1995 1 17
私にとってあなたは、光で水で酸素で睡眠で食物で心臓だった。
ひとつでも欠けては、生きていけない存在。
なのに、あなたはいなくなってしまった。
空腹になればお腹は鳴るし、
眠くなれば眠るし、
悲しければ泣くし、
幸せなら笑う。
自然のこと。
同じくらいあなたは私にとって当たり前だった。
手を伸ばせば握り返して、
目と目が合えばやわらかに微笑んで、
寂しい時は抱きしめあった。
神様。
私の半身をもぎとってそれでも私に生きろというのですか。
神様。
どうして私の大切なものばかり奪ってゆくのですか。
恋なんかじゃなかった。
愛なんかじゃなかった。
だけど私はあなたに会って、初めて大切という言葉の意味を知った。
ごめんなさい。
私本当は知っていた。
あの日あなたを失った事。
幼すぎたなんて言い訳だ。
ただ、目隠しをしていただけ。
見えないように。
聞こえないように。
触れないように。
私の心に鍵をかけて、奥深くに沈めて隠そうとしてくれたお父さんお母さん。
ごめんなさい。
私本当は知ってしまっていた。
瓦礫の中で氷のように冷たくなって、あなたはうつろな目で私を見ていた。
そんな冷たい目で見ないでと、その目からそらしてしまった。
ごめんなさい。
この罪は永遠に背負っていくから。
忘れたりしないから。
だからお願い。
この傷を癒さないで。
時を流さないで。
焼け付くような痛みの、決して消えることがないように。
昨日一緒に読んだはずの本は、燃えてしまった。
昨日一緒に覗き込んだはずの鏡は、粉々になってしまった。
昨日一緒に遊んだはずのあなたは、小さな箱に収まってしまった。
どうしてあなたはここにいないの。
どうして私じゃなくてあなたなの。
これがさだめと、言うのですか。
こんなにも冷たい、あなたの屍の上に生きろと?
あれから十年という長い月日が経った。
かつて赤く染まった街並みは、いつのまにか穏やかに新しく。
かつて青いビニールシートで覆われた家々は、いつのまにか穏やかに新しく。
汚れた水は清らかに。
止まった電気は鮮やかに。
笑い声が戻った。
散り散りになっていた人々も帰って来た。
だけどその中に、あなたはいない。
もう、どこにも。
私はそれでも生きていた。
人は泣き続ける事は出来ないから。
涙の数だけあなたが帰って来る可能性が増えるなら、死ぬまでだって泣けるけど。
そうじゃないから。
永遠なんてどこにもない。
変わらないものなんて一つもない。
さよなら
なんて言えない。
そんな事を言えば、もう一度認めてしまう。
ごめんなさい。
もう少しだけ。
後もう少しだけ。
あなたの夢を腕に抱かせて。
きっといつか、ちゃんと目隠しを外すから。
自分の目で、時の止まってしまったあなたを認めるから。
詩のような稚拙な文章を、読んで下さってありがとうございました。 震災で亡くした祖母と幼馴染に。