(3)
後日。菊田は結局、同窓会の会場に足を運んでいた。
会場は、自宅アパートからさほど遠くはない場所に建っている居酒屋。その大部屋を貸し切って行われてるという。
彼が辿り着いた頃には、室内に懐かしい面々が勢ぞろいしていた。
「あ、菊田! 菊田だろ、お前!」
部屋の入口で突っ立っていた菊田に、でっぷりと肥えた腹をした男が気さくに声をかける。
だいぶ印象は変わってしまったが、菊田にはその人懐っこい笑顔に見覚えがあった。彼の名は坂口。クラスのムードメーカー的な存在で、当時から人気者であった。
菊田と特別親交が深かったわけではないが、この男は誰に対しても馴れ馴れしいというか、フランクな感じなのである。もっとも、昔から暗い顔ばかりしていた菊田のことを気にかけていたのか、一方的に声をかけてくることはあったが。
その明るさとお節介ぶりが、今も衰えぬと見える人気の秘訣なのかもしれない。
「どうしたんだよ、今まで何の連絡も寄越さないで。同窓会に来るの、初めてだろ? 三年二組は永久に不滅だって、卒業式の日に宣言したはずなのにさあ」
「……今まで、都合がつかなかったんだ」
「ま、それはいいや。ささ、こっちで飲もう。これまで一回も連絡がとれなかったもんだから、みんな顔くらい見たいって思ってたところなんだぜ?」
「いや、俺は」
正面にいる男など既に眼中にはなく、菊田は周囲の人間に注意を配っていた。
彼が目で追おうとしていたもの。それは。
「ごめん、遅くなっちゃ……て」
出入口の襖が開くのと同時に、鈴の音のような声が聞こえてくる。振り向くとそこには、落ち着いた色の服に身を固めた女が立っていた。
髪はふんわりとしたダークブラウンのボブカット。いかにも穏やかそうな、柔和な顔立ち。多少老け込んではいたが、間違いなかった。彼女こそが、菊田が探していた女性。牧村律子であった。
「菊田君? あなた、菊田君よね」
「…………」
菊田は無言のまま、律子のことを伏し目がちに見つめる。
その様子を目の当たりにした坂口は、大仰に首を振りながら二人の顔を交互に眺めた。
「あー。なるほど、なるほど。はい、わかりました。この坂口には、全ての事情が一瞬にして飲み込めちゃいましたよっと。ではでは、お邪魔虫はこの辺で……」
坂口はそそくさと、後方でどんちゃんやっている方々の元へと戻っていった。
「あ。ええっと」
その後も菊田は話を切り出せないまま、どうしたものかと視線をそらす。彼がそのような態度であったためか、先に口を開いたのは律子の方であった。
「元気だった? 私、心配してたのよ。だって卒業してから、一度も姿を現さないんだもの」
「ああ、そ、それは」
「うーん。ここで立ち話するのもアレだし、あっちの空いてる席で飲みましょうよ」
「え、あ、俺、酒はちょっと」
「そんなこと言わないで。ね?」
「あ、いや、ええと」
律子はパッと菊田の手を取ると、グイグイと端の座席へと誘導していった。そして彼を強引に座らせると、有無を言わせる間もなくさっさと酒を注文し始めた。
……顔を見られるだけで、充分だったのに。
彼女の行動は、そんな菊田の内心にことごとくそむくかのようだった。