第2話 揺れ始める世界 ~未知の能力~ [2/2]
森の奥は、昼前とは思えないほど静かだった。
風が木々を揺らす音も、鳥の声も、遠くの川の流れも、
すべてが薄い膜の向こう側にあるように感じられた。
きおは、胸の奥の熱を抱えたまま立ち止まった。
——もう一度、あれを。
その思いが、身体の奥で脈打つ。
地面に落ちていた枝を拾う。
昨日よりも太く、重い。
けれど左手で握った瞬間、その重さが“自分の一部”になった。
きおはゆっくりと構えた。
誰かの真似ではない。
自然に、無意識に、身体が形を作る。
足の幅。
肩の角度。
重心の位置。
どれも、誰かに教わったわけではない。
ただ、身体が勝手に“正しい場所”を探し当てている。
きおはゆっくりと振った。
ヒュッ——。
空気が切れる。
枝の軌道が光の粒をなぞる。
その線は、まるで最初からそこにあったかのように自然だった。
もう一度。
今度は少し速く。
ヒュッ——!
空気が震える。
枝の先端が風を裂く。
胸の奥の熱が、さらに強くなる。
——もっと速く。
——もっと深く。
きおは何度も何度も振った。
ヒュッ——。
ヒュッ——。
ヒュッ——!
振るたびに、森の空気が揺れる。
光が軌道に沿って跳ねる。
まるで森そのものが、きおの動きに反応しているようだった。
きおは息を整え、
昨日の“揺れ”を思い出した。
光が揺れた。
音が消えた。
世界が巻き戻った。
——あれは、偶然じゃない。
きおは枝を握り直し、
ゆっくりと構えた。
胸の奥の熱が、静かに膨らんでいく。
身体の奥が、何かを待っているように震える。
振る。
ヒュッ——!
その瞬間、森の空気が“吸い込まれるように”静まった。
風が止む。
鳥の声が途切れる。
川の音さえ、遠くへ押しやられたように消える。
世界が、息を止めた。
光が脈打つ。
木々の輪郭が、わずかに震える。
視界の端で、色が一瞬だけ薄くなる。
胸の奥がドクンと脈打った。
——来る。
次の瞬間、
きおの腕が“二重に見えた”。
振り抜いた軌道と、
戻っていく軌道が、
重なり合って揺らめく。
世界が、ゆっくりと巻き戻る。
ほんの一瞬。
けれど、昨日よりも“深い”。
昨日よりも“長い”。
昨日よりも“確か”。
きおの腕は元の位置に戻り、
残像だけが空中に薄く残った。
「……これ、僕がやってる。」
昨日の確信とは違う。
もっとはっきりとした“実感”だった。
森の音が戻ってくる。
けれど、さっきまでの森とは違う。
まるで、きおの動きを見ていたかのように、
慎重に、静かに音を取り戻していく。
胸の奥の熱が、さらに強くなる。
——もっとできる。
——もっと深く。
きおはもう一度構えた。
今度は、さっきよりも深く息を吸う。
枝を握る左手が震える。
けれど、それは恐怖ではない。
期待だ。
振る。
ヒュッ——!
世界が止まる。
音が消える。
光が揺れる。
空気が固まる。
そして——
世界が、きおの動きに合わせて“たわんだ”。
ほんの一瞬。
けれど、確かに。
きおは息を呑んだ。
「……すごい。」
テレビの前で呟いた言葉と同じ。
けれど、意味はまったく違っていた。
これは、誰かのプレーに対する憧れではない。
自分の中にある“何か”への驚きだった。
きおは枝をそっと地面に置いた。
胸の奥の熱は、もう抑えきれないほど大きくなっていた。
——明日もやろう。
——もっとできるはずだ。
森の出口へ向かって歩き出す。
光が木々の隙間から差し込み、
その粒がきおの肩に落ちる。
幼いきおはまだ知らない。
この“揺れ”が、
彼の人生を大きく変えていくことを。
けれど、胸の奥の熱だけは知っていた。
——これは、始まりだ。
きおは静かに息を吸い、
森をあとにした。




