(6)
「……君? 菊田君?」
意識が妙にぼやける中、菊田はうっすらと目を開けた。
「あれ? ここ……」
先程まで騒がしかった会場は、一体どこへ消え失せたのか。気がつくと、自宅の万年床に寝かされていた。
「よかった、目が覚めたのね。ビール一杯で泥酔するなんて、菊田君って本当にお酒、弱いのね」
そう言って顔をのぞき込むのは、ホッとした表情でこちらを見つめる律子だった。どうやら酒に飲まれた自分を、彼女が付きっきりで介抱してくれていたらしい。
「もう、大変だったんだから。何とか家の住所を聞き出して、タクシー呼んで無理矢理乗せたのよ。私一人じゃ運べないから、坂口君にも手伝ってもらって」
「坂口に……。何か、申し訳ないな。うっ……」
頭にズシリと重い感覚を覚え、菊田は額に手を当てた。脳内に鈍痛が走り、のど元にムカムカとした違和感を覚える。
「悪酔いしてるの? 大丈夫?」
「ああ、うん……」
ただ一目、彼女に会えればそれだけでよかったのに。まさか、介抱までさせてしまうとは。
菊田は罪悪感に駆られ、顔をそむけて布団に潜り込んでしまう。
「駄目だな、俺って」
誰にも届かないほどの小声で、密かにポツリと呟く。
「……せっかく会えたと思ったら、これか」
菊田はあの夏の日以降、律子と少しだけだが教室で会話をするようになった。それは好きな物の話やどんなテレビ番組を観たかといった他愛のない雑談ばかりであったが、能力で人を不幸にすることを恐れ、ずっと孤独だった菊田にとっては貴重な時間だった。彼女と一緒にいる時だけ、自分も人間なのだという実感を得られた。
しかし、中学を卒業してから現在に至るまで能力に苦しめられ続けたせいで、自分が誰かを不幸にするという強迫観念そのものは心にしつこく残ってしまってはいる。中学を卒業してから誰とも連絡をとらなかったのも、その後もまともな人間関係を築かなかったのもそのため。自分のせいで、誰かを傷つけたくなかったからだった。
それでも、律子との思い出を回想するたびに心なしか気分が楽になる。そして、自身にこう言い聞かすことができるのである。自分は死神なんかじゃない。だから、他人を不幸にすることはないのだと。
その時の気持ちが、あの葉書を目にしてからどうしようもなく懐かしくなってしまった。だから、彼女にどうしても会いたくなって、勇気を振り絞って初めて同窓会に顔を出したのだった。その結果が、よもやこうなろうとは露ほども思っていなかったが。
「迷惑かけてごめん。もう、大丈夫だから」
「いいの。何か、菊田君のこと見てると放っておけなくて。それに」
「ん?」
「ううん、何でもない。そろそろ帰るね。じゃ……」
律子はそう言うと、何度か後方を気にしながら部屋をあとにした。
一人残された菊田は、古い染みがついた天井を眺めながら顔をしかめる。
「行かない方がよかったかな」
ふと手元を見ると、携帯電話が転がっていた。古い型の、紛れもなく自分のもの。
こんなところに、無造作に放置してなどいただろうか……。
疑問に思いながらも、頭痛に耐えかねて再び床についた。