表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二刀流のタイムリーパー、最高の1試合を求めて ~何十年の果てに投げた、やり直さない一球~  作者: とまCo
第3話 開花と実験

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

第3話 開花と実験 ~再現~ [1/5]

 森に入った瞬間、きおの胸の奥がじんわりと熱くなった。

 昨日と同じ場所。

 昨日と同じ光。

 昨日と同じ匂い。


 でも、きおの中だけは違っていた。


 ——もう一度、やれる。


 その確信が、身体の奥で静かに脈打っている。


 きおはリュックから二つの時計を取り出した。

 一つは針のアナログ時計。

 もう一つは数字が光るデジタル時計。


 「どっちも戻るのかな……」


 子どもらしい好奇心が、きおの指先をくすぐる。

 時計を地面に並べて置き、きおはその前にしゃがみ込んだ。


 まずは、昨日と同じように枝を拾う。

 左手で握ると、枝の重さが手のひらに馴染んだ。

 昨日よりも、ずっと自然に。


 きおは深呼吸をして、時計を見つめた。


 「よーい……」


 声に出して数え始める。


 「いーち」


 ヒュッ。


 空気が切れる音がした瞬間、世界がふっと軽く揺れた。


 アナログ時計の針が、ぴたりと一秒ぶん戻っている。

 デジタル時計の数字も、一秒前の表示に戻っている。


 でも——


 きおの“数え”だけは続いていた。


 「……に」


 きおは思わず声を止めた。


 「ぼくの数えは戻ってない……」


 胸の奥がざわつく。

 きおは時計を見比べた。


 針は戻っている。

 数字も戻っている。

 でも、自分の意識は戻っていない。


 ——世界だけが戻ってる。


 その事実が、きおの胸にすとんと落ちた。


 「じゃあ……三秒は?」


 きおはもう一度構えた。


 「いーち、にーい、さーん」


 ヒュッ。


 世界が揺れ、音が吸い込まれるように消えた。


 戻った瞬間、針は三秒前に戻っていた。

 数字も三秒前。

 でも、きおの“数え”は続いている。


 「……よん」


 きおは息を呑んだ。


 「ほんとに、ぼくだけ戻ってない……」


 次は五秒だ。


 「いーち、にーい、さーん、よん、……ご」


 ヒュッ。


 世界が揺れる。

 針が戻る。

 数字が戻る。

 風が戻る。

 葉っぱの揺れが戻る。


 でも、きおの“数え”だけは続いていた。


 「……ろく」


 きおは静かに息を吐いた。


 ——ぼくの意識は戻らない。


 この理解が、きおの胸に深く刻まれた。


 きおは次に、小石を拾った。

 手のひらで転がしながら、少し高く放り上げる。


 小石が落ちてくる。

 地面に当たる直前——


 ヒュッ。


 戻った瞬間、小石はまだ空中にあった。

落ちる前の位置に、きれいに戻っている。


 「やっぱり……戻ってる」


 きおは何度も小石を投げては戻し、投げては戻した。

 そのたびに、世界は同じように巻き戻る。


 次は声だ。


 「うわーーーっ!」


 森に響く声。

 その直後に振る。


 ヒュッ。


 戻った瞬間、声は消えていた。

 叫んだはずなのに、森は静かだ。


 「声も戻るんだ……」


 きおは時計を見た。

 針も数字も、きおの叫びも、全部戻っている。


 でも、きおの“気持ち”だけは戻っていない。


 ——ぼくは覚えてる。


 この能力の核心が、少しずつ形になっていく。


 きおは次に、葉っぱを拾った。

 軽く放り上げる。

 ひらひらと落ちてくる。


 落ちる途中で振る。


 ヒュッ。


 戻った瞬間、葉っぱはまた空中に浮かんでいた。

 まるで時間が逆再生されたみたいに。


 「ふふっ……」


 きおは笑った。

 楽しくて仕方がない。


 次は走る実験だ。


 きおは森の中の道を全力で走った。

 息が切れる。

 胸が苦しい。

 足が重い。


 その瞬間、振る。


 ヒュッ。


 戻った瞬間、息が切れていない。

 胸も苦しくない。

 足も軽い。


 「すごい……!」


きおは何度も走っては戻り、走っては戻った。

 そのたびに、身体は元に戻る。

 でも、走った“記憶”だけは残る。


 ——ぼくの意識は戻らない。


 この事実が、きおの中で確信に変わっていく。


 最後に、きおは時計の前に戻った。

 アナログ時計の針。

 デジタル時計の数字。

 そして自分の“数え”。


 全部が揃っている。


 きおは深呼吸をして、もう一度数え始めた。


 「いーち……にーい……さーん……」


 ヒュッ。


 世界が揺れる。


 針が戻る。

 数字が戻る。

 葉っぱが戻る。

 小石が戻る。

 声が戻る。

 風が戻る。


 でも——


 きおの“数え”だけは続いていた。


 「……よん、……ご」


 きおは静かに息を吐いた。


 ——世界だけが戻ってる。


 その理解が、きおの胸に深く刻まれた。


 そして、胸の奥がまた熱くなる。


 「じゃあ……もっと長く戻したらどうなるんだろう」


 きおは枝を握り直した。

 次の実験を思うだけで、身体が前のめりになる。


 ——10秒。

 ——20秒。

 ——30秒。


 まだ見たことのない世界が、すぐそこにある気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ