第3話 開花と実験 ~再現~ [1/5]
森に入った瞬間、きおの胸の奥がじんわりと熱くなった。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ光。
昨日と同じ匂い。
でも、きおの中だけは違っていた。
——もう一度、やれる。
その確信が、身体の奥で静かに脈打っている。
きおはリュックから二つの時計を取り出した。
一つは針のアナログ時計。
もう一つは数字が光るデジタル時計。
「どっちも戻るのかな……」
子どもらしい好奇心が、きおの指先をくすぐる。
時計を地面に並べて置き、きおはその前にしゃがみ込んだ。
まずは、昨日と同じように枝を拾う。
左手で握ると、枝の重さが手のひらに馴染んだ。
昨日よりも、ずっと自然に。
きおは深呼吸をして、時計を見つめた。
「よーい……」
声に出して数え始める。
「いーち」
ヒュッ。
空気が切れる音がした瞬間、世界がふっと軽く揺れた。
アナログ時計の針が、ぴたりと一秒ぶん戻っている。
デジタル時計の数字も、一秒前の表示に戻っている。
でも——
きおの“数え”だけは続いていた。
「……に」
きおは思わず声を止めた。
「ぼくの数えは戻ってない……」
胸の奥がざわつく。
きおは時計を見比べた。
針は戻っている。
数字も戻っている。
でも、自分の意識は戻っていない。
——世界だけが戻ってる。
その事実が、きおの胸にすとんと落ちた。
「じゃあ……三秒は?」
きおはもう一度構えた。
「いーち、にーい、さーん」
ヒュッ。
世界が揺れ、音が吸い込まれるように消えた。
戻った瞬間、針は三秒前に戻っていた。
数字も三秒前。
でも、きおの“数え”は続いている。
「……よん」
きおは息を呑んだ。
「ほんとに、ぼくだけ戻ってない……」
次は五秒だ。
「いーち、にーい、さーん、よん、……ご」
ヒュッ。
世界が揺れる。
針が戻る。
数字が戻る。
風が戻る。
葉っぱの揺れが戻る。
でも、きおの“数え”だけは続いていた。
「……ろく」
きおは静かに息を吐いた。
——ぼくの意識は戻らない。
この理解が、きおの胸に深く刻まれた。
きおは次に、小石を拾った。
手のひらで転がしながら、少し高く放り上げる。
小石が落ちてくる。
地面に当たる直前——
ヒュッ。
戻った瞬間、小石はまだ空中にあった。
落ちる前の位置に、きれいに戻っている。
「やっぱり……戻ってる」
きおは何度も小石を投げては戻し、投げては戻した。
そのたびに、世界は同じように巻き戻る。
次は声だ。
「うわーーーっ!」
森に響く声。
その直後に振る。
ヒュッ。
戻った瞬間、声は消えていた。
叫んだはずなのに、森は静かだ。
「声も戻るんだ……」
きおは時計を見た。
針も数字も、きおの叫びも、全部戻っている。
でも、きおの“気持ち”だけは戻っていない。
——ぼくは覚えてる。
この能力の核心が、少しずつ形になっていく。
きおは次に、葉っぱを拾った。
軽く放り上げる。
ひらひらと落ちてくる。
落ちる途中で振る。
ヒュッ。
戻った瞬間、葉っぱはまた空中に浮かんでいた。
まるで時間が逆再生されたみたいに。
「ふふっ……」
きおは笑った。
楽しくて仕方がない。
次は走る実験だ。
きおは森の中の道を全力で走った。
息が切れる。
胸が苦しい。
足が重い。
その瞬間、振る。
ヒュッ。
戻った瞬間、息が切れていない。
胸も苦しくない。
足も軽い。
「すごい……!」
きおは何度も走っては戻り、走っては戻った。
そのたびに、身体は元に戻る。
でも、走った“記憶”だけは残る。
——ぼくの意識は戻らない。
この事実が、きおの中で確信に変わっていく。
最後に、きおは時計の前に戻った。
アナログ時計の針。
デジタル時計の数字。
そして自分の“数え”。
全部が揃っている。
きおは深呼吸をして、もう一度数え始めた。
「いーち……にーい……さーん……」
ヒュッ。
世界が揺れる。
針が戻る。
数字が戻る。
葉っぱが戻る。
小石が戻る。
声が戻る。
風が戻る。
でも——
きおの“数え”だけは続いていた。
「……よん、……ご」
きおは静かに息を吐いた。
——世界だけが戻ってる。
その理解が、きおの胸に深く刻まれた。
そして、胸の奥がまた熱くなる。
「じゃあ……もっと長く戻したらどうなるんだろう」
きおは枝を握り直した。
次の実験を思うだけで、身体が前のめりになる。
——10秒。
——20秒。
——30秒。
まだ見たことのない世界が、すぐそこにある気がした。




