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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第十二話  古の盟約



 まるで気紛れな猫のように闇夜に姿をくらましたヴァールを尻目に、品の良い笑い声が修復された部屋の中に響き渡った。

 口元に手をあてがいながら、微笑を零すその姿は凛としており、淑女の模範のような姿だ。

 しかし、麗しいのはその外見だけだと知っているエレアノーラはどうでも良さそうに視線を逸らした。



「今し方、屋敷の修復を終えたばかりなのに、これから依頼を終わらせて帰ろうだなんて……彼女はよっぽどこの大陸に居たくないようだね、ネリー」

「ふん。確かにお前や、得体の知れないエルリクがまだ潜んでいるかもしれない大陸なんぞに誰だって長居はしたくないだろうな」



 破壊される前と同じく元通りに戻った部屋を眺めながらエレアノーラは莫迦にするように鼻を鳴らす。

 少なくとも自分だったらそんな場所に長居するよりも、自身の大陸に戻った方がよっぽど安全だと考えるだろう。だからヴァールの行動は咎める必要などないし、むしろ仕事に対し意欲的に取り組んでいていいとすら思う。

 だがそれよりも、他に問題があった。

 エレアノーラは近くに立っていたヴェルンヘルの胸倉を引っ張ると、無駄に整ったその顔を引き寄せた。長身のため、彼が屈むような姿勢をしいられるが、エレアノーラに動作に遠慮などない。

 妙に冷え切った眼差しをヴェルンヘルに向けながら問いかけた。



「それよりも聞きたいことがある。あれは誰だ?」

「――何のことだい?」



 綺麗な笑みを繕ってはいるが、確かに一瞬不自然な間が空いた。それを見逃すほどエレアノーラも莫迦ではない。

 首元のリボンを引っ張る力を強めながら更に追求する。

 


「誤魔化すな。あれは確かにヴァールの姿をしてはいるが、間違いなく別人だ」

「その根拠は一体どこから出て来るのやら。あれは確かにヴァールそのものだよ」



 頑なに言い切るヴェルンヘルにエレアノーラは微笑を口元に張りつけた。しかし、細められた金色の眼差しは燃え上がるような激情の炎がちらちら浮かんでいた。

 ゾッとするような殺気を孕んだ眼差しが嘗めるようにヴェルンヘルの顔をじっとりと見据えた。

 


「ほう。お前にはあれが本当にヴァールに見えると? 本気でそう言っているのだな? ならば、今はそれでも構わない。だが、この大陸に居る最中に面倒を起こされてもことだ。奴が暴食大陸グラトニーに帰国するまで監視しろ」

「監視とはまた物騒なことを口にするなぁ、ネリーは」

「お前の心ない謝罪など対価の内にすら入らん。お前が奪った私の唇と魔力はいと高きものだぞ? 薬を盛り、勝手に魔力を奪ったのはお前だ。そのくらいの働きくらいしろ」

「やれやれ。相変わらず容赦の欠けらもないな。同胞であるヴァールですら、信用に値しない人物だと。……そういいたいのかい?」



 まるでこちらの出方を試すような口振りに、エレアノーラは迷うことなくはっきり言い切った。



「無論だ。お前も信用出来ないが、あの女とてひと皮剥けばエルリクと同類であることに変わりはない。私とてその本質を見抜けぬほど莫迦ではないさ。だから同類であるお前に頼んでいるのだろう? ヴェルンヘル」

「……仕方がない。今回は引き受けてあげるよ」



 己に非があることを認めた上で、ヴェルンヘルは肩を竦めるとその場から姿を消した。

 掴んでいたリボンが消え、エレアノーラの指先が強く己の手のひらに食い込む。血が滲むほど強く握り締めているにも関わらず、エレアノーラの表情は暗かった。

 自分が表舞台から姿を消して、早数百年――。

 その間、何が起きていたのか自分は知らない。彼女が大魔術師になった時から知っている仲だが、あれはヴァールではなかった。

 ヴァールの皮を被った別の何かだ。ヴェルンヘルも気づいてはいるようだが、確信を持てずにいるのだろう。

 しかし実際は、大魔術師に化けることなど不可能だ。仮に化けることが出来たとしても、いつまでも欺き続けることなど叶わない。

 仮に姿を真似るだけなら、誰でも出来るだろう。だが、あれは魂までも同じだった。普通は一固体に収められた魂には色がついている。色は疎らだし、生まれながら造形も異なっているものだ。

 そのため、姿を真似ても魂まで真似ることは実質不可能とされており、特殊な眼を持つ者は直ぐに気づく。

 特にヴェルンヘルのように、特殊な眼を持つ者ですら違和感を覚えても、否定しきれないほど完璧な再現は不可能なのだ。

 正直な所、隠居してからヴァールに再会したのは今日が初めてだったし、その前にも会ったことはあるが、そうなると千年以上も再会していないことになる。

 その間、いつ入れ代わったのか分からないのでは、事実確認も難しいだろう。


 眉間に深く刻まれた皺を揉み解しながら、エレアノーラは唸り声を漏らす。頭の痛くなるような問題ばかりが山積みになっており、正直気が滅入りそうだった。

 自分の周りにはまともな奴がいないのかと真剣に考えてしまうほどだ。

 今日一日、久しぶりに同胞たちと再会を果たしたが、どいつもこいつも腹の中では何を考えているか分からない食わせ者ばかりで嫌になる。

 こちらはノアディアだけで手一杯だというのに、これ以上問題が起きたりしたら間違いなく倒れるだろう。

 元通りになったソファに崩れ落ちるように座ると、瞼を閉じる。ヴェルンヘルに無理やり魔力を取られたせいか、酷く身体がだるかった。

 ヴェルンヘルが理解不能なのはいつものことだ。怒りが過ぎればあとはどうでも良くなってしまう。あのすました横面を殴れたことも怒りを沈静化出来た理由の一つだろう。

 それよりも問題なのはヴァールの方だった。

 帰り際、ヴァールが口にした言葉が妙に引っ掛かってしょうがない。

 依頼を頼んだのは自分だが、頼まなかった方が良かったのではないかと考えるほど嫌な予感がしてならなかった。

 そもそも『古の盟約が果たされる時が訪れた』の件から理解出来ない。エレアノーラからしたら、そのような盟約を交わした記憶もなければ、ヴァールが何を告げようとしたのか。その真意を読み取ることも出来なかった。

 今の段階で分かるのは、これから更に厄介な問題が我が身に降りかかるということくらいだろう。

 この先起きるであろう厄介ごとを想像したエレアノーラはげんなりした様子で溜息を漏らした。

 とにかく、いったん落ち着いて状況を整理した方がいいだろう。

 ソファから立ち上がると、エレアノーラは応接間を出た。壁に定期的に点された蝋燭の炎が隙間風に揺すぶられ、形を変えている。

 絨毯が敷かれた廊下に、エレアノーラのくぐもった足音だけが静かに響いていた。


 自室に戻る前に、ティーセットだけ持って行こうと食堂に寄ると、ノアディアが晩餐の準備をしていた。

 その周りを小さな桃色の妖精が動き回っている。いつの間に起きたのか、あまりにも奇妙な光景に何をしに来たのか忘れたように、エレアノーラは凝視していた。

 時折楽しそうな声すら響かせるノアディアとそれに、何ともいえぬ苦々しい感情が甦ってきた。

 あの人間が、あまりにもあの女に似ているから……だから、こんなにもエレアノーラの神経を逆撫でするのだろうか? 厳しい表情のままその場を立ち去ろうとした時、ノアディアがこちらに気づいたのか顔を上げた。



「あ、レギナ。ええっと……そ、その……色欲のシンは、帰ったのかな?」

「? ああ、奴なら帰ったが……それがどうした?」

「そっか……」



 何故か歯切れの悪い言葉にエレアノーラは首を傾いだ。煮え切らないその態度に「言いたいことがあるのならハッキリ言え」と叫びたくなるのをグッと堪えながら続きを待てば、何故かほっとした様子で「ならいいんだ」と一人頷く。

 ノアディアが何をいいたいのか、さっぱり理解出来ないエレアノーラは苛立たしげに目尻をつり上げると、睨みつける。

 殺気の篭った鋭い視線に、ノアディアが反射的に背筋を伸ばした。



「おい、言いたいことがあるのならハッキリ言ったらどうだ? ウィレム」

「そんな……言いたいことなんて、ないけど……」



 しどろもどろ告げるノアディアに頭の血管がぶつり、と切れる音が響いた。

 ただでさえ、今日は要でもない奴等と会話をして苛立っている最中だと言うのに、人の怒りを煽るのが上手い男である。

 長年エレアノーラと一緒にいながら、その対処すら未だ分からないとは、いっそ呆れを通りこして、本当に無能なのではないかと思ってしまうほどだ。

 



「言い残したいことはそれだけか?」

「ごめんなさい。正直に言いますから、そんなに睨まないで下さい!」



 今にも平伏さんばかりの勢いで謝るノアディアに「謝罪はいらない」と切り捨てるエレアノーラ。別にそんな言葉を聞きたいがために、殺気を放ったわけではないのだ。

 睨みつけるエレアノーラの様子を窺うように見つめた後、諦めたように息をついた。そして、言い難そうに驚くべき発言をしたのだ。



「いや、ええっと……色欲のシンと、キスしていたからてっきり……その、恋仲なのかと、思って……」



 最後こそ言葉を濁したが、ノアディアが何を言いたかったのか理解した。そして苛立ちを堪えるように眉間に皺を刻みながら、エレアノーラは声を低く言った。



「誰と誰が恋仲だって? 気色の悪いことをいうな、莫迦! 誰があんな女装野朗なんぞ好きになるか」



 想像しただけで身震いしてしまいそうだ。鳥肌が立った二の腕を擦りながら「気色の悪いことをいうな」と吐き捨てれば、きょとんとした様子でこちらを見つめていた。



「へ? じょ、女装?」

「何だ、気づいていなかったのか? 普段はあんな形をしているが、あれでも列記とした男だぞ」

「嘘!? あんな美人な男なんかこの世にいないでしょ!」

「アイツは色欲のシンだぞ。他人を誑かせるような外見をしていても可笑しくはないだろう。それよりも、お前はアイツを女だと思っていたようだが、どういうことだ?」



 低い声音が零れ落ちる。金色の眼差しはまさに極寒の地のように冷え切っていた。



「まさか、私が女好きとでも思っていたわけではあるまいだろうな?」



 許しがたい勘違いにエレアノーラの唇が引きつる。まあ、アイツを男と勘違いして恋仲と思ってしまったのなら、百歩譲って許してやってもいいだろう。

 しかし、コイツは女と勘違いしていながら尚、恋仲と思っていたと言うことは――。

 

 

「一度死んで頭を冷やしてこい!」



 エレアノーラの容赦ない平手打ちがノアディアの顔面に直撃したのであった。



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