麻雀にゃ!
閑話です
新拠点、二十一時二十五分。
麻雀卓が出ていた。
カイ、アルノ、オラヴル、ヴィクトルの4人が座っていた。
オラヴルが卓についているのは、珍しかった。
バーカウンターではユキナガがグラスを磨いていた。Marlboroを口の端に咥えて、一人でバーの体裁を整えていた。
リヴァに、ヴィクトルが話しかけた。
「日本では、猫の鳴き声は何という」
「え?」
そのまま返答を聞くこともなく、ヴィクトルが「座れ」と言って、自分の前のスペースにリヴァを引き寄せた。
椅子ごと、自分の前にリヴァを移動させた。
ヴィクトルの目の前に彼女がすっぽり収まった。
ヴィクトルの腕が、両側から伸びてくる形になった。
手牌を操作しながら、彼女の視界に牌が入る角度で、自然にそうなっていた。
彼女は牌を見ていた。真剣な顔だった。
「この竹みたいなのあと何枚あったら揃うの」
「1」ヴィクトルは言った。「言うなバレる」
「この東西南北は何?」
「言うな」
「じゃあこの赤いのは」
ヴィクトルは慣れた手さばきで並び替える。
「だから言うな、ばれる」ヴィクトルが笑った。「なんのために全員隠してると思ってる」
「むずい」
「今持ってるのがこれで、揃えたいのがこの形だ」
左手で牌を引きながら、右手で彼女の視界に入るように手牌を整えた。
「まあなんとかなる」
ユキナガがカウンターから卓を見た。
煙草の煙を吐きながら、グラスを磨く手を止めた。
ヴィクトルの腕の中に彼女が収まっている図を、しばらく見た。
グラスを磨く手を再開した。
何も言わなかった。
数巡回った。
ヴィクトルの手牌が動いてきた。
カイが牌を捨てた。
ヴィクトルは彼女の耳元で低く言った。
「鳴け」
彼女は牌を見た。
ヴィクトルを見た。
「急げ」ヴィクトルがリヴァの腰をぽんぽんと急かす。
「にゃん?」リヴァが言った。
カイが牌を持ったまま、動かなくなった。
アルノが額に手を当てて溜息をつく。
オラヴルも、目元に手を置いて、声を出さずに肩を揺らしていた。
ユキナガがカウンターから崩れ落ちて姿が見えなくなった。
彼女は眉をひそめていた。
「違います」アルノが言った。
「やっぱり?」
「鳴く、というのは麻雀用語です」アルノは続けた。「他家の捨て牌を取る動作を指します」
「……そっか」彼女は少し間を置いた。「でも鳴けって言われたら普通そっちじゃない?」
アルノは一拍、黙った。
「状況を考えれば麻雀用語と判断できるはずです」
「うっすらしかルール知らないから」
「それは」アルノは眼鏡を押し上げた。「そうですね」
カイが口を開いた。
「もう一度鳴け」
「え」
「いいから」
「カイ」リヴァが語気を強めた。
「もう一回だ」退かなかった。「リヴァ」
「やだ」
オラヴルが口を開いた。
「僕も聞きたいな。かわいすぎたよ」
彼女はオラヴルを見た。
「…オラヴルまで?」
「駄目かい」
「珍しく喋ったと思ったらそれ?」
「……そんなに僕喋ってなかったかな」
ヴィクトルが吹き出した。
間があった。
「やだ」
「…そうか」
囃し立てる輪の中に、彼女がいて、笑っていた。
オラヴルは、それを見ていた。
「……ヴィクトルのせいじゃん」
全員がヴィクトルを見た。
ヴィクトルは手牌を持ったまま、動かなかった。
彼女の後ろで、静かにしていた。
全員の視線を受けた。
受けながら、手牌を一枚だけ並べ直した。
口元が動いた。
誰にも聞こえない声で言った。
「……そうだな」
口角をあげた。
カイがヴィクトルを見た。
「そうだ。お前のせいだろ」
「俺の、おかげと言え」
「そういうのはよくない」
「あなたさっき、言わせようとしてませんでしたか」ため息まじりにアルノが言った。
オラヴルが小さく息を吐いた。笑っていた。カイは何も言わない。
「そうだな。鳴け、と教えたのは俺だし」ヴィクトルは牌を引いた。「その前にすり込んどいたのも、この俺だ」
「リヴァを掌握しないでください。すぐ引っかかるので」アルノは言った。
「結果がよかったから問題ない」
「問題ある」カイが言った。
「どこに」ヴィクトルがカイを見る。眉を上げた。
カイは答えなかった。
ヴィクトルが笑った。
「表出ろ」
「嫌だな、まだ死にたくない」
ユキナガがカウンターの中でまだ笑っていた。むせていた。
ユキナガが立ち上がって、深呼吸した。カウンターから声を出した。
「…ねえリヴァ、なんか飲む?」
「飲む」間髪入れず答えた。語気が強かった。
「鳴いたら作るよ」
「…」
「どうする?」
「……いらない」
「そっか」ユキナガはグラスを磨いた。「残念。好きそうなのあるのに」
少し間があった。
「……何味」
ユキナガが口角を上げた。
「当てたら作るよ」
「わかるわけないじゃん」
「鳴いたらヒントあげる」
「……」
彼女はユキナガを見た。
ユキナガはグラスを磨いていた。こちらを見ていなかった。
「……に」
全員が静かになった。
「……やっぱりいい」
ユキナガが笑った。声が出た。
「おい」カイが言った。「ユキナガやめろ」
「今のは惜しかったな」ヴィクトルが言った。「さすがバーテンのハッカー。よく見てる」
「すごいすごい」オラヴルが言った。
「あなたたち」アルノが諫める。「あと彼はハッカーの、バーテンです」
「悔しいな」ユキナガは言った。「でも今のでわかった」
「何」リヴァがユキナガを見る。
「甘いもの飲みたいんでしょ」
「……」
「作るよ、言わなくていい」
「みんなして」彼女は言った。「おかしくない?」
全員が黙った。
リヴァがヴィクトルの前の椅子から立ち上がって、ユキナガのいるカウンターに座った。
ユキナガがシェイカーを手に取った。
ラズベリーのリキュール、レモン、ジン、卵白。蓋を閉めた。
まず氷なしで振り、それから氷を入れた。
もう一度、両手で持って振り始めた。リズムが速い。金属の中で氷が動く音が響いた。
卓ではゲームが続いていた。
牌が動いた。誰かが捨てた。
「ポン」アルノは言った。
全員が止まった。オラヴルが、また肩を揺らした。
アルノが眼鏡を押し上げた。
「……これが鳴く、ですよ」
ユキナガがシェイカーを止めた。カクテルグラスに静かに注いだ。淡いピンクだった。
彼女の横のテーブルに置いた。
「クローバークラブ」ユキナガは言った。「ラズベリーとレモンと卵白。甘いけど後味がさっぱりしてる」
彼女はグラスを持ち上げた。一口飲んだ。
「……おいしい」
「でしょ」
ゲームが続いた。
結果が出た。
アルノが1位だった。
点棒を静かに回収した。
オラヴルが2位だった。
カイが3位だった。
「カイ」ユキナガがカウンターから言った。「麻雀中、リヴァ見すぎ」
「見ていない」
「カメラに残ってるけど」
カイは何も言わなかった。
ヴィクトルが4位だった。
ぶっちぎりだった。
しばらく点棒を見ていた。
「……日本のゲームは難しい」
「麻雀は中国発祥です」アルノは言った。「中国語で言えますか」
「は」
「麻将。májiàng」
ヴィクトルが止まった。
「……今それ言う必要があるか」
「ありません」アルノは点棒を揃えた。「最近勉強中なので。中国語」
「罰が当たったんだろう」オラヴルは言った。
ヴィクトルは少し間を置いた。
「……麻雀が難しかっただけだ」
誰も何も言わなかった。
牌が重なる音がした。
参考:クローバークラブ(Clover Club)
ジン:45ml
フレッシュレモンジュース:15ml
ラズベリーシロップ:15ml
卵白:1個分




