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習作

幻想恋愛大系  その一 火星と鏡

 北海道の道都札幌、南二・三条中通のことを地元の人は狸小路と呼んでおります。明治初期からここに商店街が発展したのは、官庁街と薄野遊廓に挟まれ、周囲に主要幹線道路が走っていたという恵まれた立地条件によることもありましょうが、夜な夜な白粉を塗った狸たちが出没し、男共を引き寄せた所為でもあるとは、土地の古老の話であります。

 この商店街、創成川傍の西一丁目を基点とし、中通り沿いに西へ一キロ以上の長さに延びており、中でも一丁目から七丁目まではアーケードとなって雨天でも濡れず、便利に買い物ができるようになっております。ただし七丁目から先は、六丁目までのような賑わいはなく、たいてい人通りもまばらな様子は、暗くなると今でも狸が現れ、人を化かしてもおかしくないと思われます。

 この狸小路の八丁目から先、もうアーケードも途切れ、夜になるとほとんど真っ暗になる辺りに、今回僕が買い物に出かけた店がありました。

 買い物というのは、少し大きめの姿見を自分の部屋に欲しいと思ったのです。実は明るいところの店にも寄ったのですが、そういう洒落た店にある品物はちょっと僕の懐具合には余る値札が付いていたのでした。

 そこで少し暗い、と言ってもまだ昼間ですから、並びにある店がみんな煤けて、中に入ると品物がごたついて置かれていて、古い蛍光灯なんぞがあっても埃だらけで照明が行き届かない、そんな店ばかりが並んでいるあたりに僕はやってきました。

 ここに、看板があるのか無いのか、店先に大きな狸の置物とか瓶とか何だかわからない汚れた木の板とかが肩を寄せ合うように並んでいる、どう見ても客が寄りつきそうもない古道具屋が一軒あるのを、僕は知っていたのです。そう言えばと、あの店の中の、これまたゴタゴタとした片隅に、僕が欲しいと思ったような大きさの姿見が置かれていたのを見た記憶が、僕の脳裏に浮かんだからでありました。

 この店の、多分主人というのでしょうが、口先が尖っていて、目がまん丸で、頬が毛深いところなんぞが妙に獣臭い人相の男が、僕が店へ入るなり言ったことが、

「ちょっとあんた、ここで店番をしておくれ。何、一時もしたら直ぐに帰って来ますけ、その間誰も出入りをしないように見張っていてな」

 そう言ったかと思うと男はふっと店を出て姿を消してしまったのでした。

 僕が途方にくれたと言えば嘘になります。実のところ最初は何が何だかわからず、それから次には丁度よい、例の姿見を下見しておこう、どこかに疵でもあった日には値切りの種になるだろうと思い浮かんで、店舗の中へずんずんと入ってしまったのです。

 ところが僕が例の姿見を見つけたか見つけないかという時に、誰やら店の中で動く気配があり、これはマズい、あの店主がもう帰って来たかと振り向くと、店の中の品物がゴタゴタと置かれていて狭くなっている通路を、背が高くて顔の嫌に細長い灰色のコートを着た男が入ってくるではありませんか。

「あの、どなたですか? 店主は今おりませんが」

 そう言っても男は構わず入って来ます。

「ちょっとちょっと、貴方入られては困ります」

 そう言うと背の高い男は細長い顔をずっとしかめて、

「入るんではない、出て行くんだからいいだろう」

 そう答えたかと思うと、僕がたった今見つけた姿見の硝子に向けて思いっきり飛び込みました。ガッシャンとてっきり硝子が割れるとばかり思って僕はとっさに飛び退きました。とばっちりを喰らって怪我をしてはつまらぬと思ったからです。

 ところがその男が激突したはずにも関わらず硝子は割れず、それどころか男の身体が、姿見の少し汚れた硝子の面にスーッと吸い込まれてしまいました。僕はすっかり驚いて、その硝子の面に触れてみましたが、冷たくてつるつるした硬い手触りが指先に伝わってくるだけで、ほんの一ミリも入り込みはしません。

 摩訶不思議とはこういうことを言うのでありましょう。すっかり驚いた僕が、はてこの始末をどうつけたら善かろうかと考え込んでいるところへ、最前僕に留守番を押しつけた店主が帰ってまいったのです。帰ってくるなり彼の男は、まん丸な眼をことさら丸くし、尖った口先を突きつけるようにして僕に小言を言い始めました。

「あんた、あれほど誰も出入りせぬようにしてくれと言ったやないか。それが帰って来てみればどうじゃ。一人出て行ってしもうているじゃないか」

「出て行ったとはどういうことです? 僕が見たのは男が鏡の中に入ったのきりですが」

 すると店主の言い草はこうです。あの鏡は地球からの出口になっている。だが地球からの出入りには許可がいり、許可無く出入りしようとする者は捕らえねばならないのだと。

 訳のわからない話に僕はすっかり混乱し、腹が立ってしまいました。

「地球からの出口と言って、いったいあの鏡の中はどこへ通じているのですか?」

 僕がそう聞いたのは、この手妻のからくりをちょっとでも明らかにしてやらねば気がすまぬ、そういう思いからでした。途端に店主はびっくりまなこをさらに見開き、しどろもどろになって言いました。

「あ、あんた、それも知らずにうちに来たんかいな? そ、そんなもの、か、火星に決まっているやないかいな」

 どうやらこの店に来る客には常識らしいこの知識を、僕が持たないと知った店主はあわてて懐から何やら取り出しました。ピカピカ光る金属の突起がいくつも突き出した拳銃のようなその道具は何やら禍々しく、不吉な気配を発しておりました。

「そ、それは何です?」

「何ですて、そら消去銃ですがな」

「それを使って何をするつもりです?」

「知らんでいいことを知ってしまったからには、すっぱり消すしかないでっしゃろ」

「ぼ、僕を消すというんですか?」

「しかたありまへん」

 冗談ではありません。鏡を買いに来ただけなのに消されてしまうなど、どう考えても納得できる訳が無いではありませんか。僕はあわてて店主の持つその『消去銃』を取り上げようとしました。でも店主は手を離そうとはしません。やがて僕と店主がもみ合ううち『消去銃』の突起がブゥーンという唸りをあげたかと思うと、その先端から細くて蒼い怪光線がピカッと言う風に飛び出しました。そうしてたまたまその先が向いていたあの姿見の鏡面にぶち当たったのです。

 その時僕は、当然鏡が光線を反射するものとばかり思っていました。ところが鏡は、怪光線の当たったところからピシッと罅割ひびわれたのです。

「し、しもた!」

 店主はそう言うと『消去銃』を取り落とし、あわてて鏡面に生じたひびを押さえようとします。でももうたまりません、手で押さえたくらいではそのひびは押さえきれませんでした。店主の毛深い手のひらからはみ出たあたりから、シュウシュウ、ピキピキという音もします。そのうちピキピキピキという音と共にひびは四方に延び、次には銀紙が潰れてしわになるようにクワシャと縮んだと思うと、鏡は砕け散ってしまいました。

 ビューッ、ゴー、凄い風が姿見に向って吹き始めました。まるで辺りの空気がすべて硝子の砕けた姿見に吸い込まれていくようです。僕は学校で習ったことを思い出しました。火星の大気圧は地球のそれの百分の一以下なのでした。このままでは気圧差で地球中の空気が火星に吸い取られてしまうにちがいありません。今はまだあの不格好な店主の身体が姿見のほとんどを塞いでいるからいいようなものの、どう見てもあの身体が火星に吸い出されてしまうのは時間の問題です。とにかく何でもいいからあの穴を塞がねばなりません。

 そこで僕は……(未完)

ご意見、ご批評お待ち申し上げております。

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