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リヴァ・アルカ ―特殊部隊は、一人のアンカーを檻に乞う―  作者: Ilir Noct
第三章「境界圏 ― Threshold Zone」

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麻雀にゃ!

閑話です

 



 新拠点、二十一時二十五分。


 麻雀卓が出ていた。


 カイ、アルノ、オラヴル、ヴィクトルの4人が座っていた。


 オラヴルが卓についているのは、珍しかった。


 バーカウンターではユキナガがグラスを磨いていた。Marlboroを口の端に咥えて、一人でバーの体裁を整えていた。


 リヴァに、ヴィクトルが話しかけた。


「日本では、猫の鳴き声は何という」


「え?」


 そのまま返答を聞くこともなく、ヴィクトルが「座れ」と言って、自分の前のスペースにリヴァを引き寄せた。


 椅子ごと、自分の前にリヴァを移動させた。


 ヴィクトルの目の前に彼女がすっぽり収まった。


 ヴィクトルの腕が、両側から伸びてくる形になった。


 手牌を操作しながら、彼女の視界に牌が入る角度で、自然にそうなっていた。


 彼女は牌を見ていた。真剣な顔だった。


「この竹みたいなのあと何枚あったら揃うの」


「1」ヴィクトルは言った。「言うなバレる」


「この東西南北は何?」


「言うな」


「じゃあこの赤いのは」


 ヴィクトルは慣れた手さばきで並び替える。


「だから言うな、ばれる」ヴィクトルが笑った。「なんのために全員隠してると思ってる」


「むずい」


「今持ってるのがこれで、揃えたいのがこの形だ」


 左手で牌を引きながら、右手で彼女の視界に入るように手牌を整えた。


「まあなんとかなる」


 ユキナガがカウンターから卓を見た。


 煙草の煙を吐きながら、グラスを磨く手を止めた。


 ヴィクトルの腕の中に彼女が収まっている図を、しばらく見た。


 グラスを磨く手を再開した。


 何も言わなかった。



 数巡回った。


 ヴィクトルの手牌が動いてきた。


 カイが牌を捨てた。


 ヴィクトルは彼女の耳元で低く言った。


「鳴け」


 彼女は牌を見た。


 ヴィクトルを見た。


「急げ」ヴィクトルがリヴァの腰をぽんぽんと急かす。


「にゃん?」リヴァが言った。


 カイが牌を持ったまま、動かなくなった。


 アルノが額に手を当てて溜息をつく。


 オラヴルも、目元に手を置いて、声を出さずに肩を揺らしていた。


 ユキナガがカウンターから崩れ落ちて姿が見えなくなった。


 彼女は眉をひそめていた。


「違います」アルノが言った。


「やっぱり?」


「鳴く、というのは麻雀用語です」アルノは続けた。「他家の捨て牌を取る動作を指します」


「……そっか」彼女は少し間を置いた。「でも鳴けって言われたら普通そっちじゃない?」


 アルノは一拍、黙った。


「状況を考えれば麻雀用語と判断できるはずです」


「うっすらしかルール知らないから」


「それは」アルノは眼鏡を押し上げた。「そうですね」


 カイが口を開いた。


「もう一度鳴け」


「え」


「いいから」


「カイ」リヴァが語気を強めた。


「もう一回だ」退かなかった。「リヴァ」


「やだ」


 オラヴルが口を開いた。


「僕も聞きたいな。かわいすぎたよ」


 彼女はオラヴルを見た。


「…オラヴルまで?」


「駄目かい」


「珍しく喋ったと思ったらそれ?」


「……そんなに僕喋ってなかったかな」


 ヴィクトルが吹き出した。


 間があった。


「やだ」


「…そうか」


 囃し立てる輪の中に、彼女がいて、笑っていた。


 オラヴルは、それを見ていた。



「……ヴィクトルのせいじゃん」


 全員がヴィクトルを見た。


 ヴィクトルは手牌を持ったまま、動かなかった。


 彼女の後ろで、静かにしていた。


 全員の視線を受けた。


 受けながら、手牌を一枚だけ並べ直した。


 口元が動いた。


 誰にも聞こえない声で言った。


「……そうだな」


 口角をあげた。





 カイがヴィクトルを見た。


「そうだ。お前のせいだろ」


「俺の、おかげと言え」


「そういうのはよくない」


「あなたさっき、言わせようとしてませんでしたか」ため息まじりにアルノが言った。


 オラヴルが小さく息を吐いた。笑っていた。カイは何も言わない。


「そうだな。鳴け、と教えたのは俺だし」ヴィクトルは牌を引いた。「その前にすり込んどいたのも、この俺だ」


「リヴァを掌握しないでください。すぐ引っかかるので」アルノは言った。


「結果がよかったから問題ない」


「問題ある」カイが言った。


「どこに」ヴィクトルがカイを見る。眉を上げた。


 カイは答えなかった。


 ヴィクトルが笑った。


「表出ろ」


「嫌だな、まだ死にたくない」


 ユキナガがカウンターの中でまだ笑っていた。むせていた。


 


 ユキナガが立ち上がって、深呼吸した。カウンターから声を出した。


「…ねえリヴァ、なんか飲む?」


「飲む」間髪入れず答えた。語気が強かった。


「鳴いたら作るよ」


「…」


「どうする?」


「……いらない」


「そっか」ユキナガはグラスを磨いた。「残念。好きそうなのあるのに」


 少し間があった。


「……何味」


 ユキナガが口角を上げた。


「当てたら作るよ」


「わかるわけないじゃん」


「鳴いたらヒントあげる」


「……」


 彼女はユキナガを見た。


 ユキナガはグラスを磨いていた。こちらを見ていなかった。


「……に」


 全員が静かになった。


「……やっぱりいい」


 ユキナガが笑った。声が出た。


「おい」カイが言った。「ユキナガやめろ」


「今のは惜しかったな」ヴィクトルが言った。「さすがバーテンのハッカー。よく見てる」


「すごいすごい」オラヴルが言った。


「あなたたち」アルノが諫める。「あと彼はハッカーの、バーテンです」


「悔しいな」ユキナガは言った。「でも今のでわかった」


「何」リヴァがユキナガを見る。


「甘いもの飲みたいんでしょ」


「……」


「作るよ、言わなくていい」


「みんなして」彼女は言った。「おかしくない?」


 全員が黙った。


 リヴァがヴィクトルの前の椅子から立ち上がって、ユキナガのいるカウンターに座った。


 ユキナガがシェイカーを手に取った。


 ラズベリーのリキュール、レモン、ジン、卵白。蓋を閉めた。


 まず氷なしで振り、それから氷を入れた。


 もう一度、両手で持って振り始めた。リズムが速い。金属の中で氷が動く音が響いた。


 卓ではゲームが続いていた。


 牌が動いた。誰かが捨てた。


「ポン」アルノは言った。


 全員が止まった。オラヴルが、また肩を揺らした。


 アルノが眼鏡を押し上げた。


「……これが鳴く、ですよ」




 ユキナガがシェイカーを止めた。カクテルグラスに静かに注いだ。淡いピンクだった。


 彼女の横のテーブルに置いた。


「クローバークラブ」ユキナガは言った。「ラズベリーとレモンと卵白。甘いけど後味がさっぱりしてる」


 彼女はグラスを持ち上げた。一口飲んだ。


「……おいしい」


「でしょ」


 ゲームが続いた。



 結果が出た。


 アルノが1位だった。


 点棒を静かに回収した。


 オラヴルが2位だった。


 カイが3位だった。


「カイ」ユキナガがカウンターから言った。「麻雀中、リヴァ見すぎ」


「見ていない」


「カメラに残ってるけど」


 カイは何も言わなかった。


 ヴィクトルが4位だった。


 ぶっちぎりだった。


 しばらく点棒を見ていた。


「……日本のゲームは難しい」


「麻雀は中国発祥です」アルノは言った。「中国語で言えますか」


「は」


「麻将。májiàng」


 ヴィクトルが止まった。


「……今それ言う必要があるか」


「ありません」アルノは点棒を揃えた。「最近勉強中なので。中国語」


「罰が当たったんだろう」オラヴルは言った。


 ヴィクトルは少し間を置いた。


「……麻雀が難しかっただけだ」


 誰も何も言わなかった。


 牌が重なる音がした。




参考:クローバークラブ(Clover Club)

ジン:45ml

フレッシュレモンジュース:15ml

ラズベリーシロップ:15ml

卵白:1個分

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