眼光に睨まれて動こうにも動けなくなった。
「ちっくしょうが! 分断するのが狙いか! ならそっちの通路が当たりなんだな!?」
「女王の目覚メをその目で見届ケタイならば、遠回りに戻ッテ来ることだ。それまでの間、我は貴様ラを始末スルとしよう」
一際大きな岩がリザードマンの後方に落ちる。衝撃と礫で雅は瞼を閉じ、続いて開けたときにはどこにもディル、ケッパー、リィの姿は見えなかった。
「返事をしろ、クソガキ!!」
「大丈夫! 潰されてない!」
岩の向こうからディルの声がした。
「岩を変質させて、こっちに来られない?!」
「ヤメテおけ。その岩は要ノ石ダ。崩セバ、この空洞全テが崩落スル。嘘ダト思うのならば、やってみるが良イ。コチラに居ル討伐者ヲ見捨テラレルのならばの話、だが」
「……畜生が! 海魔如きの分際で俺の動きに制限を掛けるんじゃねぇ!」
「良いかい、“人形もどき”。作戦は続行だ。君たちはリザードマンを相手にしろ。ただし、そいつを仕留めても先には進むな。進むのは僕らと合流してからだ。そして、絶対に死ぬな」
「分かった!」
「死ぬんじゃねぇぞ、クソガキ!」
「……うん!!」
それからディルたちの声は聞こえなくなった。




