(7)
同窓会から数日。菊田は相変わらず、外との交流を避ける日々を過ごしていた。
まだ日雇いの労働で稼いだ金が残っており、無理に働く必要はない。暗い部屋の中でテレビもつけず、布団の上に座り込んでいた。
「わかってはいるんだけどな」
闇の底にいた自分に一筋の光を差し込んでくれた律子。彼女に会えば、また自分を普通の人間と思えるのではないかと考えたのだが、長年に渡る負の蓄積はそう簡単には拭えなかったらしい。そもそも、彼女を一目見れば変われるのではという甘い考えは、単なる妄想に過ぎなかったというわけか。
肩を落としていると、聞き慣れない電子音が室内に流れた。それは滅多に鳴らないはずの、携帯電話の着信音であった。
「誰だ?」
仕事に就いていない今、かけてくる相手に思い当たる節はない。どうせ間違い電話だろう。
案の定、画面に表示されていたのは記憶にない番号。だが、電話に出てみると、相手の声には聞き覚えがあった。
――お、菊田。元気か?
「……坂口?」
どうして坂口が番号を知っている? 同窓会では、誰にも番号を教えなかったはずだが。
菊田が混乱していることなどお構いなしといった口調で、坂口は饒舌にまくし立てる。
――いやあ、実はお前を家に送った時、こっそりケータイの番号を登録しちゃったんだよな。つい、出来心で。はっははは。
坂口は朗らかに笑いながら、申し訳なさそうな様子がちっとも感じられないトーンで謝罪する。いささか愛嬌を振りまけば許されると思っているのは、残念ながら昔からのことだった。
「どうしてそんな」
――いいじゃないか。だってこうでもしないと、連絡とれないだろ? あ、そうだ。今度、三年二組の男だけで飲み会やるんだよ。気兼ねなく、パーッとね。よかったらお前も。
「いいよ、俺は。もっと仲のいい奴と、一緒に行けよ。会社の同僚とかもいるだろうし。
――水臭いなあ、お前は。中学の時もそうだったよなあ。ま、わかったよ。また次にするよ。
「用事がないなら、もう……」
――あ、そうそう。最後に言っておかなきゃいけないことが。お前の番号、律子ちゃんも知ってるから。
「えっ」
どういうことだ。何故彼女まで、携帯電話の番号を。
答えは考えるまでもなく、すんなりと明かされた。
――知ってるんだぞ? お前と律子ちゃん、昔よく話をしてたの。ほら、最近結構聞くだろ。同窓会で、過去のうんぬんが再燃するってのが。律子ちゃん、今はフリーのはずだぜ。
「まさか、お前が番号を」
――じゃ、そういうことで。進展した頃に、また電話するから。
「進展って……あっ」
言い返す間もなく、電話は一方的に切られてしまった。見てくれ以外はさほど変わっていないという印象であったが、お節介ぶりにはますます磨きがかかったらしい。
「俺は、そんなつもりじゃ」
いくら弁解しようにも、相手がいなければどうすることもできない。頭を抱えていると、今度は先程とは違う番号から電話がかかってきた。
「も、もしもし?」
――もしもし。菊田君?
おそるおそる出てみると、それは律子からだった。
菊田は半ばパニックを起こしかけ、ついどもってしまう。
「あ、え、ええと」
――さっき、坂口君から電話があって。菊田君に、番号見たってこと伝えるって言うから……。ごめんね。あの時止めたのに、坂口君ったら全然聞いてくれなくて。菊田君が寝てる間に、勝手にケータイいじって。
「いいよ。別に、これくらい。俺の番号なんてすぐ消し」
――あの。今度、二人で会わない? お酒は抜きで。あの後菊田君、すぐに寝ちゃったから話し足りなくて。嫌なら、いいんだけど。駄目かな?
「え……」
まさかの誘いに、緊張にゴクリと生唾を飲み込む。
ここは、どう答えるべきなのだろう。断るべきなのだろうか。それとも。
菊田は携帯電話を握りしめたまま、しばらく黙りこくっていた。




