(2)
「俺には、どうして見えてしまうんだ」
菊田は一人、怯えた顔つきをしながら自宅で布団にくるまっていた。それはまるで、テレビ越しにニュースを淡々と伝えるアナウンサーから目をそむけるための動作のようであった。
「いつまで俺を苦しめる気なんだ。一体、いつ解放されるんだ」
しんと静まり返る六畳一間に、答えのない問いがこだまする。自身の持つ能力を呪いながら、軽く目を閉じた。
菊田には生まれつき、普通の人間にはない能力が宿っている。それは死期が近い人間を感知するという、非常に特異なものであった。
その能力は、任意で発動できるものではない。死期が迫った……それも、その日のうちに何らかの形で死亡する運命にある人間を何らかの形で目にすると、身体の周囲に黒い靄のようなものがまとわりついているように映るのである。
幼き日は皆が当たり前のように有している能力であると信じていた。だがある日、祖父の写真を見て「おじいちゃん、もうすぐ死ぬんだね」と口走るなり両親に叱り飛ばされ、それが現実となった瞬間、化け物でも見るような恐怖の眼差しを浴びせられたことで特別な力であることを自覚した。そしてそれは、人前では決して口に出すべきことではないということも。
その自覚は、菊田の心に思いがけない苦しみをもたらした。それは、人の死期をわかっていながらどうすることもできずにいることへの後ろめたさが原因であった。
菊田はこれまでに、何度も黒い靄にまとわりつかれた人を目にしてきた。実家の近所に住んでいた、優しかったおじさん。同じ高校に通っていた女生徒。見知らぬ母親が抱いていた、小さな赤ん坊。老若男女を問わず、靄は突如として目に映る。そして、それが現れてから程なくして、皆事故や突然の病で命を落とした。
彼はそれを、ただ見ているだけしかできなかった。死期が近いことを感知できるだけで、どうすることもできない無力な自分を笑うことしかできなかったのだ。
死にゆく運命にある人間を目の当たりにして、哀しそうに笑う。それが菊田の生き方だった。
「俺は、どうすればいい。どうしたらいい」
いっそ両目を針で突いて、忌々しい力から逃れようかと悩んだ時期もあった。しかし、自分で自分の目を潰せるほどの根性は、彼には備わっていなかった。
自分は永遠に、他人の死期を悟りながらも見捨てるしかない。目に映る者の命が、風前の灯であるとわかっていながら。この命が続く限り、ずっと……。
「くそっ!」
菊田は布団をはねのけ、目を血走らせながらそこらにあるものを一気に腕で打ち払った。粗末なちゃぶ台は揺れ、上に乗っていた紙類がバサバサと床に舞い落ちる。
その中に一枚、葉書が混じっていた。外の郵便受けから取り出してからずっと放置していた、チラシに紛れ込んでいたものであった。
「ん。これは……」
正気に戻った菊田は、散らばった紙をかき分け葉書を手に取る。よく見るとそれは、中学校の同窓会を知らせるものだった。
「こんなものがあったのか。みんな、元気だろうか」
卒業してすぐにクラスの皆と関係を絶ってしまったため、かつての学友がどこで何をしているのかなんてまるで見当もつかない。それに、今更になって知る必要もない。これまでだって、平然と無視してきた通達のはずであったが。
「…………」
あの頃はよかった。自身の持つ能力に悩んでこそいたものの、今と比べれば充分楽しいひと時を過ごせていた。何の特殊能力も持たない、普通の人間と同じように生きることができていたのは中学時代が最後だった気がする。高校に進学した頃から……彼女と離ればなれになってから、この能力がさらに恨めしくなるようなことが次々に降りかかって……。
「戻れたらな」
できれば、楽しかったあの頃に戻りたい。それが無理ならば、おぼろげに残っている記憶の欠片にすがりつき、過去の幸福の断片に触れたい。一目でいいから、彼女会いたい。
長らく心の奥底に封じていたはずの感情が、どういうわけか沸々と込み上げてくる。
「でも、俺は……。俺は…………」
葉書は拳の中で、くしゃりと歪んだ。