始まりの一
岐阜県多治見市に存在する織田高等学校に通う普通科一年、『猛琉和也』は、大変ご立腹だった。毎度の事とはいえ、昔からの友人である『ヒロ』の寝坊についてだ。朝の忙しい時間に何かと理由をつけては布団に潜り込むヒロを妹であるヒカリがたたき起こすのを家の外で待っていなければいけないからだ。ほぼ毎日懲りもせず、グースカと惰眠を貪ろうとするヒロに対して、何度かキレて外から石を投げつけた事もある。その度に謝るヒロを学校へ向かわせ、自分はそれに付いていく。
道中で、仲のいい連れである3人と合流して、登校していくのが、中学時代から続く、いつものペースではある。が、しかし、こうも毎日毎日同じ事を繰り返されると腹も立つというものである。「あの野郎」と思いながら、和也はヒロ家の外で、ドッタンバッタンと騒がしい音に耳を傾けるのだった。
一度妹のヒカリはたたき起こすのではなく、甘い囁きで別な方向から攻めてみたが、頭を撫でられた後に爆睡される始末に終わっている事から、そちらの方向は止めている。従って今も、絶賛モグラ叩き中で、ヒロが起きるのは後5分位だろうか。
「ハァ……」
ため息を吐き、粘り強く待っていると、力強い足音と共にヒカリがヒロの首根っこを掴み、やってきた。見ると、大苦戦だったらしく、所々が乱れているヒカリは息を荒げ、ヒロを和也の手前に投げ捨てた。
「和也……先輩!おはよ、ございますっ!お兄ちゃん!起こしてきました!!」
「うん。ご苦労様、ヒカリ」
「なんのっ!可愛い、お隣りさんでも……ハァハァ、いるのなら!喜んで、この役任せますが、今!この馬鹿兄貴!起こせるの、私しかいませんからっ!」
「うん。本当ご苦労様」
「フゥー、フゥー。……それではっ!私は学校がありますので、これで!」
「毎度毎度すまねえな。感謝してるよ、ヒカリ」
「ではっ!」
敬礼のようなポーズを取ると、ヒカリは騒がしく去っていった。玄関からここまで一分もない、このやり取りがいつもの日常茶飯事だ。
そして、寝ぼけたままのヒロに拳骨一発くれて、起こすのが和也の朝である。
ゴンッ!!
「おはよ。ヒロ」
「……おはよ。和也」
☆
織田高等学校までは歩いて30分少しの時間が掛かる。この間、歩いて8分程度で和也の幼なじみの咲枝が合流する。
「お早う!二人とも。そろそろ来ると思ってた」
咲枝は、快活な女性で強気な態度が特徴の人間だ。和也とは、昔からの仲なので、お互いに気兼ねない。端から見ると、まるで家族関係のように映ると言う。
「ヒロの寝坊癖治らないみたいね」
「ああ。いい加減困ってんだ。なんかアイディアないか、咲枝」
「うーん。ヒカリちゃんがたたき起こす以外の手段だよね。水ぶっかけるとかどうかな?」
「ハ……。水程度で起きるか、コイツが」
「和也。水責めは最上級の拷問刑だって知ってる?いくらなんでも……」
「行こっ!二人とも遅刻しちゃうよ」
咲枝がそう言い、二人を引っ張っていくと、一分もしない内に、もう一人合流してくる。見ていたかのようにだ。
「おはよーさん。今日も一日頑張っていこーな」
やや関西ぽい語尾をつけるのは、ニヤニヤした笑い顔が張り付く中学からの馴染み。制服を着崩した男の子だ。
「おはよ、ラグナロク」
「おはよぅ、ラグナロク」
「オハヨー!ラグナロク!」
冗談ではなく、本気で名前がラグナロクな『思伊込ラグナロク』。その人である。
一応漢字で『聖戦』とあるが、呼び名はラグナロクだ。名前の由来は娯楽雑誌からだと、以前彼は言っていた。
「気にするなや。僕はこの名前気にいっとんのや。変だ変だ言われるけどなあ、受けはいいやん。僕の名前、一発で覚えてもらえるやん。そしたら、仲良うなれる。みなハッピーやで……みたいな事を前言っていたよなラグナロク」
「……そないな事言うたかのう?」
「言ったよ、ラグナロク」
「言ったわよ。ラグナロク!」
「あっかーん。ラグナロクはハンデやでえ」
ラグナロクは悪巧みもするが、基本気さくな男だ。名前の事も、それが受けに繋がると理解した上で、わざとオーバーリアクションを取るところもあるので、和也達は飽きる事なく、よくいじる。
いつも見られる光景なので、周辺の人間もまたニヤニヤしながら、彼らの行動を楽しんでいるのだ。
「あかんあかん。はよせんと遅刻するで!」
「ちょっと急ぐか」
「走るのね」
駆け足で学校へ向かうと、5分程度の時間で仲間の最後の一人にぶつかる。彼女はぶつかる。ドジではなく、当たり屋のようにぶつかり、当然のように現金をせびる。見晴らしの良い悪い関係なしに、誰にでも言う。
「あー、イタタ。これは、骨が折れてるわ。医者に見せる必要がある。責任取ってもらおうかしら」
「真奈子……。お前は」
「あら、お早う和也君。随分な事をしてくれるわね。一体幾ら支払ってくれるのかしら」
「お前からぶつかってきたんだろ、オイ」
「何を言っているの。ちゃんと撮ってるわよ。ほら、貴方の悪行を!このカメラが」
真奈子は持っていた鞄からカメラを出す。校則違反の彼女の私物だ。常日頃から彼女はカメラを隠し持ちては、色んなものや色んな出来事を記録している。
「撮ってるわよ」
「じゃあ、その映像を見せやがれ。さっさとカメラよこせ!」
「いやん。駄目よ、野蛮な、このケダモノ」
後方から3人が追いついてくる。数秒といったところだろう。
「だいたいなんで真奈子はカメラなんて持ってるんだよ。何がしたいんだ?」
「あら?それを聞くのかしら、和也君は。まあいいわ。教えてあげる。私はねPOVMOVIEで一旗上げたいのよ。衝撃映像をハリオッドに売り込み、スペルバーグにプロデュースしてもらうの。そして、続編を作り続け、一儲けする算段よ」
「なんだそれ」
「お金は大切よ。覚えておきなさい」
「そやで。お金は大切や」
「追いついたか、ラグナロク」
「また揉めてるなあ、真奈子は。遠目からよーく、目立ってたわ」
「お早う聖戦君。見せてるのよ、わざと。この男の悪行を」
「まだ言うか。カメラよこせ!」
「嫌」
更に二人が合流してきた。それを何事もなく、受け止める真奈子に咲枝は声をかけ、ヒロも声をかけた。勿論、朝の挨拶だ。
「マーナー。お早うー。もう朝から和也で遊ばないの!」
「遊んでないわよ。からかってるだけ。お早う咲枝」
「真奈ちゃん。おっはよう!」
「フ……。お早うヒロ君」
微細な違いはあるが、この5人はいつもこうして登校する。だいたいこんなものだ。はてさて、いつもと違うとすれば、それは誰も認識していない光の魔法陣が彼らのすぐ上空に出来ていたという事か。
「あ!あんなところに小猫がいるよ」
先に気付いたのはヒロだった。道路の真ん中に可愛い可愛い小猫が一匹。ニャーと鳴きながら、道路を渡れず、うろうろしている。そこへやってくるのはクラクションを鳴らしながら、突っ込んでくる10トンのトラック。スピードは60キロ。減速とハンドルを切るのを同時に行ったが、回避しきれそうになし。もう、完全に小猫にぶつかる勢いで、一匹の命は風前の灯だった。
「危ない!小猫ちゃーん!」
彼は一瞬で動いていた。状況を判断すると、迷いもなく小猫を助けに飛び出した。
彼の眼前にトラックのライトの光。
そして、”彼のいた場所”に魔法陣の光が。
それぞれ降り注いだのは、また同時だったのであった。