第3話 開花と実験 ~限界への挑戦~ [2/5]
きおは枝を握り直し、森の奥へと歩いた。
短い秒数なら確実に戻せることは、もう分かった。
時計も、小石も、声も、風も、全部戻る。
でも、自分の意識だけは戻らない。
——じゃあ、もっと長く戻したらどうなるんだろう。
胸の奥が、また熱くなる。
きおは時計の前に立ち、深呼吸をした。
「よーい……」
数え始める。
「いーち、にーい、さーん……」
五秒を越え、十秒に達した瞬間——
ヒュッ。
世界が揺れた。
空気が吸い込まれるように静まり、光が一瞬だけ薄くなる。
戻った瞬間、時計の針は十秒前に戻っていた。
デジタルの数字も十秒前。
葉っぱの揺れも、小石の位置も、風の流れも、全部十秒前。
でも、きおの“数え”だけは続いていた。
「……じゅういち」
きおは息を呑んだ。
「十秒も戻るんだ……!」
胸がドクンと脈打つ。
きおは思わず笑ってしまった。
「じゃあ、二十秒は?」
きおはもう一度構えた。
今度はもっと長く数える。
「いーち、にーい、さーん……」
十秒を越え、十五秒を越え、二十秒に達した瞬間——
ヒュッ。
世界が揺れた。
戻った瞬間、時計は二十秒前に戻っていた。
風の音も、鳥の声も、全部二十秒前。
でも、きおの意識だけは続いている。
「……にじゅういち」
きおは枝を握る手に力を込めた。
「すごい……! 二十秒もできる!」
胸の奥が熱くなり、身体が前のめりになる。
——じゃあ、三十秒は?
きおは深呼吸をして、時計を見つめた。
アナログの針が、静かに進んでいる。
デジタルの数字が、淡い光を放っている。
「よし……」
きおは数え始めた。
「いーち、にーい、さーん……」
十秒。
十五秒。
二十秒。
二十五秒。
きおの声が少し震える。
でも、止めない。
「……にじゅうろく、……にじゅうなな、……にじゅうはち、……にじゅうきゅう、……さんじゅう!」
ヒュッ。
世界が大きく揺れた。
空気が一瞬だけ固まり、森の音がすべて消える。
戻った瞬間、時計は三十秒前に戻っていた。
針も数字も、風も光も、全部三十秒前。
でも、きおの“数え”だけは続いていた。
「……さんじゅういち」
きおは息を呑んだ。
「三十秒……できた……!」
胸の奥が熱くなり、身体が震える。
きおは思わずその場にしゃがみ込んだ。
「すごい……ぼく、三十秒も戻せるんだ……!」
しばらくそのまま、きおは時計を見つめていた。
針は静かに進んでいる。
数字も淡く光っている。
きおの頭に、自然と次の考えが浮かんだ。
——じゃあ、六十秒は?
三十秒ができたなら、六十秒もできる気がする。
子どもなら当然のようにそう思う。
きおは時計の前に立ち、深呼吸をした。
「よーい……」
数え始める。
「いーち、にーい、さーん……」
十秒。
二十秒。
三十秒。
ここまでは余裕だ。
きおはそのまま続ける。
「……よんじゅう、よんじゅういち、よんじゅうに……」
森の空気が少しずつ重くなる。
でも、きおは止めない。
「……ごじゅう、……ごじゅういち、……ごじゅうに……」
胸が高鳴る。
「……ごじゅうきゅう、……ろくじゅう!」
ヒュッ。
世界が揺れた。
「……ろくじゅういち」
戻った瞬間、きおは時計を見た。
針は——三十秒前に戻っていた。
デジタルの数字も——三十秒前。
きおの“数え”だけが六十一のまま。
「……え?」
きおは瞬きをした。
「六十秒数えたのに……三十秒しか戻ってない……?」
胸の奥がざわつく。
——じゃあ、三十一秒は?
きおはすぐに構え直した。
「いーち、にーい、さーん……」
三十秒まで数え、さらに一つ。
「さんじゅう、さんじゅういち!」
ヒュッ。
世界が揺れる。
「……さんじゅうに」
戻った瞬間、時計はまた三十秒前だった。
きおの“数え”だけが三十二のまま。
「……やっぱり……」
きおは枝を握りしめた。
——三十秒が限界なのかな。
きおは立ち上がり、もう一度構えた。
「いーち、にーい、さーん……」
三十一秒まで数え、振る。
ヒュッ。
戻る。
「……さんじゅうに」
きおはもう一度挑戦した。
「いーち、にーい、さーん……」
また三十一秒で振る。
ヒュッ。
戻る。
「……さんじゅうに」
三回目。
四回目。
五回目。
何度やっても、三十秒が限界だった。
「三十秒より先は……戻らないんだ」
胸の奥に、静かな確信が生まれる。
でも、その確信は不思議と嫌なものではなかった。
むしろ、きおの胸はまた熱くなっていた。
——三十秒が限界なら、三十秒を何回も使えばいい。
その発想が浮かんだ瞬間、きおの身体が前のめりになった。
「やってみたい……!」
次の実験を思うだけで、胸が高鳴った。




